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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政手続法

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[行政手続法39条〜45条・意見公募手続]現場編 「十日もあれば十分でしょう」の罠。意見を聞いた“形”と、決める前に考えるための時間

挿絵(By みてみん)

 役所の「ご意見を募集します」は、ときどき、締切のほうが意見より強いです。


 聞きます。


 ただし十日以内。


 資料はまだありません。


 細かい内容もこれからです。


 できれば関係者だけでお願いします。


 ――そこまで条件を付けられると、


 それは本当に「意見を聞く」なのか。


 私は少し疑いたくなります。


 昭和六十三年。


 片桐行政書士事務所。


 森下文具の赤い看板をめぐる一件から、数日後のことでした。


 あのとき市役所は、


 来月一日までに看板を一律に替えさせるような運用はやめる。


 商店街から改めて意見を集める。


 費用負担や猶予期間を踏まえて基準を再検討する。


 そう約束しました。


 少なくとも、


 「もう決まったことです」


 で話を終わらせるのはやめた。


 そこまではよかったんです。


 問題は。


 役所というものは、ときどき、


 「では意見を聞きましょう」


 と言った次の瞬間、


 ものすごい速度で“聞いた形”を完成させようとすることでした。


「来たぞ」


 朝一番。


 相馬先輩が一枚の紙を私の机に放りました。


「何です?」


「森下さんの件」


 私は紙を拾いました。


 市役所観光振興課。


 題名は、


 『駅前景観形成基準案についてご意見を募集します』


「おお」


 ちゃんと来た。


 私は少し嬉しくなりました。


「やるじゃないですか、市役所」


「最後まで読め」


「はい?」


 読み進めます。


 駅前再整備に伴い、景観形成基準案について意見を募集する。


 そこまではいい。


 問題は、肝心の案です。


 ――看板は、周辺環境との調和に配慮したものとする。


 ――色彩、形状、大きさについて、駅前景観にふさわしいものとする。


 ――既存看板についても、必要に応じ改善を求める。


 以上。


「……これだけですか」


「ああ」


「昨日までより抽象的になってません?」


「役所の技術だ」


「嫌な技術ですね」


 しかも。


 意見募集期間。


 十日間。


 私はもう一度見ました。


 十日。


「短っ」


「だろ」


 さらに下を見る。


 提出については、


 『主として駅前商店会関係者からのご意見を想定しています』


 とあります。


「……主として?」


「怪しいだろ」


「怪しいですね」


 そこへ。


「おはようございます」


 聞き慣れた声がしました。


「あ、森下さん」


 入口に立っていたのは、森下和江さんでした。


 もう初対面ではありません。


 駅前商店街の森下文具。


 父親の代から続く店。


 真っ赤な看板。


 そして十八万円。


 あの見積書の人です。


「届きました?」


 私が聞くと、森下さんは封筒を振りました。


「これでしょ?」


「それです」


「十日って書いてあるんですけど」


「やっぱりそこ気になりますよね」


「気になりますよ」


 森下さんは慣れた様子で応接の椅子へ座りました。


 前回よりずっと遠慮がありません。


 それでいいと思います。


 相談者が二回目から少し図々しくなるのは、


 たぶん信頼の一種です。


「この前、朝比奈さんに言われたじゃないですか」


「何をです?」


「具体的に書きましょうって」


「ああ」


「十八万円かかる。三年くらい猶予がほしい。赤を全部消すんじゃなくて、少し残したい」


「はい」


「だから、ちゃんと考えようと思ったんです」


 森下さんが紙を開きました。


「でも、これ読んでも何が案なのか分からなくて」


 そうなんです。


 Bで森下さんはもう、


 意見とは文句ではなく、


 基準を作る材料だ。


 と理解しています。


 だからこそ。


 今回は、


 「何について意見すればいいか分からない」


 が新しい問題になる。


「赤は何割までならいいんですかね」


「書いてないですね」


「看板の大きさは?」


「書いてない」


「古い看板は何年で替えるんです?」


「書いてない」


「じゃあ私、何を書くんですか?」


 私は紙を見ました。


「困ります、ですかね」


「前回より戻ってません?」


「戻ってます」


 相馬先輩が鼻で笑いました。


「聞く気はあるんだろうけどな」


「でも、聞ける案になってない」


「そういうことだ」


 私は少し考えました。


 頭の中では、


 未来の行政手続法第三十九条。


 公示する命令等の案は、


 具体的かつ明確。


 題名。


 根拠法令の条項。


 さらに関連資料も公示。


 そんな言葉が浮かんでいます。


 でも今は昭和六十三年。


 未来の条文をそのまま口に出すわけにはいきません。


「所長」


 私は奥を見ました。


 片桐所長が紙を読みます。


 そして一言。


「資料は」


「ありません」


「根拠は」


「書いてません」


「具体案は」


「この三行です」


 所長は紙を机に戻しました。


「これで何を考えろというんだ」


 はい。


 そこです。


 Bでは、


 決める前に意見を聞くこと。


 決めた後も必要なら見直すこと。


 そこが論点でした。


 今回は一歩進んでいます。


 意見を聞く。


 そのとき、


 聞き方まで雑では意味がない。


「森下さん」


 私は言いました。


「前回、“十八万円って書きます”って言ってましたよね」


「はい」


「でも、この案だと」


「どこが十八万円に関係するのか分からないんです」


「ですよね」


「看板を全部替えろなのか、赤だけ減らせばいいのか、それすら分からない」


「はい」


 案が曖昧なら、


 意見も曖昧になる。


 それは、


 意見募集というより感想募集です。


「相馬」


 所長が立ち上がりました。


「市役所だ」


「でしょうね」


 相馬先輩も立ちます。


「こはる」


「はい」


「森下さんも来てもらえ」


「私もですか?」


 森下さんが聞きました。


 所長は頷きます。


「今回は本人がいた方がいい」


 前回、


 十八万円という数字が倉田係長に刺さった。


 今回もたぶん、


 紙の上の「十日」より、


 十日の中で実際に何をしなければならないのか。


 それを本人から言ってもらった方がいい。


 市役所。


 観光振興課。


 私たちを見るなり、


 倉田係長は深いため息をつきました。


「またか」


「またです」


 私も最近、否定しなくなりました。


「今度は何だ」


 相馬先輩が意見募集の紙を置きました。


「これ」


「出したぞ」


「出したな」


「約束どおり意見を聞く」


「聞き方が雑だ」


 相馬先輩、


 開始三秒で本題です。


「何が」


「まず案」


 倉田係長が紙を見ます。


「案だろ」


「“周辺環境に配慮”って何だ」


「景観に合うようにって意味だ」


「何が景観に合うんだ」


「原色を多用しないとか」


「どれくらい?」


「……そこはこれから」


「看板の大きさは?」


「これから」


「既存看板の猶予期間は?」


「これからだ」


 相馬先輩が紙を指で叩きました。


「じゃあ何について意見を出す」


 倉田係長が黙りました。


「意見を聞きながら詳細を詰めようと思ってる」


「だったら」


 私は口を挟みました。


「せめて、いくつか具体案を出せませんか」


「具体案?」


「例えば」


 前回話した内容を思い出します。


「赤などの原色は看板面積の三分の一まで」


「……」


「突出看板は何メートルまで」


「……」


「既存看板は三年間猶予」


「……」


「そう書いてあれば、森下さんも“そこなら対応できる”“それでも無理”って言えます」


 森下さんも頷きます。


「今のままだと、私、“赤い看板を残したいです”くらいしか書けないんです」


「うん」


「でも、半分までなら赤を残せる、とかなら考えられる」


「そういうことです」


 倉田係長は腕を組みました。


「具体的にしすぎると、それが決定事項みたいに一人歩きする」


「“案”って大きく書けばいいじゃないですか」


 私が言うと、


 倉田係長がこちらを見ました。


「簡単に言うな」


「でも案が見えないと、反対も賛成もできません」


「……」


 片桐所長が静かに口を開きました。


「考える材料を出せ」


 短い。


 でも強い。


「資料もだ」


「資料?」


「景観調査」


 倉田係長の顔が少し変わりました。


「あるんですよね?」


 私が聞くと、


「ある」


「駅前の看板の色とか、大きさとか調べた資料」


「ああ」


「じゃあ、それも見せてもらえませんか」


「内部資料だ」


「それをもとに基準を作ってるんですよね」


「……そうだ」


「だったら、意見する側にも見せないと」


 森下さんが言いました。


「私、なんで赤が駄目なのかも知らないです」


 倉田係長が森下さんを見る。


「派手だからです」


「それは分かります」


 森下さん、強い。


「でも、どれくらい派手だと駄目なのか知りたいんです」


「……」


「うちより派手な店、ありますよ」


「ありますね」


 私がつい同意すると、


 倉田係長に睨まれました。


「朝比奈君」


「はい」


「楽しんでないか」


「少しだけ」


「正直だな」


 次。


 期間です。


 相馬先輩が紙の下を指しました。


「十日」


「日程が詰まってる」


 倉田係長は即答しました。


「今月中に意見を集めて、来月の会議で基準を固めたい」


「十日じゃないと駄目なのか」


「それくらいしか取れない」


「何で?」


「再整備の日程だ」


 片桐所長が聞きました。


「法律上の期限か」


「いや」


「国から指定された期限か」


「違う」


「予算上、この日を過ぎたら失効するのか」


「そこまではない」


「なら庁内日程だ」


 倉田係長が黙ります。


 ここ。


 未来の第四十条が頭の中で点灯しました。


 原則三十日以上。


 短縮するなら、やむを得ない理由。


 しかもその理由を明らかにする。


 なぜそんな面倒なことをさせるのか。


 今なら分かります。


 役所の会議日程だけで、


 住民側の考える時間を自由に削らせないためです。


「森下さん」


 私は言いました。


「十日で何が必要です?」


「え?」


「意見書を出すまでに」


 森下さんは指を折りました。


「まず、新しい案が何を意味するのか読む」


「はい」


「看板屋さんに、どこを直せばいくらかかるか聞く」


「はい」


「商店会の人とも話す」


「はい」


「今の看板の写真も付けたい」


「はい」


「見積書も取る」


「はい」


「あと、うちだけの話じゃないなら、他の店がどれくらい困るかも聞きたいです」


 私は倉田係長を見ました。


「十日」


「……」


「長いと思います?」


「……短いな」


 倉田係長、


 こういうところは素直です。


「じゃあ何日ならいいんだ」


「一か月くらい」


 私は言いました。


 未来の答えを知っているからではありません。


 という顔を一生懸命しました。


 たぶん無理です。


 相馬先輩が横で笑いをこらえています。


「一か月?」


「資料を読んで、見積もり取って、話し合って、意見書を書くなら」


 倉田係長が頭をかきます。


「三十日は厳しいな」


「二十日?」


 相馬先輩が言います。


「それなら――」


「係長」


 奥から若い職員が走ってきました。


「部長からです」


 書類を差し出します。


「来月の再整備会議、一回ずらせるそうです。商店会との調整が必要なら、その方がいいって」


 沈黙。


 倉田係長。


 紙。


 私たち。


 また紙。


「……三十日取れるな」


 相馬先輩が言いました。


「言うな」


「取れるな」


「分かった!」


 倉田係長がため息をつきました。


「三十日でやる」


 森下さんが私を見る。


「三十日」


「はい」


 私も少し不思議な気分でした。


 昭和六十三年。


 まだ行政手続法はない。


 でも、


 実際に意見を作るために必要な時間を積み上げていったら、


 未来の法律と同じ数字に辿り着いた。


 三十日。


 法律って。


 こういう現場の積み重ねから生まれるのかもしれません。


「ただし」


 倉田係長が言いました。


「時間を延ばすだけじゃ駄目なんだろ」


「はい」


 もう分かっています。


「案も具体化する」


「お願いします」


「根拠も書く」


「はい」


「景観調査の資料も付ける」


「はい」


「意見を出せるのは――」


 係長が紙を見ます。


「商店会員に限定しない」


「そこもです」


 最初の紙には、


 『主として駅前商店会関係者からの意見を想定』


 とありました。


「関係が深い人に知らせるのはいいと思います」


 私は言います。


「でも、提出できる人まで狭く見えるのは違う」


「例えば?」


「毎日駅を使う人」


「うん」


「商店街の客」


「うん」


「隣町の人でも、景観や商店街について具体的な意見があるなら」


「……そこまでか」


「意見を出すことと、採用されることは別ですから」


 それを聞いて、


 倉田係長が少し笑いました。


「前回より分かってきたな」


「何がです?」


「君が」


「私?」


「ああ」


 ちょっと嬉しい。


 認められると弱いんですよ、人間。


「ただ」


 倉田係長は言いました。


「広く募集しても、誰も知らなければ意味がない」


「それはそうです」


「市の広報は次号に間に合わない」


「じゃあ他の方法で」


「例えば」


「商店会への通知」


「できる」


「市役所の掲示板」


「できる」


「図書館、公民館」


「置ける」


「駅前再整備の説明会でも案内する」


「できるな」


「なら、やりましょう」


 未来の第四十一条。


 周知。


 情報提供。


 努力義務。


 まだ法律はない。


 でも、


 知られなければ意見募集は存在しないのと同じ。


 そう考えれば自然です。


「あと」


 私は言いました。


「出された意見、どう扱ったかも分かるようにしてほしいです」


 倉田係長が眉を上げました。


「そこまで?」


「例えば」


 私は森下さんを見る。


「三年猶予してほしい、って意見を出す」


「出します」


「でも最終的に一年にする」


「うん」


「そのとき、“なぜ一年にしたか”が分からないと」


 森下さんが続けました。


「私の意見、捨てられたのかと思います」


「そういうことです」


 倉田係長が腕を組みました。


「全部の意見に一件ずつ返事はできんぞ」


「整理してもいいと思います」


「整理?」


「同じような意見をまとめるとか」


「それなら……」


「ただ」


 私は釘を刺しました。


「都合の悪い意見だけ消すのはなしです」


「君は役所を何だと思ってる」


「最近いろいろありましたので」


「否定できないのが腹立つな」


 相馬先輩が笑いました。


「意見を全部採用するわけじゃないぞ」


 倉田係長が言いました。


「もちろんです」


「反対が百件来たって、それだけで撤回するわけじゃない」


「はい」


「多数決でもない」


「分かってます」


 森下さんが少し驚いたように私を見ました。


「そうなんですか?」


「はい」


「じゃあ、いっぱい反対が来ても変わらないことはある」


「あります」


「だったら意味ない?」


「違います」


 私は首を振りました。


「役所が知らなかった事情を、判断材料に入れられる」


 十八万円。


 三年の猶予。


 赤い看板が店の目印になっていること。


 点滅灯だけ外す方法。


 そういうもの。


「言うことを聞いてもらう手続じゃないんです」


「じゃあ何です?」


「ちゃんと考えてもらうための手続です」


 森下さんは少し考えてから、


 ゆっくり頷きました。


「それなら分かる」


 結局。


 市役所は、


 最初の十日間の意見募集を仕切り直すことになりました。


 新しい案を作る。


 できる限り具体的にする。


 基準の根拠を示す。


 景観調査などの資料を付ける。


 意見提出期間は三十日。


 提出者を商店会員に限定しない。


 できる範囲で周知する。


 そして、


 提出された意見と、


 それを踏まえてどう考えたのかについても、


 分かる形で公表する。


 倉田係長が最後に紙をまとめながら言いました。


「仕事が増えた」


 相馬先輩が答えます。


「聞くってそういうことだろ」


「簡単に言うな」


 片桐所長が一言。


「形だけより安い」


 倉田係長が止まりました。


「何がです」


「後で揉めるより」


 短い。


 強い。


 これ、たぶん市役所側にも刺さりました。


 事務所へ戻る途中。


 森下さんが言いました。


「私、前回よりちょっと分かりました」


「何がです?」


「意見を言えるってだけじゃ駄目なんですね」


「はい」


「何について言うのか分かって」


「はい」


「考える時間があって」


「はい」


「言った後、どうなったか分かる」


「そうです」


「それでやっと、意見を聞いたって感じですね」


 私は少し笑いました。


「未来では、たぶんそういうのがもっと細かく決められます」


「未来?」


「あ」


 やった。


 また漏れました。


「何でもないです」


「朝比奈さん、時々変なこと言いますよね」


「よく言われます」


 事務所へ戻ると、


 森下さんは前回と同じ席に座りました。


 もう、


 「どうされました?」


 とは聞きません。


「じゃあ」


 私は紙を出します。


「今度の正式な案が出たら、意見書作りましょう」


「はい」


「十八万円」


「最初に書きます」


「三年猶予」


「書きます」


「赤色を一部残したい」


「絶対書きます」


「点滅灯だけ外す代替案」


「それも」


 森下さんが笑いました。


「前回、“意見は文句じゃない”って言われたじゃないですか」


「はい」


「今回はもっと分かりました」


「何がです?」


「文句じゃないけど、遠慮もしなくていいんですね」


「はい」


 その通りです。


 意見は、


 お願いです。


 でも、


 へりくだる必要はない。


 自分の生活に何が起こるかを、


 具体的に伝える。


 それでいい。


 夕方。


 森下さんが一度店へ戻ってから、


 また事務所に顔を出しました。


「これ」


 紙袋。


「何です?」


「どら焼き」


「また差し入れ」


「前回パンだったから、今日は和菓子」


 この町の法律相談、


 炭水化物の多様性だけはかなり豊かです。


「三つあります」


 森下さんが言います。


 相馬先輩の目が光りました。


「一人一個」


 私が言う。


「誰が決めた」


「前回の運用を踏襲しました」


「見直せ」


「実施状況は良好です」


「俺が一個しか食えないのに?」


「そこは社会経済情勢ではありません」


 森下さんが笑っています。


「朝比奈さんたち、いつもこうなんですか」


「だいたい」


「行政法ってもっと怖いものだと思ってました」


「私もです」


 これは本当です。


 昨夜までの私は、


 行政手続法第三十九条。


 第四十条。


 第四十一条。


 第四十二条。


 第四十三条。


 第四十五条。


 そんな数字の列を見たら、


 たぶん眠気と戦っていました。


 でも今。


 三十九条は、


 何について意見するか分かるようにすること。


 四十条は、


 役所の都合だけで考える時間を削らないこと。


 四十一条は、


 知られない意見募集にしないこと。


 四十二条は、


 聞いた意見をちゃんと考えること。


 四十三条は、


 その意見がどこへ行ったか見えるようにすること。


 四十五条は、


 未来ではそれを広く見られる方法で公示すること。


 そんなふうに見える。


 私はノートを開きました。


 前回のページには、


 ――決める前に聞く。決めた後も疑う。


 と書いてあります。


 その下に、


 今日の一行。


 ――意見を聞くなら、案と材料と時間を先に出す。


 少し考えて、


 もう一つ。


 ――聞いたなら、どう考えたかも返す。


 相馬先輩が覗き込みました。


「二行じゃねえか」


「前回より論点が増えたんです」


「一行にしろ」


「無理です」


 所長が新聞の向こうから言いました。


「聞く前に隠すな。聞いた後に黙るな」


 私はペンを止めました。


「……それです」


 相馬先輩が笑います。


「所長、また持ってくな」


「短い方が残る」


「確かに」


 私は書き直しました。


 ――聞く前に隠すな。聞いた後に黙るな。


 その下に小さく。


 ――そして、考える時間を奪わない。


 未来の法律は、


 冷たい。


 三十日。


 公示。


 資料。


 提出期間。


 考慮。


 結果。


 理由。


 温度のない言葉ばかりです。


 でも。


 その冷たい言葉があるから、


 役所の、


 「十日もあれば十分でしょう」


 という感覚だけで、


 森下さんの考える時間が削られない。


 三十日。


 それは、


 役所が待つ時間ではありません。


 森下さんが、


 案を読む時間。


 看板屋さんに相談する時間。


 見積もりを取る時間。


 商店会の人と話す時間。


 赤い看板をどこまで残せるか考える時間。


 十八万円を、


 ただの愚痴ではなく、


 意見として言葉にする時間です。


 制度の冷たさが、


 人に考える時間を渡すこともある。


 それを知っただけで、


 行政法の三十日は、


 もうただの暗記数字ではありませんでした。


 窓の外。


 駅前の方角には、


 あの赤い看板が今日も灯っています。


 前回は、


 「もう決まったことです」


 を崩した。


 今回は、


 「意見は聞きます。十日で」


 を崩した。


 少しずつです。


 でも。


 町のルールって、


 たぶんこうやって、


 決める人だけのものではなくなっていく。


「先輩」


「何だ」


「どら焼き、二個目に手を伸ばしてません?」


「案だ」


「何の」


「俺が二個食う案」


「公示されてません」


「今した」


「提出期間三十日です」


「長え!」


「原則です」


「腹が持たねえ!」


 所長が新聞の向こうから言いました。


「却下」


「まだ意見公募中です!」


「結論は同じだ」


「横暴!」


 森下さんがまた笑いました。


 どうやら片桐行政書士事務所では、


 意見公募手続の完成には、


 まだ何年か必要なようでした。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

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