[行政手続法36条の3・処分等の求め]法理編 こはるノート
夕方の片桐行政書士事務所には、さつまいもが四本ありました。
大、中、中、小。
そして。
「……なんで先輩が大なんです?」
「俺が先に取った」
「また先取特権みたいな顔してますけど、それ法律違いますからね」
「取ったもん勝ちだ」
「そのルール、毎回あなただけ得してません?」
相馬先輩は、吉岡トシさんが持ってきてくれた一番大きなさつまいもを抱えたまま、まるで当然の権利者みたいな顔をしています。
昭和六十三年。
片桐行政書士事務所。
駅裏の空き地に廃材が積まれ、雨の日には黒い水が側溝へ流れ出していた件は、とりあえず一歩前へ進みました。
吉岡さんが市役所へ知らせる。
最初は、
土地の所有者でも管理者でもない。
だから当事者ではない。
と追い返される。
でも写真や搬入記録を確認すると、役所も現地調査へ動いた。
そして実際に。
保管状態の改善。
側溝への流出防止。
壊れた柵の修繕。
そういった対応につながりました。
私は小さいさつまいもを机の端へ避難させ、ノートを開きます。
今日の題。
――処分等の求め。
「またそれか」
相馬先輩が覗き込みました。
「はい」
「誰でも役所に『あいつを処分しろ』って言える制度だったか?」
「その覚え方、すごく危険です」
「違うのか」
「半分くらい違います」
「半分なら合ってるだろ」
「法律で半分合ってるは、大体不正解です」
私はペンを握り直しました。
未来。
ずっと未来。
行政手続法が施行された後。
さらに平成二十六年の改正で追加される制度。
行政手続法第三十六条の三。
処分等の求め。
受験生時代の私は、この制度を見たとき。
正直。
ややこしいな。
と思いました。
三十六条の二が行政指導の中止等の求め。
三十六条の三が処分等の求め。
似ています。
数字も近い。
名称も近い。
行政書士試験が大好きな、
「隣に置いて混乱させる兄弟」
です。
でも。
吉岡さんの事件を見たあとなら。
違いはかなりはっきりします。
「所長」
「何だ」
片桐所長が帳簿から顔を上げました。
「昨日の野中鉄工所の話と、今日の吉岡さんの話って、逆向きですよね」
「何がだ」
「野中さんは、行政から指導されて困っていた」
「そうだ」
「吉岡さんは、行政が動いてくれなくて困っていた」
所長が頷きました。
「そこを分けろ」
そう。
私はノートに線を一本引きました。
前の事件。
行政指導の中止等の求め。
――行政が動きすぎた場合。
今日の事件。
処分等の求め。
――行政が動いていない場合。
「おお」
相馬先輩が言いました。
「何です?」
「初めて分かりやすい」
「初めてって何ですか」
「いつも長い」
ひどい。
でも。
確かにこの対比は大事です。
行政指導の中止等の求めでは。
行政から、
法律違反だから直してください。
と指導された人が。
その行政指導、法律の要件に合っていないのでは。
と申し出て。
中止その他必要な措置を求めます。
一方。
処分等の求めは。
法令違反があるのに。
本来されるべき処分や行政指導がされていない。
そう思う人が。
行政へ。
ちゃんと調べて、必要なら動いてください。
と求める。
「方向が逆ですね」
「そうだな」
「片方は『やりすぎでは』」
「ああ」
「もう片方は『やらなさすぎでは』」
「それで覚えろ」
所長が言いました。
なるほど。
強い。
私はノートに書きました。
行政指導の中止等の求め。
――行政の働きかけを止める方向。
処分等の求め。
――行政に必要な働きかけを求める方向。
「じゃあ本題です」
私は大きく書きます。
――誰が求められるのか。
「吉岡さんだろ」
相馬先輩が言います。
「もちろん吉岡さんも。でも、法律上はもっと広いです」
「どこまで」
「何人も」
「何人?」
「“なんぴとも”です」
「人数聞いてねえ」
「分かってます」
行政手続法第三十六条の三は。
何人も。
と始まります。
つまり。
利害関係人に限定していない。
ここ。
行政書士試験ではかなり大事です。
「所長」
「何だ」
「普通、こういう制度って利害関係が必要そうに見えません?」
「そう思わせる問題は出しやすいだろうな」
「ですよね」
たとえば。
許可の取消しを求める。
行政処分を求める。
そう聞くと。
直接被害を受けている人。
隣地所有者。
競争事業者。
何か権利や利益を持つ人。
そういう人だけが申し出られそうに感じる。
でも。
第三十六条の三は違います。
何人も。
「つまり」
私は言いました。
「吉岡さんが土地の所有者じゃなくてもいい」
「ああ」
「借主じゃなくてもいい」
「ああ」
「廃材を置いている業者の取引先じゃなくてもいい」
「ああ」
「極端に言えば、たまたま通りかかった人でも?」
「制度上の申出人としては、利害関係人に限られないということだろ」
所長が答えました。
そうです。
ここで重要なのは。
申出人本人がどれだけ困っているか。
ではない。
法令違反の事実があるのか。
それを是正するため、本来されるべき行政上の措置がされていないのか。
そちらです。
「だから吉岡さんに『土地の関係者じゃないから』って言ったのは」
「話の入口と、中身を混ぜたんだな」
相馬先輩が言いました。
「そうです」
もちろん。
昭和六十三年の現実には。
未来の三十六条の三はありません。
吉岡さんが、
第三十六条の三に基づき処分等を求めます。
なんて言うことはできない。
でも。
未来の制度がなぜ「何人も」としたのか。
昨日の市役所を見たら、すごく分かります。
法令違反を発見する人が。
いつも直接の権利者とは限らないからです。
「じゃあ」
相馬先輩が聞きました。
「俺が明日歩いてて、隣町の工場が怪しいと思ったら『処分しろ』って言えるのか」
「未来の制度なら、申出自体は利害関係の有無だけで排除されません」
「役所は必ず処分?」
「そこ!」
私はペンを突きつけました。
「そこが二つ目の大事なところです」
「近い」
「すみません」
私はノートへ書きます。
――申出をしたら、必ず処分されるわけではない。
「昨日もそうでした」
吉岡さんが。
廃材を何とかしてください。
と言った。
でも。
だから役所が即座に。
撤去命令。
営業停止。
そんな処分を出したわけではありません。
まず。
写真を見る。
現場へ行く。
土地所有者へ確認する。
搬入業者へ事情を聞く。
置かれている物を確認する。
そして。
法令違反の事実が本当にあるのか。
行政措置が必要なのか。
調査した。
「未来の条文でも同じです」
「どう書いてある」
「申出を受けた行政庁や行政機関は、必要な調査を行う」
「その次」
「調査結果に基づいて、必要があると認めるときは、処分または行政指導をしなければならない」
相馬先輩が頷きました。
「つまり言った者勝ちじゃない」
「そうです」
私は大きく書きます。
申出。
イコール。
処分。
ではない。
申出。
矢印。
必要な調査。
矢印。
必要性の判断。
矢印。
必要なら処分または行政指導。
「昨日、所長が言ってましたよね」
「何をだ」
「申告する者と、処分する者を混ぜるな」
「ああ」
これ。
そのまま試験にも使えます。
申出人は。
違反を知らせる。
必要な行政措置を求める。
でも。
違反があるかどうかを最終的に調べるのは行政。
どんな処分が必要かを判断するのも行政。
申出人が処分内容を決定する制度ではありません。
「じゃあ」
私は自分で問題を作りました。
「申出がされた場合、行政庁は申出人の求める処分をしなければならない」
「誤り」
相馬先輩が即答。
「理由は?」
「調べて、必要ならやる」
「雑!」
「合ってるだろ」
「試験答案なら減点したい」
「マークシートだろ」
「そうでした」
悔しい。
私は書き直します。
行政庁または行政機関は、必要な調査を行い、その結果に基づき必要があると認めるときに、処分または行政指導をしなければならない。
この、
必要があると認めるとき。
大事です。
何人でも申し出られる。
だからこそ。
入口は広い。
でも。
出口では行政が事実を確認する。
前回、所長が言った。
入口を広くして、出口を行政が判断する。
あの言葉。
本当にこの制度の芯です。
「次」
相馬先輩が言いました。
「何を求められる」
「処分、または行政指導です」
「処分って?」
「行政庁がする行政処分」
「行政指導は?」
「行政機関がする行政指導」
「同じ相手に言うのか」
「そこも少し分かれます」
私はノートに人物を書いてみました。
吉岡さん。
矢印。
行政。
でも行政にも。
処分する権限を持つ行政庁。
行政指導をする権限を持つ行政機関。
があります。
「処分を求めるなら?」
「その処分をする権限を有する行政庁」
「行政指導を求めるなら?」
「その行政指導をする権限を有する行政機関」
「なるほど」
相馬先輩が芋を転がします。
「誰でも言っていいが、言う相手は誰でもいいわけじゃない」
「そういうことです」
市役所の守衛さんに。
あの会社を処分してください。
と申出書を渡して終わり。
ではない。
必要な権限を持つ行政庁・行政機関へ求める。
行政法。
いつも最後は。
誰が権限を持っているのか。
に戻ってきます。
「で」
所長が言いました。
「処分と行政指導で、同じ条件か」
来ました。
今日一番の罠。
「違います」
私は少し背筋を伸ばしました。
「行政指導を求める場合だけ、特別な限定があります」
「何だ」
「行政指導の根拠となる規定が、“法律”に置かれていること」
相馬先輩が眉を寄せます。
「処分は?」
「条文では、“法令に違反する事実”があって、その是正のためにされるべき処分を求める形です」
「行政指導は?」
「そのうえで、根拠となる規定が法律に置かれているものに限られます」
「条例じゃ駄目?」
「行政指導について、この制度を使って求める場合は駄目です」
「規則は?」
「同じです」
「法律だけ」
「はい」
私は二重丸をつけました。
――行政指導を求める場合は、根拠規定が法律にあるものに限る。
ここ。
超重要。
試験で。
条例に根拠を持つ行政指導についても、第三十六条の三に基づき行政指導を求めることができる。
と出たら。
誤り。
「前の三十六条の二と似てますね」
「行政指導の中止のやつか」
「はい」
前回。
行政指導の中止等の求めでも。
対象となる行政指導は。
その根拠となる規定が法律に置かれているものに限定されていました。
今回も。
行政指導を求めるなら。
根拠規定は法律。
「じゃあ覚え方は」
相馬先輩が言います。
「行政指導関係は法律だけ?」
「少なくとも三十六条の二と三十六条の三のこの部分は、そう整理すると分かりやすいです」
「なるほど」
私は左右に書きました。
第三十六条の二。
行政指導を止めて。
根拠規定は法律。
第三十六条の三。
行政指導をして。
根拠規定は法律。
「止めるのも、やらせるのも、行政指導は法律が根拠」
「試験用としては強い整理です」
「処分は?」
「そこを一緒にしない」
私は赤線を引きました。
処分等の求め。
名前に「等」がついている。
処分。
行政指導。
両方を含む。
でも。
行政指導には。
根拠規定が法律にあるものという限定がつく。
「行政法って」
私は呟きました。
「同じ箱に入れてから、片方だけ条件追加するの好きですよね」
「嫌がらせみたいに言うな」
「受験生目線です」
そして。
もう一つ。
法令違反の事実。
ここも重要です。
「所長」
「何だ」
「単に“気に入らないから処分してください”では駄目ですよね」
「当然だ」
第三十六条の三は。
何でも行政に処分を要求できる制度ではありません。
法令に違反する事実がある場合。
その違反を是正するため。
本来されるべき処分や行政指導がされていない。
そう考える場合です。
「吉岡さんの件なら」
私は言いました。
「空き地が汚くて気に入らない、だけでは足りない」
「ああ」
「廃材の保管や流出が、法令上問題になる状態なのではないか」
「ああ」
「そして、その違反を是正するために行政が本来動くべきなのに、動いていないのではないか」
「そういう形だ」
所長が答えます。
だから。
吉岡さんの記録が大事でした。
写真。
日付。
トラック。
黒い水。
搬入回数。
感情ではなく。
事実。
行政法では。
怒っていることより。
何が起きたか。
のほうが強い。
「申出書には何を書く?」
相馬先輩が聞きました。
「細かいところまで覚えます?」
「お前が言え」
「またそれ」
私は記憶を引っ張ります。
未来の第三十六条の三第二項。
申出は。
申出書を提出してする。
書くことは。
申出をする人の氏名や住所。
法令に違反する事実の内容。
求める処分または行政指導の内容。
その根拠となる法令の条項。
なぜ処分や行政指導がされるべきだと考えるのか。
その他参考事項。
「多いな」
「試験では細かい記載事項を全部丸暗記するより、制度の構造を押さえたほうが大事だと思います」
「構造?」
「誰が、何について、誰に、何を求めるか」
「言え」
私はノートに人物を書きます。
申出人。
――誰でもよい。
対象。
――法令違反の事実。
相手。
――処分権限を持つ行政庁、または行政指導権限を持つ行政機関。
求めること。
――違反を是正するための処分または行政指導。
行政の対応。
――必要な調査。
その結果、必要があると認めれば処分または行政指導。
「この形を覚えれば」
私は言いました。
「吉岡さんの事件そのままです」
吉岡さん。
土地所有者ではない。
でも申し出る。
空き地に法令違反の疑い。
市役所へ知らせる。
現地調査。
関係者への確認。
必要な部分について改善対応。
「昨日の若い職員」
私は思い出しました。
――利害関係がない人からの申し出まで全部正式に対応していたら、きりがないんじゃ。
現場の感覚として。
すごく分かります。
でも。
未来の法律は。
そこで。
利害関係人だけ。
とはしなかった。
何人も。
とした。
「なんででしょう」
私が言うと。
所長が答えました。
「違反を見つける者と、被害を受ける者が同じとは限らんからだろう」
「ですよね」
近所を歩いている人。
元従業員。
業者。
利用者。
たまたま気づいた第三者。
そういう人が。
行政の見落としている法令違反に気づくことはある。
もし。
利害関係がある者だけ。
という入口なら。
見つかった違反が。
入口で捨てられることになる。
だから。
入口を広くする。
ただし。
申し出ただけで処分はしない。
行政が調査する。
制度が。
ちゃんと両側を押さえています。
「これ」
私は少し嬉しくなりました。
「よくできてますね」
「未来の法律がか?」
相馬先輩が言いました。
「たとえばです!」
「もう隠す気ないだろ」
「あります!」
危ない。
本当に。
この頃、未来法を語りすぎています。
「じゃあ試験」
相馬先輩が言います。
「え?」
「昨日やっただろ。今日もやれ」
「先輩が出す側にハマってません?」
「一問目」
「無視された」
相馬先輩が指を一本立てます。
「処分等の求めは、当該法令違反によって法律上の利益を害される者だけができる」
「誤り」
「理由」
「何人もできます。利害関係人に限定されません」
「二問目」
「はい」
「処分等の求めがあった場合、行政庁は必ず申出人が求める処分をしなければならない」
「誤り」
「理由」
「必要な調査を行って、その結果に基づき必要があると認めるときに、処分または行政指導をする義務があります」
「三問目」
「はい」
「条例に根拠を持つ行政指導についても、第三十六条の三に基づいて行政指導を求められる」
「誤り」
「理由」
「行政指導を求める場合は、その根拠となる規定が法律に置かれているものに限られるからです」
「四問目」
「どうぞ」
「申出人が処分内容まで決められる」
「誤り」
「なぜ」
「処分権限は行政庁にあります。申出人は処分等を求めるだけで、調査・必要性判断・具体的な行政対応は権限ある行政側が行います」
「五問目」
「まだあるんですか」
「最後だ」
「どうぞ」
「近所の人が法令違反を発見しても、直接被害がなければ何もできない」
「誤り」
「理由」
「“何人も”だからです」
「よし」
相馬先輩が満足そうに芋を持ち上げます。
「その大きい芋を返してください」
「話が飛んだな」
「今、法令違反を発見しました」
「何法だ」
「片桐事務所芋公平配分法」
「ない」
「根拠規定は?」
「ない」
「処分等の求めを」
「法令違反そのものがねえ」
くっ。
今日学んだ知識で完全防御されました。
悔しい。
所長が。
そんな私たちを見ながら言いました。
「こはる」
「はい」
「三十六条の二との違いを最後に言え」
私は少し考えます。
そして。
ノートを二つに分けました。
行政指導の中止等の求め。
誰が?
行政指導の相手方。
何を求める?
法律の要件に合わない行政指導を止めるなどの措置。
一方。
処分等の求め。
誰が?
何人も。
何を求める?
法令違反を是正するため、本来されるべき処分または行政指導。
「あ」
私は思わず声を出しました。
「何だ」
「対比すると、すごく分かりやすい」
第三十六条の二は。
自分が行政指導を受けている人。
だから。
当事者限定。
第三十六条の三は。
法令違反を見つけた人。
だから。
何人も。
「ここ、試験で混ぜられそう」
「混ぜるだろうな」
所長が言います。
たとえば。
行政指導の中止等の求めは何人でもできる。
――誤り。
行政指導の相手方です。
処分等の求めは、処分によって法律上の利益を受ける者しかできない。
――誤り。
何人もできます。
「三十六条の二は“されて困った本人”」
私は言います。
「三十六条の三は“されてないことに気づいた誰か”」
「雑だが覚えやすい」
所長が言いました。
私は嬉しくなって、そのままノートに書きました。
――三十六条の二は「された本人」。
――三十六条の三は「気づいた誰でも」。
「行政法って」
私はペンを置きました。
「誰が言えるか、すごく大事ですね」
「当然だ」
「同じ“行政に文句を言う”でも全然違う」
相手方だけ。
誰でも。
利害関係人。
申請者。
処分の名宛人。
行政法は。
誰が。
誰に。
何を。
言えるのか。
そこをずっと追いかける法律なのかもしれません。
昨日。
吉岡さんは。
最初。
その「誰が」のところで切られました。
あなたは土地の所有者じゃない。
関係者じゃない。
だから話は終わり。
でも。
未来の第三十六条の三は。
その入口で。
「何人も」
と言う。
それだけで。
吉岡さんみたいな人の声が。
一度は行政の机の上に乗る。
もちろん。
そこから先は別です。
本当に法令違反か。
本当に処分が必要か。
行政指導が必要か。
調べる。
判断する。
必要なら動く。
必要なければ。
申出人が望んでも処分はしない。
冷たい。
公平な仕組みです。
「制度って」
私は呟きました。
「誰でも言えるようにするだけでも駄目なんですね」
「どういうことだ」
相馬先輩が聞きます。
「誰でも言ったとおりに行政が動いたら、それはそれで怖い」
「ああ」
「だから入口は広く。でも出口は調査と権限」
片桐所長が短く言います。
「声は拾え。結論は事実で決めろ」
私は止まりました。
「所長」
「何だ」
「それ今日の一行にします」
「好きにしろ」
私はノートの最後に書きます。
――声は拾え。結論は事実で決めろ。
その下に。
試験用の一行。
――処分等の求めは「何人も」できる。行政指導を求める場合は根拠規定が法律にあるものに限り、行政は調査後、必要なら処分等を行う。
「長い」
「こっちは試験用です!」
「一行じゃねえ」
「文字数制限ないです!」
窓の外。
昭和六十三年の町が。
夕暮れから夜へ変わっていました。
駅裏には。
あの空き地があります。
もう。
側溝へ黒い水は流れていない。
壊れた柵も直っている。
大事件ではありません。
新聞にも載らない。
誰かが表彰されるわけでもない。
でも。
子どもが入り込みにくくなった。
雨が降っても。
吉岡さんは。
前ほど側溝を気にしなくていい。
法律の仕事って。
もしかすると。
こういうものなのかもしれません。
直接の被害者でもない人が。
あれ、おかしくないか。
と気づく。
行政が。
あなたには関係ない。
で終わらせず。
事実を見る。
必要なら動く。
制度の冷たさは。
ときどき。
人の善意より信用できます。
善意は。
人を選ぶかもしれない。
面倒なら見なかったことにするかもしれない。
でも。
「何人も」
という冷たい四文字は。
最初から人を選ばない。
そこが。
ちょっとだけ。
好きになれそうでした。
「朝比奈」
「はい」
「芋」
相馬先輩が。
中くらいのさつまいもを一本。
私の机へ転がしました。
「え?」
「やる」
「どうしたんです?」
「公平にしろってうるさいから」
「急に是正措置が!」
「大は俺のだ」
「そこは譲らないんですね」
「必要な範囲で是正した」
「行政裁量が広い!」
奥から。
所長が。
顔も上げずに言いました。
「必要な調査の結果だ」
「何を調査したんですか!」
「相馬はよく食う」
「個体差で決められた!」
結局。
大は相馬先輩。
中は私と所長。
小は翌日の味噌汁用。
処分等の求め。
事務所内では。
申出人の希望どおりにはならなかったけれど。
必要な措置くらいは。
ちゃんと取られたみたいです。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




