XI プロポーズ?
その日から、わたしはバシリオ先生に剣の授業を受け、フィルはレオンの指導のもとで剣術の訓練を積んだ。
バシリオ先生は本人の言葉とは違って、剣の技術については、とても教えるのが上手だった。
ある日、校庭の一角で剣術の練習をしていたときに、わたしたちは短い休憩をとった。そのときに、本人に聞いてみることにした。バシリオ先生は肩をすくめて言う。
「そりゃまあ、僕が使っているのは、軍隊の剣術だからね。当たり前だけど、軍は大勢の兵士が同じぐらいの能力を持って戦えるようにしないといけない」
「だから、技術の共有が簡単にできるように工夫されているということですね?」
「そういうことだよ。国家傭兵団は国王軍最強の部隊だと言われているけど、やっていること自体は平凡な軍隊そのものだ」
そうは言っても、バシリオ先生の強さは、圧倒的だった。わたしでは、まったく歯が立たない。
剣を持ったときだけ、まるで人が変わったみたいだ。
こんなに強いのに、どうしてバシリオ先生は軍を辞めたんだろう? 国王軍司令官の父もいるのだから、出世だってできたはずだ。
「だからこそ、嫌になったのさ。君はアルフォンソの婚約者だったよね」
「はい」
「君は、まっすぐに未来の王妃になれればいいけれど」
バシリオ先生はそう言って、柔らかく微笑んだ。
王族出身の軍人として、バシリオ先生は未来が約束されていた。でも、何か挫折が……きっとあったんだと思う。
具体的になにがあったかはわからない。
でも、きっと、わたしも同じだ。前回の人生では、順風満帆に王妃になるはずが、処刑されてしまった。
そうなってみれば、王妃とか王太子の婚約者とか、そんな身分なんてどうでもよくなって……代わりに、フィルという大事なものを見つけた。
「まあ、アルフォンソはいいやつだけれど、気が弱いからね。クレアさんのような強い人がいるとぴったりかもしれないな」
と、バシリオ先生はつぶやく。
アルフォンソ様やサグレス王子は、バシリオ先生の従弟にあたる。呼び捨てなのが新鮮だった。
「さて、今日の練習はそろそろ終わりにする?」
「いえ、まだまだです!」
わたしは剣を構え直した。バシリオ先生は「教え甲斐がるあるね」と微笑んでくれた。
今頃、フィルはレオンと練習に励んでいるんだろうな、と思う。ああ、フィルに教えてあげたかった。
でも、仕方ない。
わたしは目の前の練習に集中することにした。
そんなふうにして、わたしたちは剣術大会の日を迎えた。
☆
わっ、と歓声が沸く。
剣術大会の準決勝。サグレス王子が、相手の侯爵子息を倒したのだった。
ここは学園の広場。
綺麗に刈り込まれた芝生に、ところどころ白線がデザインされたおしゃれな空間だ。
そして、とても広く、軽く夕日があたりを照らしている。
周囲には観客席がたくさん設けられていて、多くの人が剣術大会を見守っている。
なんといっても、こっそり剣術大会の勝敗で賭けをやっている生徒もいるし、大会はとても盛り上がる。
剣術大会はおおよそ事前の予想通りに進んでいた。
まず、サグレス王子は圧勝を続け、そして、今、難なく決勝へと進出した。
一方、アルフォンソ様も出場していたのだけれど……。
しょんぼりとうなだれ、肩を落としている。リアレス公爵家とアルフォンソ様の関係者は、観客席の同じあたりに固まっていた。ついでにバシリオ先生もわたしたちのそばで試合を見守っている。
アルフォンソ様だって、決して弱いわけじゃない。……ただ、一回戦でサグレス王子に当たってしまい、そして負けて一回戦敗退となったというわけで。前回の人生でも、それは同じだった。
「せっかくいいところを見せようと思ったのに……」
「サグレス殿下と戦った相手のなかでは、アルフォンソ様が一番、いい線をいっていましたよ」
落ち込むアルフォンソ様に、わたしは思わず声をかける。
アルフォンソ様は顔を上げて、青い瞳でわたしを見つめた。
「そうかな?」
「はい!」
わたしが勢いよくうなずくと、こころなしかアルフォンソ様は嬉しそうにして、元気になった。
……良かった。
前回の人生では、アルフォンソ様は欠点がないように見えた。たぶん、弱みを見せないようにしていたのだと思う。
今回は、こんな落ち込んだ、子供っぽい表情を見せてくれるのは、アルフォンソ様がわたしに気を許してくれたからかもしれない。
「わたしがアルフォンソ様のかたきを討ちますから」
「くれぐれも無理はしないようにしてほしいな」
とアルフォンソ様は心配そうに言う。
そう。
わたしも順調に勝ち上がり、サグレス王子と決勝で戦うことになった。
バシリオ先生の指導のおかげもあって、短期間だけど、かなり自分の弱点を補うこともできた。
だから、勝ち上がることに苦労はなかったけれど、問題はサグレス王子を倒せるかどうか、だ。
心配はあるけれど、一つ嬉しいことがあった。
それは、フィルが一回戦を勝ったことだ。二回戦では負けてしまったけど、もともとフィルは剣術がほとんどできなかったのだし、大戦果だ。
わたしがフィルに「良かったね」と言うと、「レオンくんのおかげだよ」とフィルははにかんだ。
ああ……。
わたしがフィルに教えてあげていれば、「お姉ちゃんのおかげだよ」と言ってくれたかもしれないのに。
レオンがにやにやと横からわたしを見ている。
まあ、仕方ない。
優勝すれば、フィルが欲しがっていたペンダントが手に入るし、フィルが喜ぶ姿を見ることができると思う。
それに、フィルとおそろいのペンダントをつけられるわけで。
そろそろ休憩時間も終わり、決勝戦だ。わたしは立ち上がった。
アルフォンソ様が、レオンが、アリスが、シアが、そしてバシリオ先生が。、
みんながわたしに「頑張って」と言ってくれる。
フィルがわたしに駆け寄り、宝石みたいな黒い瞳で、わたしを見上げた。
「……お姉ちゃん。ぼくは……お姉ちゃんが勝つって信じてる」
「もちろん! 絶対に勝って、輝魔石のペンダントを手に入れるから」
そして、フィルとおそろいのペンダントをするんだ!
わたしは力強くうなずくと、観客席から、中央の対戦場所へと進み出た。
ひときわ高い歓声が上がる。
観客の生徒たちの中からは「頑張れ、リアレスの剣姫」、なんて、言葉も飛んでくる。
ちょっと……恥ずかしい。
対するサグレス王子は、余裕の笑みを浮かべていた。
赤い髪をさらりとかき上げ、そして、金色の瞳でわたしを見つめた。
「やあ、リアレスの剣姫」
「その呼び方、やめてください。恥ずかしいですから」
「そうかな。あんたもなかなかの人気者だ。ここでオレに勝てば、その名声はもっと上がるだろうな」
「そうはさせない、というわけですね」
「そのとおり。勝つのはオレだ」
サグレス王子は爽やかな笑みを浮かべた。
わたしは問いかける。
「カルメロのことですが……」
「カルメロの件は、悪かったな。あれはオレの命令じゃないが、オレの身内の指示でね。責任はオレにもある」
あっさりと、サグレス王子は謝った。さすがに闇討ちなんてことを王子がさせるとは思わなかったし、やっぱり別の人間の指示らしい。カルメロ自身も本意ではないと言っていた。
ただ……サグレス王子の周辺に、誰か勝手にわたしに危害を加えようとした人間がいるらしい、ということもわかる。
誰だろう?
魔女崇拝者のクロウリー伯爵は、サグレス王子派の有力者だった。彼は夜の魔女であるわたしを利用して、サグレス王子を国王とし、強い国を作ろうとしていた。
クロウリー伯爵は、逮捕された後も頑なに口を割らず、王都の牢獄につながれている。だから、仲間が誰であるかはわかっていない。
サグレス王子自身が、夜の魔女のことをどこまで知っているかもわからない。
ただ、サグレス王子の関係者のなかに、他に魔女崇拝者がいてもおかしくない。それはこの学園のなかにいるかもしれないのだ。
アルフォンソ様とサグレス王子、どちらが国王になるか。この問題は、学園にも持ち込まれている。
わたしとサグレス王子の試合は、王太子派とサグレス王子派の戦いという面もある。学園の中の出来事とはいえ、それは二人の王子の評判に関わり、そして、その未来へとつながる。
そして、わたしはアルフォンソ様の婚約者だ。
アルフォンソ様がサグレス殿下に負けた以上、なおさらわたしが勝つことが重要だ。
「凡庸な兄貴の婚約者なのには、同情するよ」
とサグレス王子は、笑いながら言う。
見え透いた挑発だ。わたしは聞き流すことにした。それに、あの完璧なアルフォンソ様が凡庸だとしたら、他の人の立場がない。
ただ、このサグレス王子が特別に優秀だというだけだ。
「どうかな。この戦いで、オレが勝ったら、あんたがオレの妃になるというのは?」
「……へ?」
わたしは一瞬、サグレス王子の言うことが頭に入ってこず、固まった。
書籍1巻4.20から発売中です!







