[行政手続法38条・意見公募手続]法理編 こはるノート
夕方の片桐行政書士事務所には、昼間より少しだけ反省が似合います。
電話は減る。
来客も途切れる。
西日が窓際の書棚を赤く染める。
そして机の端には。
「……一個減ってます」
「食った」
相馬先輩が言いました。
「昨日、“明日用”って決めましたよね?」
「今日になった」
「そういう意味じゃありません」
昨日、森下さんが持ってきてくれたコロッケパン。
四つあった。
三人で一つずつ食べた。
残り一個は今日へ持ち越す。
所長決裁まで済んだはずです。
「制定後の社会経済情勢が変わった」
「先輩のお腹は社会経済情勢じゃありません」
「重大な変化だ」
「局地的すぎます」
奥で新聞を読んでいた片桐所長が顔も上げずに言いました。
「既成事実だ」
「所長まで諦めないでください!」
どうやらこの事務所には、コロッケパンについての意見公募制度を導入する必要がありそうです。
私はため息をつきながら、昨日のノートを開きました。
最後に書いた一行。
――決める前に聞く。決めた後も疑う。
その下に、今日は大きく書きます。
意見公募手続。
未来の言葉です。
昭和六十三年のこの事務所には、まだ行政手続法はありません。
当然、意見公募手続という制度もない。
でも。
昨日の森下文具の相談。
市役所が駅前景観のために作った看板表示基準。
決めた後で説明会を開き、
「もう決まったことです」
と言った役所。
それを見たとき、未来の私は一発で思いました。
あ。
これ、パブリックコメントの話だ。
「何笑ってんだ」
相馬先輩が言いました。
「いえ」
「気持ち悪いぞ」
「未来では、この手の問題にちゃんと名前がつくんですよ」
「また未来か」
「今日はかなり未来です」
「意味が分からん」
分からなくて結構です。
私だけ分かっています。
未来の行政手続法には、命令等を定めるときの手続が整備されます。
その一つが、
意見公募手続。
一般には、パブリックコメント。
行政機関が一定のルールを作る前に案を示し、広く国民から意見を募集する。
その意見を考慮した上で、最終的な内容を決める。
ただ。
「先輩」
「何だ」
「意見公募手続って、“国民投票みたいなもの”ではないですよね」
「知らん。未来の制度なんだろ」
「そこを昭和の感覚で考えてください」
「無茶言うな」
所長が新聞をたたみました。
「意見を聞くことと、決定権を渡すことは違う」
来ました。
今日の一発目。
「そうですよね」
「ああ」
「全員が反対したら必ず撤回しなきゃいけない、とかではない」
「そうだ」
「多数決でもない」
「そうだ」
私はノートに書きます。
――意見公募手続は、国民に決定権を与える制度ではない。
ここ、大事です。
昨日、倉田係長も言っていました。
意見を聞くからって、全部採用するわけじゃない。
その通りです。
意見公募手続は、
賛成が百件。
反対が百一件。
はい反対多数なので中止。
そんな仕組みではない。
そもそも行政がルールを定める権限自体は、法令によって与えられている。
その権限の行使にあたって、
行政内部だけでは見えない事情を集める。
多様な意見を聞く。
そして、それを考慮する。
「昨日の森下さんみたいに」
私は言いました。
「役所は、“看板の色を統一すれば景観が良くなる”って考えてた」
「うん」
「でも商店側から見れば、十八万円かかる」
「うん」
「高齢の店主もいる」
「うん」
「昔からの看板を目印にしてる客もいる」
「うん」
「全部、役所の会議室だけじゃ分からない」
「そこだ」
所長が言いました。
意見公募手続の意味は、
行政に人気投票をさせることではない。
行政の目を増やすこと。
自分たちだけでは見落とす事情を、外から入れること。
「じゃあ、そもそも何について意見公募するんです?」
私はノートを開き直します。
未来の行政手続法で対象になるのは、
命令等。
この「命令等」という言葉が、試験では重要です。
「命令等」
私は声に出してみました。
「広そうな名前ですね」
「広いんだろ」
「広いです」
私は四つ、書きました。
法律に基づく命令または規則。
審査基準。
処分基準。
行政指導指針。
「四つ」
相馬先輩が言いました。
「はい」
「覚え方は?」
「今考えます」
「考えてなかったのかよ」
「まず中身を理解してからです!」
試験勉強あるあるです。
語呂合わせを先に作ると、語呂だけ覚えて意味が消えます。
私は一つ目を指さしました。
「法律に基づく命令または規則」
「何だそれ」
「典型的には政令とか省令です」
「政令は内閣」
「はい」
「省令は各省大臣」
「はい」
ここは比較的分かりやすい。
法律が大枠を定め、
細かい部分を政令や省令などで定める。
そういう場面。
「ただし」
所長が言いました。
「法律と無関係に好き勝手な命令を作れるわけじゃない」
「はい」
私は昨日の看板基準を思い出します。
行政が何か一般的なルールを作る。
そのとき最初に見るのは、
そのルールが、
根拠となる法令の趣旨に合っているか。
未来の行政手続法第三十八条第一項。
命令等制定機関は、
命令等を定めるにあたって、
それが根拠となる法令の趣旨に適合するものとなるようにしなければならない。
「これ、当たり前っぽいですね」
私が言うと、相馬先輩が鼻で笑いました。
「当たり前を条文にするのが法律だろ」
「確かに」
当たり前だから不要。
ではない。
むしろ、当たり前が守られないから書かれる。
昨日だって。
駅前再整備の目的は、
観光振興。
歩きやすい商店街づくり。
そういう話でした。
なのに、
看板の色を統一する。
という方法だけが先に一人歩きすると、
いつの間にか、
統一すること自体が目的になる。
「目的と手段が入れ替わる」
私は書きました。
「行政あるあるですね」
「どこでもある」
所長が言いました。
「会社でもある」
「事務所でもあります?」
「ある」
「例えば?」
「書類を整理するためにファイルを作り、そのファイルを整理するために台帳を作る」
「地獄」
昭和の事務所、紙が自己増殖しています。
話を戻します。
二つ目。
審査基準。
「これは申請に対する処分の基準でしたよね」
「そうだな」
相馬先輩が答えます。
「許可するか、不許可にするか」
「そう」
例えば、
営業許可の申請。
補助金の申請。
各種の許認可。
行政庁が、
どういう場合に許可するのか。
どんな要件を見るのか。
その判断基準。
それが審査基準。
「三つ目」
私は書きます。
処分基準。
「これは不利益処分?」
「そう考えれば分かりやすい」
所長が答えます。
許可取消し。
営業停止。
命令。
そうした不利益処分をする際、
どういう場合に、
どの程度の処分をするのか。
その基準。
「で、四つ目」
行政指導指針。
昨日の事件は、まさにこれに近い。
駅前商店街の看板について、
行政指導をするときの共通方針。
「個別の森下さんだけじゃなく」
私は言いました。
「商店街全体に繰り返し同じ指導をするための基準」
「そうだ」
「それが行政指導指針」
「未来ではな」
「はい」
昨日、市役所は、
行政指導の指針だ。
と説明しました。
そして未来では。
行政指導指針も、意見公募手続の対象となる「命令等」に含まれる。
「ここ試験で狙われそうですね」
「どういうふうに」
「“命令等”っていうから、政令と省令だけだと思わせる」
「なるほどな」
「でも違う」
命令等には、
審査基準。
処分基準。
行政指導指針。
これらも含まれる。
「名前で引っかけるの、ずるくないですか」
「法律の試験なんてそんなもんだろ」
「受験生に恨みでもあるんですかね」
「知らん」
私は四つを丸で囲みました。
法令に基づく命令・規則。
審査基準。
処分基準。
行政指導指針。
「じゃあ、未来では、これを作るとき全部意見公募するんですか?」
私は自分で言ってから、
あ。
と思いました。
こういう「全部」「必ず」は危険です。
行政法で絶対に油断してはいけない単語。
「例外あるんだろ」
相馬先輩が言いました。
「あります」
「やっぱりな」
「今日は教材の中心じゃないので、そこは深入りしません」
「逃げた」
「次回以降で扱います!」
今は第三十八条。
まず一般原則です。
意見公募そのものの具体的な方法や例外は、この先の条文で細かく出てくる。
今日は、
何のために命令等を定めるのか。
どういう姿勢で作るのか。
そこを押さえる。
私は大きく書きました。
第三十八条第一項。
根拠法令の趣旨に適合。
「昨日なら?」
相馬先輩が聞きます。
「駅前再整備の目的を忘れないこと」
「例えば?」
「観光振興と歩きやすい商店街づくりが目的なのに、“全店舗の看板色を同じにすること”が目的みたいになってたらおかしい」
「うん」
「その基準が、目的達成のために本当に必要なのかを見る」
「そうだ」
私は昨日の場面を思い出します。
片桐所長が倉田係長に聞きました。
――統一そのものが目的か。
倉田係長は詰まりました。
あれ。
ほとんど第三十八条第一項だったんだ。
法律はまだない。
でも、
ルールは根拠となる法令の目的から外れてはいけない。
という考え方は、未来から突然降ってくるわけじゃない。
その前から行政法の中にある。
後の法律が、それをより明確に整理していく。
「じゃあ次」
所長が言いました。
「作った後は」
「第三十八条第二項ですね」
私は書きます。
制定後の見直し。
「昨日、所長が言ってました」
「何を」
「実施後に問題が出たら、見直す気はあるか、って」
「ああ」
未来の第三十八条第二項は、
命令等を一度作ったら終わり、
とはしていません。
定めた後も、
その規定の実施状況。
社会経済情勢の変化など。
そういう事情を考えて、
必要に応じて内容を検討する。
そして適正を確保するよう努める。
「ここ、“努める”なんですね」
私は二重丸をつけました。
「努力義務か」
相馬先輩が言います。
「はい」
試験で非常に怖いやつです。
努力しなければならない。
と、
必ずしなければならない。
は違う。
「例えば選択肢で」
私は言いました。
「“命令等制定機関は、社会経済情勢が変化した場合、必ず命令等を改廃しなければならない”」
「×だな」
「はい」
「何で」
「必要に応じて検討を加えて、適正を確保するよう努める、だから」
「必ず改廃ではない」
「そうです」
ここ。
かなり出そう。
私は赤ペンがないので、鉛筆でぐるぐる囲みます。
――第二項は努力義務。
「昨日の森下さんの件なら」
私は続けます。
「看板基準を作った後、実際に運用したら十八万円かかる店が続出した」
「うん」
「空き店舗が増えた」
「うん」
「観光客からは、逆に全部同じ看板で分かりにくいって言われた」
「ありそうだな」
「そういう実施状況が出たら、その基準を見直す」
「必要ならな」
「はい。必ず変える、ではない」
社会経済情勢の変化も同じです。
例えば。
物価が大きく上がった。
景気が悪くなった。
新しい技術が普及した。
商店街の構成が変わった。
そういう変化があるのに、
十年前の基準を、
昔決めたから。
の一言で使い続けるのは危ない。
「ルールって」
私は言いました。
「作った瞬間が完成じゃないんですね」
「当然だ」
所長が言います。
「現場で使って初めて分かることがある」
短い。
でも、全部です。
試験だと、
制定。
公示。
施行。
改廃。
そんな単語で流れていく。
でも昨日の森下さんには、
十八万円。
これが実施状況でした。
行政が机の上で、
看板を統一すればきれいになる。
と思っても。
実際の町では、
その基準で誰がどれだけ負担するのか。
どの店が消えるかもしれないのか。
何が失われるのか。
そこまで見ないと、適正かどうかは分からない。
「所長」
「何だ」
「意見公募って、聞いた意見を“考慮する”んですよね」
「ああ」
「“従う”じゃない」
「ああ」
「“数える”だけでもない」
「そうだ」
ここも大事です。
意見一万件。
全部、
反対!
だけだったとして。
一万件あるから必ず撤回。
ではない。
逆に。
一件だけ、
この条文だと、こういう重大な問題が起きる。
と非常に具体的な指摘があった。
なら、一件でも重要かもしれない。
「量じゃなくて中身」
私は書きました。
「そう考えろ」
所長が言います。
意見公募手続は多数決ではない。
意見の数だけで決める制度でもない。
提出された意見の内容を見て、
必要なものを考慮する。
だから。
昨日、森下さんに、
十八万円かかる。
三年の猶予が必要。
色を全部変えなくても点滅灯を外せば対応できる。
と具体的に書きましょう。
と言ったのは理にかなっていた。
ただ嫌だ。
だけより、
制度をどう直せばいいかが見える。
「でも」
相馬先輩が言いました。
「意見を聞いて、全部無視しても“考慮しました”って言えるんじゃないか」
お。
いい質問。
「そこですよね」
未来の行政手続法では、
意見公募手続についてさらに、
結果の公示。
提出意見と、それに対する行政機関の考え方。
そういったルールが整備されています。
でも、それはこの先。
「少なくとも」
私は言いました。
「意見を聞くだけ聞いて、箱に入れて終わり、じゃ意味がない」
「そうだな」
「何を考慮したのかが見える仕組みが必要になる」
「未来では、か?」
「未来では、です」
相馬先輩が笑いました。
「便利だな未来」
「便利です。でも試験範囲が増えます」
「最悪じゃねえか」
本当に。
法律が整備されると社会は少し分かりやすくなる。
受験生の暗記量は増える。
文明の進歩には犠牲がつきものです。
私はノートを見直します。
命令等を定める場合。
一つ。
根拠法令の趣旨に適合させる。
二つ。
制定後も、実施状況や社会経済情勢の変化等を勘案する。
三つ。
必要に応じて内容を検討する。
四つ。
適正を確保するよう努める。
「箇条書きにすると眠いですね」
「お前が書いたんだろ」
「だから物語に戻します」
昨日の市役所。
倉田係長。
看板基準。
最初は、
もう決まった。
でした。
でも。
何のために作ったのか。
実際にいくらかかるのか。
店側の事情を聞いたのか。
運用して問題が出たら見直すのか。
そう聞いていくと、
絶対だったはずの基準に、
検討の余地が戻ってきた。
行政法って、
ルールを弱くするための法律ではないんですよね。
むしろ、
ルールをちゃんとルールとして成立させるために、
作り方を厳しくする。
「制度の冷たさが、ここでも出ますね」
「どういう意味だ」
相馬先輩が聞きました。
「“みんな仲良く話し合いましょう”じゃないんです」
「ああ」
「根拠法令の趣旨に適合しているか」
「うん」
「実施状況はどうか」
「うん」
「社会経済情勢は変わってないか」
「うん」
「必要なら見直せ」
「そうだな」
「すごく冷たい」
「お前、それ褒めてるのか」
「褒めてます」
誰かの気持ちを大切にしましょう。
だけなら、聞いたふりで終わる。
でも、
根拠法令の趣旨に適合させなさい。
実施状況を見なさい。
必要に応じて検討しなさい。
と言われたら、
行政側は少なくとも、
なぜこのルールなのか。
という説明から逃げにくくなる。
冷たい言葉が、
雑な決め方を止める。
そこが、このシリーズで私が少しずつ好きになっているところです。
「試験問題」
所長が言いました。
「来た」
「命令等を定める場合、国民の意見を必ず採用しなければならない」
「誤り」
「理由」
「意見を聴いて考慮するのであって、採用義務ではない」
「次」
「命令等は、法律に基づく命令や規則だけをいう」
「誤り」
「他は」
「審査基準、処分基準、行政指導指針」
「次」
「制定後は、実施状況や社会経済情勢の変化にかかわらず、法的安定性のため内容を変更してはならない」
「誤り」
「なぜ」
「必要に応じて検討し、適正確保に努めるから」
「次」
「命令等制定機関は、必要がある場合には、必ず命令等を改正しなければならない」
「誤り」
「なぜ」
「第二項は適正確保に努めるという努力義務だから」
「よし」
所長がまた新聞を開きました。
終わり?
「今の“よし”が採点ですか」
「そうだ」
「点数は?」
「知らん」
「昭和の教育、雑!」
相馬先輩が笑っています。
「合格だろ、たぶん」
「その“たぶん”が一番怖いんですよ試験は!」
私はノートの端に大きく書きました。
試験注意。
「必ず」「すべて」「当然に」「例外なく」。
見たら疑う。
行政法、強い断言ほど罠率が高い。
「昨日も“もう決まったことです”でしたね」
「ああ」
相馬先輩が言いました。
「試験も役所も、断言には気をつけろ」
「先輩、それ名言っぽい」
「使用料」
「また?」
「コロッケパン一個」
「もう食べたでしょう!」
話を戻します。
私は昨日の森下さんの意見を思い出しました。
父親の代から使っている赤い看板。
古い。
派手。
でも常連客には目印。
行政から見れば、
統一を乱す一枚。
店から見れば、
商売の顔。
どちらが正しいか。
意見公募手続は、その答えを自動的に出してくれる制度ではありません。
行政が景観を考えることも必要。
商店の負担を考えることも必要。
目的と手段のバランスを見る。
そのための材料を集める。
私はそこが一番大事だと思います。
「意見公募って」
私は呟きました。
「民主主義のため、って言うと大げさですけど」
「大げさなのか?」
相馬先輩が聞きます。
「いや、大事なんです。でも」
行政法のテキストだと、
国民の多様な意見を反映。
公正の確保。
透明性。
そんな言葉になります。
でも。
森下さんにとっては、
十八万円の見積書を誰かに見せられること。
それです。
民主主義って、
国会で演説することだけじゃない。
町の文房具屋が、
この基準だと十八万円かかります。
と言えることでもある。
そして行政が、
そんなの知りません。
ではなく、
その事情も材料にしてルールを考える。
そういう小さな仕組みの積み重ねなんでしょう。
私はノートの最後の頁を開きました。
一行の覚え書き。
しばらく考えます。
昨日は、
――決める前に聞く。決めた後も疑う。
と書きました。
今日はもう少し、第三十八条らしくしたい。
「所長」
「何だ」
「一行で第三十八条を言うなら?」
「目的を忘れずに作れ。現実を見て直せ」
私は止まりました。
「それです」
「何が」
「完璧です」
「使用料取るぞ」
相馬先輩が言いました。
「所長まで相馬化しないでください」
私はノートへ書きました。
――命令等は、根拠法令の目的を忘れずに作る。作った後は、現実を見て必要なら見直す。
その下に、小さく。
――意見は、多数決の票ではなく、より適切なルールを作る材料。
さらに。
――行政手続法上の「命令等」は、命令・規則だけではない。審査基準、処分基準、行政指導指針も。
「多いな」
相馬先輩が覗き込みます。
「試験に出るんです」
「未来の試験だろ」
「未来ほど怖いものはありません」
「何だそれ」
本当なんですよ。
私はノートを閉じました。
窓の外。
駅前商店街の看板に灯りがついています。
赤。
青。
黄色。
やっぱり統一感はありません。
でも今日は、
昨日より少しだけ違って見えました。
行政がルールを作る。
それ自体が悪いわけじゃない。
景観を整える。
安全を守る。
公平な基準を設ける。
ルールが必要な場面はいくらでもある。
ただ。
ルールを作る側が、
目的を忘れないこと。
外から意見を入れること。
一度作ったものを絶対視しないこと。
その仕組みが必要です。
未来の行政手続法第三十八条は、
派手な条文ではありません。
命令等制定機関は、
根拠法令の趣旨に適合させなさい。
制定後も、
実施状況や社会経済情勢を見なさい。
必要なら検討しなさい。
適正確保に努めなさい。
それだけ。
でも。
その冷たい言葉があるから、
「役所で決めました」
だけでは終われなくなる。
なぜその内容なのか。
目的に合っているのか。
現実に合っているのか。
今も正しいのか。
そう問い続ける余地が残る。
制度の冷たさが、
決める人の思い込みを冷ましてくれる。
私は、そういう行政法なら少し好きです。
「こはる」
所長が言いました。
「はい」
「電話」
受話器を取ります。
「はい、片桐行政書士事務所です」
『森下です』
「森下さん」
『意見書、書きました』
「もう?」
『十八万円って、最初に大きく書きました』
「具体的ですね」
『それから、赤い看板全部残せとは言いませんって』
「はい」
『点滅灯は外す。色も少し落ち着かせる。でも全部同じ色にする必要はないんじゃないか、って』
「すごくいいと思います」
『あと、三年くらい猶予がほしいって』
「それも大事です」
森下さんの声が少し明るい。
『採用されるかは分からないですけどね』
「はい」
『でも、言っていいんですよね』
私は一瞬、黙りました。
「もちろんです」
『よかった』
電話が切れました。
受話器を置く。
昨日までは、
もう決まったから。
で終わっていた話です。
今日は、
採用されるかは分からないけど、言っていい。
そこまで進んだ。
完全勝利じゃない。
基準が撤回されたわけでもない。
十八万円がゼロになったわけでもない。
でも。
決める側と従う側の間に、
一枚、紙が入った。
意見という名前の紙です。
その紙は、命令ではありません。
拒否権でもありません。
ただの一意見です。
でも。
行政がそれを読む仕組みがあるだけで、
ルールは少しだけ、
人の生活に近づける。
「先輩」
「何だ」
「コロッケパン、本当に全部食べました?」
「ああ」
「私の意見を聞く前に?」
「ああ」
「根拠となる事務所秩序の趣旨に適合してません」
「何だその事務所秩序」
「制定後の実施状況にも重大な問題があります」
「何が」
「私が怒ってます」
「社会経済情勢か?」
「違います。もっと重大です」
所長が新聞の向こうで言いました。
「明日から一人一個」
「所長!」
相馬先輩が抗議します。
「意見は?」
「聞いた」
「採用は?」
「しない」
「意見公募の意味!」
私は吹き出しました。
「先輩」
「何だ」
「意見は聞いても、全部採用する義務はありません」
「覚えたての法律で殴るな!」
でも。
今日だけは、この理屈を使ってもいいでしょう。
私はノートの最後に、さらに一行だけ書き足しました。
――「意見を聞く」は、「言うことを聞く」ではない。でも、「聞かなかったことにする」でもない。
たぶん。
これが、今日いちばん忘れたくない一行でした。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




