Ⅺ 優しいわけじゃない
「ところで、最近、クラスはどう? もう慣れた?」
とフィルに聞いてみると、フィルはパンを片手に、顔を曇らせた。
やっぱり、フィル自身も、あまり上手く行っていないと思っているみたいだった。
空がとても青い。
いまのところ、フィルに友達らしい友達はいないみたいだし、いつも一人で教室を過ごしている。
わたしはそれを直接フィルの口から聞くのはためらった。フィルを……傷つけてしまうかもしれないと思って。
でも、フィルはおずおずと、自分から、切り出した。
フィルの言うことを聞いても……やっぱり状況は、レオンの観察結果のとおりのようだった。
フィルは遠くを見つめるような目をして、つぶやく。
「王家のお屋敷では……ずっとひとりぼっちだったから。どうしたらみんなと仲良くなれるのか、よくわからないんだ」
「焦らなくてもきっと、すぐに仲良くなれるよ」
わたしは静かに言う。
これは気休めじゃない。
少なくとも、前回の人生でわたしが破滅した頃には、フィルにも友人がいたはずだ。
決して多かったわけではなさそうだけど、孤立していたという印象はない。
けれど、フィルは自信なさげに首を横に振る。
「お姉ちゃんは優しいから……ぼくのことをかまってくれる。でも、他のみんなは……きっとそうじゃない」
「わたしは優しくなんてないわ」
わたしは微笑んで言う。
フィルは驚いたように、わたしを見上げる。
「わたしがフィルと一緒にいるのは、わたしがそうしたいから。ただのわがままなの。わたしはね、自分勝手で、自己中心的な子どもなの」
前回の人生では、結局、わたしは自分のことしか考えていなかった。立派な公爵令嬢、立派な王妃……そんなものを目指したのも、自分が褒められて、他の人より偉くなりたいだけだったと思う。
今のわたしも、本質はきっと変わっていない。
それでも、わたしはフィルのそばにいたい。
それはフィルに対する優しさなんかじゃない。自分のための思いなのだ。
「フィルはとっても可愛くて、良い子だもの。だから、優しくないわたしも、フィルと一緒にいたくなるの」
「そ、そうなの?」
「ええ。だからね。きっと他のみんなも同じ。すぐにフィルのことを大好きになるわ。だから、安心していいの」
わたしはそう言って、フィルの黒い髪をくしゃくしゃと撫でた。
わたしがフィルの魅力をみんなに知らしめないと!
フィルを孤立させないための計画は、アリスが提案してくれた。
フィルに女の子の友達を作らせるという話だった。
そして、気づく。
フィルのクラスメイトのセレナ・マロート伯爵令嬢。彼女は前回の人生でフィルに好意を持っていた。
なら、今回の人生だって同じはず。
セレナこそが、アリスの計画にうってつけの子だった。
そうか……。
セレナを見たとき、思いついて当然だったのに。
そこに考えが及ばなかったのは、きっと、わたしが無意識にセレナにフィルをとられたくないと思っていたからかもしれない。
ともかく、セレナと知り合う必要がありそうだ。
そのためには……誰に協力を頼めばいいだろう?
下級生の知り合いって、まだ、あんまりいないし……。
レオン、に頼むしかないか。
またレオンに嫌味を言われるかと思うと、ちょっと腹が立つけど、仕方ない。
ただ、今もフィルは落ち込んでいて……そして、ここにいるフィルを元気づけられるのは、わたしだけなのだ。
フィルの作ってくれたパンは、もうひとかけらしかない。トマトとオリーブの味が後を引いて名残惜しい。
けど、わたしはその最後のひとかけらを口に放り込んだ。
そして、立ち上がり、フィルに微笑む。
「ね、フィル。お昼休み明けの授業、さぼっちゃわない? それで、一緒に食堂の厨房に忍び込むの」
「え? で、でも、そんなことしたら……」
「大丈夫。一時間ぐらいいなくたって、誰も気にしないわ。言い訳はなんとでもできるし。あっ、もちろん。フィルが勉強したいなら、授業に出ていいよ」
フィルは真面目な子だし、さぼるなんて嫌かもしれない。
けれど、フィルはしばらく考えてから、微笑み、ふるふると首を横に振った。
「ううん。お姉ちゃんと一緒にさぼってみるのも、面白そうだし」
「やった!」
わたしがフィルに抱きつこうとしたら、フィルはさっと身をかわした。
フィルは恥ずかしがって、全然、わたしに抱きつかさせてくれない。
でも、フィルの顔は赤くて、そして、はにかんだようにわたしを上目遣いに見つめている。
「もしぼくがこのまま他の誰からも好かれなかったとしても、お姉ちゃんだけはぼくのそばにいてくれる?」
「もちろん!」
わたしは得意げに胸を張る。フィルはくすっと笑った。
フィルは、きっと大勢の人に愛されると思う。前回の人生で殺されたわたしとは真逆だ。
でも、今、この瞬間は、フィルの一番の味方は、わたしなんだ。







