Ⅹ 使命
その子の名前は、セレナ・ロス・マロートという。マロート伯爵家の一人娘だ。
マロート家はけっこう古い家柄の名門伯爵家だった。
お嬢様であるセレナは、美しい金色の髪が自慢の、とても愛らしい令嬢だった。両親から溺愛されたというのもうなずける。
小柄なフィルよりも、ずっと小さい。
セレナは……たしか、前回の人生ではフィルのことが好きだったはずだ。
友達の一人がわたしにご注進におよんだから知ったのだけど、でも、わたしは興味がなくて放置していた。
そういえば、フィルと同じクラスだったんだっけ……。
前回の人生では、わたしはフィルに興味がなかった。けど、今ならセレナの気持ちがわかる。
フィルみたいに可愛い子、他にいないものね!
「……お姉ちゃん? どうしたの? 早くお昼ごはん、食べに行こう?」
そうだった!
この教室で、フィルと一緒にお昼ごはんをとる、というのは無理だ。
周りは下級生だらけで、周囲の目が気になってしまう。
ということで、フィルと一緒に、学園の校舎の屋上へと向かうことにした。
セレナのことは何か引っかかりを感じた。なにか重要なことに気づいていないような……。
でも、考えても仕方ないので、とりあえず気にしないことにする。
ちょうどフィルのクラスのある校舎は、屋上が花壇と菜園になっていて、誰でも出入り自由だ。
わたしはフィルの手を引いて、階段を登っていく。
「ぼく……屋上って初めて来る」
「そうなの?」
「うん」
まあ、普通は屋上に用事はないし。
屋上への扉を開けると、爽やかな春の風が吹き抜ける。
時計塔からほどではないけれど、学園のかなりの部分を一望できるいい場所だ。
ちょうど学園の奥にある、アーモンドの並木が見える。
アーモンドといえば木の実を食べるものだけれど、春になると星型の淡いピンク色の花を咲かせる。
それがたくさん並んでいる姿は、遠目からでもなかなか綺麗だった。
ただ、それ以上に凄いのは屋上の花壇だった。
「すごい……。きれいな花がいっぱい……」
フィルがぱっと顔を輝かせて、つぶやく。
わたしもそれにつられて微笑んだ。
ひなげしの花をはじめ、春の花が色とりどりに屋上を彩っている。その奥には、薬用の植物を育てている菜園もあった。
どちらも、趣味の花壇や菜園を超える規模だった。
「すごいでしょう。学園の植物学の先生や、園芸部の人たちが作っているんだって」
「へえ……」
フィルは興味津々で、身をかがめて花壇を眺めている。
……そういえば、フィルも課外活動に参加すれば、もしかしたら友達ができるかも。
園芸部だけじゃなくて、いろいろなクラブ活動が学園にはある。貴族の子弟が多いから優雅な活動が多いけど、単純に学園の生徒の数はなかなか多いから、活動には意外と幅もある。
それこそ園芸部とか良いかも。
でも、フィルは集団にいきなり入って馴染むはというのはまだ得意じゃないかもなあ、とも考えてしまう。
そんなことを考えていたら、フィルはひとしきり花壇と菜園を見て満足したようだった。
とてとてとわたしのもとに戻ってきて、わたしを見上げる。
「ごめんなさい。待たせちゃった。お昼食べないと」
そして、フィルはバスケットの中から紙にくるまれたパンを取り出した。
バゲットパンを薄く切ってあって、そこにチーズと……なにか赤いものが塗られている。
「フィル、それは?」
「トマトをこすりつけて、オリーブオイルをかけてあるんだ。簡単なものだけど……けっこうおいしいと思うよ」
一口食べてみると、たしかにトマトの風味が心地よくて、オリーブオイルのしみたパンとよく合ってる。
おいしいなあ、と思ってぱくぱくと食べていると、フィルが申し訳無さそうな顔をする。
「お姉ちゃんと一緒にお昼ごはんを食べられるってわかってたら、もっと良いものを作ってきたんだけど」
「十分すぎるほどおいしいけど……」
「ね、お姉ちゃん。時々でいいから、また、こうしてお昼ごはんを一緒に食べてくれる?」
フィルがわたしを上目遣いに、期待するように見つめた。
わたしは勢いよくうなずき、そして、パンが喉につまり、少し咳き込む。
「だ、大丈夫? お姉ちゃん?」
「ちょっとむせただけだから平気……。それより、またお昼に誘ってくれるの!?」
わたしの剣幕に驚いたのか、フィルが目を見開いてこくこくうなずいた。
「お姉ちゃんさえよければだけど……」
「もちろん! 毎日フィルと一緒にお昼を過ごしてもいいぐらいだもの!」
フィルと一緒にいられて幸せ! と何も考えずにフィルに返事をしてから、はっとする。
もちろん、フィルがわたしをお昼に誘ってくれるのは大歓迎だ。
でも……そうしていたら、ますますフィルはクラスと関わらなくなって、馴染めなくなってしまうのでは?
そう。
フィルの問題をなんとかしてあげないといけない。
それが……フィルの姉であるわたしの使命だ。







