Ⅻ いつもお姉ちゃんが言っていることと同じだよ?
授業中の学園の廊下はシーンと静まり返っていた。
わたしとフィルは、二人でそっと、そんな廊下を歩いていく。
わたしとフィルは授業をサボっているのだ。
本当に人一人いない。豪華な赤い絨毯が廊下には敷かれていて、窓からの光でその模様をはっきりと見させている。
「まるで世界にわたしとフィルしかいないみたいね」
わたしが思わずつぶやくと、フィルは微笑んだ。
「お姉ちゃんってロマンチストだね」
「そう?」
「うん。でも、ぼくも……お姉ちゃんしか、この世界にはいないような気がするな」
フィルは嬉しそうにそう言った。
わたしも……今はフィルと二人きりの時間を楽しみたい。
そして、わたしたちは 食堂の厨房へと忍び込んだ。
さすが王立学園の食堂の厨房は、生徒の多さもあって、かなりの規模だった。
見渡す限り、調理器具が並んでいる。もう料理を担当する使用人たちは引き上げているようで、誰もいなかった。
フィルは目をきらきらさせながら、あたりを見回した。
「すごい……。赤銅の鍋も、鉄の包丁も、どれも一流品だね」
「わかるの?」
「うん。ぼくは王家の屋敷では調理器具の手入れもやってたし。リアレス公爵家の厨房と比べても、同じぐらい高価な道具を使っているよ」
フィルは実家の王族の家では、使用人みたいな扱いを受けていた。
それで良い意味で貴族っぽくないところがあって、料理もできるし、いろんなことに詳しい。
やっぱり、そういうところだけでもフィルはとっても魅力的だし、みんなフィルのことを好きになること間違いなしだと思う。
「ということで、フィルと一緒にお菓子を食べましょう!」
「で、でも、お姉ちゃん……勝手に食べたりしたら怒られるんじゃ……」
「大丈夫。ここの食堂の料理人のお爺さんとは仲良しなの。それにね、今日食べるのは、わたしが作ったものだから」
そう言うと、フィルが目を丸くした。
わたしはここで、シアやアリスと一緒に、お菓子作りをしてみていたのだ。
特にシアはなかなか器用で、きれいな可愛らしいスポンジケーキを焼いていた。
わたしがシアの料理の腕前にびっくりしていると、「フィル様には負けませんから!」と真紅の瞳を輝かせていた。
……どうしてシアはフィルに対抗しようとするのだろう?
それはともかく、わたしのお菓子作りは、あんまりうまく行かなかった……。少しシアに教えてもらったけど、少なくとも、まだそんなに難しいものは作れない。
ただ、成果が皆無だったわけじゃない。
わたしは厨房隅の戸棚から、一つの袋を取り出した。
そこにわたしの作ったお菓子を保管しているのだ。
そして、わたしはそれを取り出す。
「えっと……どうかな?」
わたしがフィルに差し出したのは、小さな輪っか状のクッキーだった。
ワインのリングクッキーというもので、甘口のワインを入れたクッキーだという。
シアが家でよく焼いていたというクッキーで、教えてもらいながら作ったのだ。
ホントはきれいな輪っか状になるはずだけど、残念なことに、わたしのはぼろぼろで、途中で輪も切れてしまっている。
でも、味はおいしいとシアは褒めてくれた。
フィルはクッキーとわたしの顔を交互に見比べた。
「もらっていいの?」
「ええ、もちろん。そのために出してきたんだもの」
フィルはぱっと顔を輝かせて、わたしの手作りクッキーを口に運んだ。
わたしはどきどきしながら、フィルの感想を待つ。
フィルは嬉しそうな顔で食べ終わる。
「とってもおいしかったよ。アニスのいい風味もあるし」
さすがフィル。シアの指示で、アニスパウダーをクッキーに入れていた。
アニスはまさに学園屋上の庭園で栽培されていたりするし、入手が簡単な植物で、そして、使うと独特の香りが出る。
「でも……形も不格好だし、それにフィルの作ったものと比べたら……」
とわたしは思わず、自信のなさを口に出してしまう。
でも、フィルは天使のような顔で微笑んだ。
「そんなことないよ。とても美味しくできているし。それにね、ぼくにはお姉ちゃんが作ったものを食べられるってだけでも嬉しいいな」
「そ、そう?」
「うん。いつもお姉ちゃんが言っていることと同じだよ?」
たしかに、わたしはフィルの作ってくれた料理やお菓子が食べられるだけで幸せだ。
それと同じことをフィルも感じてくれているなら、嬉しいかも。
「ありがとう。でも、わたしも……もっと頑張って、もっと美味しいものをフィルに食べてほしいな」
「期待してる。だからね、お姉ちゃんも、ぼくが作ったお菓子を食べてくれると嬉しいな」
フィルとお互いに作ったお菓子を食べさせ合いっこ。これはいいかも!
わたしは、フィルが美味しそうにわたしのクッキーを食べる姿を見ながら、そんなことができる日を楽しみに思った。
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