VII シア&アリス
わたしがどうぞ、と言うと、扉が開いた。
そこにいたのは、寝間着姿のシアだった。
いつもの純白の服じゃなくて、ピンク色の可愛らしいネグリジェ姿だった。その手には、小さな皿がある。
「あ、あの……クレア様、お疲れのようでしたから……寝付きがよくなるはちみつ入りのハーブティーをお持ちしたのですが……」
と言いながら、シアは扉を閉めて、そして、わたしと、わたしの身体に触れるアリスを見て固まる。
「……い」
「い?」
「いいなあ」
とシアはつぶやいて、唇に人差し指を当て、わたしたちをじーっと見つめた。
そ、そんなにアリスのマッサージが羨ましいのかな。
「あら、シア様に誤解されてしまいますね」
とくすくすとアリスは笑って、わたしから離れた。
マッサージは終わり、ということだと思う。……残念。
シアが身を乗り出して、アリスに迫り、「か、代わってください」と言っている。アリスはにこにこして「ダメでーす。クレアお嬢様にマッサージするのはあたしの特権ですから」と応じていた。
あれ、シアはてっきりアリスのマッサージを受けたいのかと思っていたけど……。
あっ、それよりも、マッサージはおしまいになったけど、シアが持ってきてくれた、美味しそうなお茶がある。
とても香り豊かなそのお茶は、果実感のあるそそられる匂いを部屋に漂わせていた。
シアは、アリスの分も用意してきてくれていたようで、わたしたちは三人並んでお茶を楽しむことにした。
林檎草という、ハーブを使ったお茶だそうで、眠気を誘い、睡眠の質を良くするという
わたしたち三人は、しばらく幸せな気持ちを味わった。シアは若干頬を火照らせて、アリスは穏やかな表情で、お茶を味わっている。
考えてみれば、不思議だ。
前回の人生では、アリスは幼くして死んでしまって、シアはわたしと絶交してしまって。そして、わたしは処刑された。
そんな三人が、こうして並んで、夜に一緒の部屋で、お茶を味わっているなんて。
林檎草という名前のとおり、お茶からは林檎のような香りがする。
シアがふと思い出したというようにつぶやく。
「林檎草って、旧トラキア帝国の国の花だったそうなんですよね」
「へえ。意外ね」
トラキアは今は共和国で、貴族たちが議会を作って国を統治している。ただ、二千年近い昔、まだ魔法があり、神々がいた頃、トラキアは帝国を名乗り、大陸の覇権国家だったという。
「林檎草が国の花なのには由来があるんです。旧トラキア帝国が、隣国との戦争に敗れたとき、一人の銀髪の皇女が国民の代わりに命を捧げ、処刑されました。その皇女から流れた血の跡から、一輪の花が咲いて……それが林檎草の真っ白な花だったそうです」
「悲しい話ね」
もうほとんど歴史も伝わらないような、昔の話だ。
悲劇的な神話だけど、事実ではないだろう。
ただ、皇族や王族という人々は、権力を得る代わりに、それだけの責任を負わされているということでもある。
高貴なる者の義務、というやつだ。わたしはそんな物を背負いたくないから、王妃になんてなりたくないけれど……。
こういう昔の話は、フィルが聞いたら喜びそうだよなあ、と思いながら、わたしはお茶にふたたび口をつける。
ん? なにかひっかかるような……。
しばらく考えて、わたしはひらめいた。
……そうだ! フィルは本が大好きで、そして古いものや……歴史の話も大好きだった。特にずっと昔の時代のことが好きなはず。
わたしがフィルにそういうことを教えてあげられるようになれば……別の意味でも、フィルから必要とされるかもしれない。
そのためには……。
わたしが考え込んでいるあいだに、いつのまにか、シアとアリスが学園のうわさ話をしている。
こういうとき、うわさの餌食になるのは、同じ生徒だけじゃなくて教師もだ。
「アリスさんって、バシリオ先生の古代学の授業って受けてるんでしたっけ? 後期の選択科目の参考にしたいので、どんな感じか教えてもらえないかなと思って……」
「そういえばそんな授業もありましたね。変わった先生ですよ。あの先生も、見た目は悪くないんだから、もう少し身なりに気を使えばいいのに」
「あの授業の内容は……?」
「何も覚えていないです」
とアリスはふるふると首を横に振り、シアは「あはは」と引きつった顔をしていた。
基本的に真面目なシアと、適度に手を抜くアリスの性格の差が現れている。
この学校でいちばん大事なのは、古典語と呼ばれている古い言葉の学習だった。大陸全体で使われていて、今でも外交のために用いられる言葉だから、貴族の教養として必須だった。
だから、進級や卒業のために必要な成績も、古典語の比重が最も高い。
反面、歴史は科目としてはそれなりに重要だけど、それもごく最近の出来事だけ。
古代学ともなると、人気のない選択科目でしか無い。その教師が、バシリオ先生だった。
二人が話題にしているのは、バシリオ・エル・アストゥリアス。
この学校の教師であり、考古学者だった。そして、王族でもある。
生徒に人気のない先生ではある。
だけれど、魔法時代より古い時代の専門家だ。この学校で、考古学のことを聞くとなると、バシリオ先生が適任だと思う。
フィルと一緒に、一度会いに行っても良いかも知れない。
ただ……。
問題は、前回の人生では、わたしとバシリオ先生との仲は険悪だったということだった。
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