VI アリスのマッサージ
その日からレオンからフィルへの剣術の指導は始まって、なかなか上手く行っているみたいだった。
以前から思っていたけど、この二人、けっこう相性が良いみたいだ。フィルは繊細だけれど素直だし、レオンは意外と優しくて人を引っ張る力もあるから、たしかに剣の練習も順調なのはわかる。
わかるのだけれど……。
「面白くない……」
とわたしは自分の部屋で、天蓋付きベッドに寝っ転がってつぶやいた。もう夜で、しかも自分の部屋なので、完全にだらけきった薄手の寝間着姿だ。
まるで、フィルをレオンに取られてしまったみたいな気分だ。
メイド服のアリスが部屋にいて、いろいろと世話を焼いてくれている。
前回の人生では、アリスが死んでしまっていたから、別のメイドがいたわけだけれど、歳も離れていたし、アリスとのような親しさはなかった。
ぼんやりとアリスを見つめていると、、アリスがこちらに気づいたのか、淡い灰色の目でわたしを見つめ返し、にっこりときれいな笑みを浮かべてくれる。
ああ……アリスがいてくれて良かった。
アリスがわたしのもとに近づいてきて、「失礼します」と言って、ベッドの上に腰を下ろす。
そして、うつ伏せでだらけるわたしの肩に、アリスは軽く触れる。
「お嬢様、お疲れでしょう?」
「まあ、決闘とか、いろいろあったからね……」
「それでは、マッサージして差し上げます」
「ホントに!?」
「はい♪」
アリスは嬉しそうに微笑んだ。お屋敷を離れて学園に入学してからは、あまり機会がなかったけれど、アリスのマッサージはとても上手だ。
アリスはメイドである以前に、学園の生徒だから、忙しくて頼むのを遠慮していたけれど、アリスから言い出してくれたし、たまには甘えてもいいか、と自分に言い訳する。
「それじゃお言葉に甘えて……」
とわたしが言うと、アリスはわたしの肩を、柔らかい手のひらでそっと押す。
ああ……心地よい。このまま、眠っちゃいそうだ。
アリスは小声でわたしにささやきかける。
「お嬢様……なにか悩みごとがあるんですか?」
「うん。悩みというほどのことじゃないんだけどね……」
わたしは、フィルとレオンの仲の良さに、ヤキモチを焼いているのだと素直に言った。
アリスは目を丸くして、それから、くすくすと笑った。
「お嬢様も面白いことを考えますね」
「だって……」
「心配しなくても、フィル様にとって、クレアお嬢様よりレオンくんの方が大事なんて、そんなことにはならないと思いますよ」
「でも……フィルとレオンって、とっても仲が良いし。それに……男の子同士だから、わたしよりも……いろいろと話しやすいのかなって思っちゃって」
レオンはフィルと同じ男の子で、年齢も同じだ。わたしは女子だし、フィルよりも二つ年上。
フィルとレオンの友情のような関係は、わたしはレオンとは築けない。そのことが……羨ましかった。
アリスは優しく微笑んだ。
「たしかにクレアお嬢様はレオンくんにはなれません。でも、レオンくんもクレアお嬢様にはなれないんです」
「わかっているの。でもね、フィルにとって、姉のわたしより、友人のレオンの方が大事になっちゃうんじゃないかって……」
「大丈夫です。フィル様の姉になれるのも、恋人になれるのもお嬢様だけなんですから」
「こ、恋人!?」
「はい。だってクレアお嬢様は女の子で、フィル様は男の子ですし」
「でも、フィルはわたしの弟で……」
「血はつながっていないではありませんか。王太子殿下という婚約者がいながら、義弟への禁断の恋。ああ、素敵……」
とアリスが笑いながら言うのを聞いて、冗談だと気づく。いや、まあ、たしかにレオンとフィルと違って、わたしとフィルは異性でもある。そのことをまったく意識しないわけでもないけれど。
「ああ、でも女の子同士というのも……ありかもしれません」
などとアリスが面白そうに片目をつぶってみせる。
わたしは、咳払いをした。
「と、ともかく……わたしも、改めてフィルと仲良くなりたいなって思ったの」
「そうですねえ。レオン師匠と弟子のフィル様という関係ができちゃいましたものねえ」
レオンとフィルは、従者と主人、同い年の友人、という関係に加えて、剣術の師弟ともなった。
これまで以上に、二人が親しくなることは間違いない。
「とすれば、お嬢様もフィル様と新しい関係を作ればいいんですよ」
「それって、どんな……?」
「それはもうラブラブの恋人同士とか?」
「あ、り、す? 真面目に答えていないでしょ?」
「あはは、バレました?」
アリスは悪びれるでもなく、くすくすと楽しそうに笑い、わたしの身体に優しく触れてマッサージを続けている。その顔は幸せそうで、わたしもついつい、アリスの冗談を許してしまう。
アリスは「うーん」とつぶやき、真面目な顔になる。
「フィル様が何を必要としているか、だと思うんですよね」
「フィルが必要としていること?」
「はい。フィル様にとって、大事な家族で、姉のクレアお嬢様が必要なのは間違いありません。同時に、剣術の師匠としてのレオンも必要なわけですよね。そのフィル様にとっての『必要』を見つけてあげればいいと思うんです」
「そっか……。たしかに、そうだよね」
アリスのいうことは、説得力があった。わたしがそう言うと、アリスは「二つ年上ですから」と言って胸を張ってみせる。
アリスの言うとおりだ。
今よりもフィルに必要とされるには、どうしたらいいんだろう?
フィルは……今、何を必要としているんだろう?
こんこん、とノックの音がする。
わたしとアリスは顔を見合わせる。
こんな時間に誰だろう?
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