XII ふたたび決着
「どうかな。この戦いで、オレが勝ったら、あんたがオレの妃になるというのは?」
「……へ?」
わたしは一瞬、サグレス王子の言うことが頭に入ってこず、固まった。
……プロポーズされた、ということだろうか。
わたしは顔を赤くしてうろたえたけれど、サグレス王子は平然としていた。
わたしは、サグレス王子を睨む。
「公爵家の力が目当てですか?」
「いや。そんなものに興味はないし、そんなものがなくても、オレは国王になるつもりだ」
「なら……どうして?」
「あんたは面白いし、そして強い。あんな兄貴にはもったいないからな。オレが国王で、あんたが王妃。そうすればカロリスタ王国を、さらに富み、さらに豊かな国にできる」
「へえ、わたしの能力を買ってくれているんですね?」
「ああ。そのとおり。さて、どうする?」
ここで、もし、わたしがうなずけば、どうなるんだろう?
わたしは前回の人生で、アルフォンソ様から婚約破棄されて処刑された。
今回はわたしからアルフォンソ様を離れ、サグレス王子のもとへと行くという選択肢がある、ということで。
まったく想像もできない未来を提示され、わたしは少し戸惑った。
でも……答はもちろん、決まっている。
「せっかくのお話ですけど……それはありえませんね」
「へえ、どうして?」
「この戦いで勝つのはわたしだからです!」
サグレス王子は、わたしをしばらく見つめ、そして微笑んだ。
「勇ましいな」
わたしもサグレス王子も、細くて軽い木剣を構えた。
決闘とは違って、わたしたちは二人とも、胸や胴には防具をつけている。そして、一回の戦いのみで勝負を決めることになる。
勝敗を判定するのは、第三者の先生の一人だ。
そして、戦いは始まった。
開始の合図の瞬間、サグレス王子の剣が振り下ろされる。
その剣は鋭く速かった。
わたしはなんとかその剣撃を受け止めた。
やっぱり……強い!
剣を振るいながら、サグレス王子はわたしに問いかける。
「あんたが戦うのは、自分のためか、アルフォンソのためか?」
「どちらも正解ですけれど、どちらも間違っています」
「なぜ?」
わたしはサグレス王子の第二撃を弾き返し、体勢を立て直すため、後ろへと下がった。
そこに、サグレス王子が追撃を放つ。
「わたしは……フィルのために戦っているんです」
「弟のためか。決闘で弟をはめようとしたオレが許せないか?」
「それもあります。けど違うんです」
そう。わたしがバシリオ先生のもとでたくさん訓練をしてまで、剣術大会で優勝を目指した理由はいろいろある。
前回の人生では、自由に振る舞えずに剣術大会にわたしは参加できなかった。だから、今回は、自分の力を試してみたかった。
サグレス王子に負けたアルフォンソ様に代わって、わたしが勝たなきゃ、というのもある。
サグレス王子の言う通り、決闘を仕組んだサグレス王子を倒したい、という思いもある。
でも、最大の理由は……。
「フィルに……弟に約束したんです。絶対に優勝するって」
「弟?」
「輝魔石のペンダントを手に入れて、二人で身につけるんだって」
「なるほどな」
サグレス王子の金色の瞳がすっと細くなり、そして、冷たい色が浮かぶ。
そして、サグレス王子の剣はさらに強く、烈しくなった。
「オレには……あのペンダントを手に入れても、一緒に身に着けたい相手なんていない。オレが信じるのは……オレだけだからだ」
「わたしとは……違うんですね」
サグレス王子のことを、わたしはたぶん、何も知らない。
ただ、宮廷は陰謀の渦巻く場所で、そんななかでサグレス王子は第二王子として育ったわけで……自由に生きてきたように見えて、きっと、そうではないんだろう。
「頑張って、クレアお姉ちゃん!」
遠くからフィルの声がする。
そう。わたしには、わたしを信じてくれて、わたしがその人のために戦う人がいる。
わたしはサグレス王子の激しい攻撃を受け流した。
バシリオ先生から教えられた技術で、なんとかサグレス王子の攻撃を防げているけど……決定打がない。
「あんたじゃ、オレには勝てない!」
わたしはさらに後ろへ下がろうとして、一瞬、足がもつれた。
……しまった!
サグレス王子は剣を大きく振りかぶり、振り下ろそうとした。
このままじゃ……危ない!
そのとき、わたしは記憶が蘇った。
そうだ。
前回の人生で、わたしはサグレス王子の、剣術大会での決勝戦を見ていたのだ。
そのときも……似た場面があった。体勢を崩した相手に、サグレス王子は大きく剣を振りかぶった。
その振りかぶり方は、わずかだけれど、隙があった。きっと相手が体勢を崩したのを見て、大きくためを作ったんだと思う。
そう。
普通なら、そのまま体勢を立て直そうとしているうちに、サグレス王子の剣が迫り、負けてしまう。
けど、サグレス王子に生じたわずかな隙を……もしかしたら、勝てるかもしれない!
わたしはそのことを一瞬のうちに考えて、崩れかかった体勢から前へと無理に踏み込んだ。
そして、サグレスのもとへと飛び込む。
サグレス王子が驚きの表情を浮かべ、瞬間、怯む。そこにわたしは剣を横に薙ぎ払った。
わたしの剣は、サグレス王子の胴を捉え、そして、綺麗に直撃した。
サグレス王子の手から、剣が落ちる。
金色の瞳が、呆然としたように、わたしを見つめている。
審判の先生が、クレア・ロス・リアレスの勝利、と短く告げる。
会場の広場はしーんと静まり返り、その直後、とても大きな歓声が上がった。
わたしが勝った、ということらしい。
自分でも信じられない。
サグレス王子はとても強かった。そんな相手にわたしが勝てたのは、前回の人生の知識と、バシリオ先生の指導があったからこそだと思う。
それに……フィルもわたしを信じてくれていたから。
「そうか……オレの負けか」
サグレス王子が、小さくつぶやく。
わたしは微笑んだ。
「やっぱり、殿下のお妃にはなれません」
「……ははは。情けないな。あんなことを言っておいて、負けるなんて……」
サグレス王子は弱々しい笑みを浮かべ、やがてうつむいた。
わたしは、そんなサグレス王子の手を取る。
びっくりしたように、サグレス王子は、わたしの目を見た。わたしもにっこりと笑って、その金色の瞳を見つめ返す。
「良い戦いだったと思います。殿下のような方に勝つことができて、誇らしく思います」
「世辞はいいよ」
「本心ですよ?」
そして、わたしはぎゅっとサグレス王子の手を握った。
サグレス王子は……顔を赤くして、上目遣いにわたしを見た。
「あんたの……いや、君の弟を傷つけようとしたのは、悪かった。あの決闘のことも謝るよ。だから、許してくれるか?」
「はい。二度とフィルを危ない目にあわせようとしない、と約束してくだされば」
「もちろん約束するよ」
そして、サグレス王子は、穏やかな笑みを浮かべた。これまでの、魅力的だけれど、乾いた笑みとは違う。
とても自然な……十三歳の少年らしい笑みだった。
観客たちに、わたしたちの会話は聞こえない。互いの健闘を讃えていると思っているのか、大きな拍手が起こった。
やがて審判の先生がわたしに微笑み、そして、二つのペンダントをくれた。
濃い緑色の宝石。
輝魔石だ。
フィルがわたしに駆け寄ってくる。
「お姉ちゃん、おめでとう!」
フィルはわたしの正面に立ち、そして、嬉しそうな笑みを浮かべた。天使のような表情だった。
わたしはそんなフィルを抱きしめようとして……思いとどまった。
今は、フィルを抱きしめるより、大事なことがある。
わたしはそっと、ペンダントを手にとった。
そして、それをフィルの首にかける。
フィルは照れているのか、服の襟の下の首筋は、真っ赤だった。
そのペンダントの輝魔石はフィルの胸元で、わずかに光を放った。濃緑色の宝石のなかに、まるで星のような輝きが走っている。
微弱な魔力が、そんな美しさを見せているのだと思う。
「これで……ずっと一緒、だよね? お姉ちゃん?」
「ええ、もちろん!」
夜の魔女とはなにか、預言は何を導くのか、次の王には誰がなるのか、そして魔女崇拝者たちが何をしようとしているのか。
問題は山積みだ。
ずっとフィルと一緒にはいられないかもしれない。
でも、今は、わたしのそばにまだ、フィルがいて、こうしておそろいのペンダントをつけることができる。
「クレア様」
振り返ると、アリスが楽しそうな顔で、わたしを見つめている。
そして、アリスは観客席のわたしの仲間たちを指差した。
「フィル様が可愛いのはわかりますけど、みんなすねちゃいますから」
アルフォンソ様とレオンとシアが、むうっと三人揃って頬を膨らませて、わたしたちを睨んでいる。
「わ、わたし、なにかした?」
「それはもう。みんなヤキモチを焼いているんですよ。フィル様だけがペンダントをもらえて悔しがっているんです」
「そ、そうなの!?」
「はい! なので、一緒に早く戻りましょう。あたしとシア様が腕によりをかけて料理を作って、優勝の祝賀会を行いますから!」
そうして、アリスはスキップするように駆け出した。わたしとフィルは顔を見合わせて、そして、慌ててアリスの後を追った。
歩きながら、フィルが言う。
「みんなもお姉ちゃんのことが好きなんだね」
「そうだと嬉しいけれど」
「でも……お姉ちゃんにはぼくのことを一番大事にしてほしいな」
フィルが小さくつぶやいたのを聞いて、わたしは微笑んだ。
「フィルのことが一番大事。だって、わたしの大切な弟だもの」
ふわりと、爽やかな心地よい風が、広場に吹く。
そろそろ夏がやってくる。
学園に来て、初めての夏で……長期休暇もある。
フィルとどんなところに出かけよう?
わたしはわくわくしながら、胸を踊らせる。
そして、みんなのもとへ、フィルと一緒に戻った。
これにてこの章は完結で次話からフィルとシアの対決編の予定です。たぶん明日も更新します!
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