XXXXXIX 闇との対決
そこにいたのは、白ひげの老人だった。
立派な黒い正装に身を包んでいる。
胸の紋章には、伯爵であることを示す冠がついていた。
腰に大剣を下げている。
「クロウリー伯爵!」
王太子が声を上げて、警戒したように彼を睨む。
クロウリー?
どこかで聞いたような……。
そうだ。
前回の人生で、王国への反逆罪で告発され、処刑された貴族。サグレス王子を支持する熱烈な中央集権派。
そのはずだ。
貴族社会のあいだでかなり話題になったから、覚えている。
その事件が起きたのは……わたしが12歳のとき。
今と同じだ!
伯爵はコツコツと歩みをすすめる。
そして、暗く嗤った。
「王太子殿下、壮健であられることを心よりお喜び申し上げます」
「……なぜあなたがこのような場所にいる?」
「つけてきたのですよ、殿下と、夜の魔女の娘のあとをね」
この人はわたしが魔女となるかもしれないことを知っている。
伯爵はわたしたちをじろりと見た。
「さあ、殿下。私にその預言書と娘を引き渡してもらおう」
「どうしてそんなことをしなければならない?」
伯爵はそれに答えず、急にわたしの前に来た。
わたしはとっさに身構える。
ところが、伯爵はわたしの前にひざまずき、うやうやしく頭を垂れた。
「あなたこそが、我々が仕えるべき方。夜の魔女クレアなのですね」
……なのですね、なんて言われても困る。
わたしは夜の魔女になるつもりなんてない。
この人は……。
「私は、いや、我々は魔女崇拝者なのです」
「魔女を崇拝? だって、魔女はこの王国に災いをもたらす存在なのでしょう?」
「いえ、夜の魔女はこの国に救いと希望をもたらすのです! 夜がなければ、夜明けはやってこない。あなたが真の力に目覚めることこそが我々の希望。夜の魔女の力をもって、人々に本物の絶望と恐怖と死を与える。そして、この国には大きな内戦が起き、王国は滅亡寸前となる。貴族が滅ぼされ、その後に……真の王国がやってくる」
わたしは……あとずさった。この人達は何を言っているんだろう?
わたしが魔女になることを望んでいる? そして、内戦を起こす?
フィルがわたしの前に立ち、クロウリー伯爵に言う。
「お姉ちゃんは……魔女なんかにならないよ」
「それはどうかな。フィルくん、君の姉の腕には刻印がある。それを見てみたまえ。あれはそこの預言書の文字と、そっくり同じ文字が刻まれているはずだ。その意味は……魔女、さ」
やっぱり!
この赤い模様は魔女の印なんだ。
でも……。
「それでも、お姉ちゃんは魔女になったりなんかしない」
フィルがつぶやく。
伯爵は王太子に向き直った。
「さて、殿下。取引をしましょう。我々は魔女と預言の書が必要だ。その二つを引き渡せば、我々はあなたの国王即位を支持します」
「クロウリー伯爵は、サグレス派だったはずではないかな」
「王などどちらでもかまわないのです。ただ、我々は魔女の力で、王国を強化するのが目的です。王妃様の母国は滅ぼされ、大貴族たちも当てにならない。殿下の王太子としての立場はとてももろい。殿下には後ろ盾が必要だと思いませんか? 私なら、サグレス王子派の宮廷貴族を切り崩し、殿下を国王とすることを確実にできます」
王太子は黙った。
魅力的な提案かもしれない。
サグレス王子派に、王太子は負けそうになっている。地方の大貴族は王太子の味方をする者もいるけれど、一枚岩だなんて全然言えない。
「もし断れば?」
王太子の反問に、クロウリー伯爵はにやりと笑う。
「そうなったら殿下とこのフィル少年の命を奪い、クレア様を連れ去るだけのこと。多少面倒ではありますが、やむを得ませんな」
この場には、子どものわたしたちしかいない。
クロウリー伯爵は、腰の剣を見せつける。王太子も剣を帯びているけれど、かなうかどうか。
伯爵の言葉を受け入れれば、王太子の地位は盤石。断れば命の危険がある。
もしわたしが王太子の立場なら……王太子はわたしを引き渡すかもしれない。
けど、もしわたしがクロウリー伯爵の手に落ちれば、魔女にさせられるんだと思う。
そうなったとき、わたしは……きっと彼らの道具に成り下がり、人を不幸にする存在になる。
「わたしは……魔女なんかになりたくない」
わたしの小さなつぶやきに、王太子は振り返った。そして、その顔にほほ笑みを浮かべる。
そして、王太子は青い瞳を見開き、今度はまっすぐにクロウリー伯爵を見つめた。
そして、その口から言葉がゆっくりと紡がれる。
「せっかくの申し出だが……断る」
「ほう。なぜです? この公爵令嬢は殿下にとって必要ない存在だと思いましたが」
「クレアは僕の大事な婚約者だ。たとえ聖女でなくても、公爵令嬢でなくても、いや婚約者でなくなったとしても、クレアを引き渡すつもりはない」
わたしとフィルは顔を見合わせた。
まさか、王太子の口からこんな言葉が出るなんて。
王太子は少し顔を赤くする。
「クレアは僕の音楽の腕を褒めてくれた。僕自身を認めてくれた。だから……僕も、聖女でないクレアと一緒にいたいんだ」
「ははあ、なるほど。殿下は……」
「僕はクレアをあなたには引き渡さない! 僕がクレアを守る!」
王太子は剣を抜いた。
先手を打って、クロウリー伯爵を制圧するつもりだろう。
けれど……クロウリー伯爵は目にもとまらぬ速さで大剣を抜く。
その鈍く赤銅色の剣が一閃し、王太子の剣を弾き返した。
王太子はなんとか持ちこたえたが、所詮は子どもの力だ。
クロウリー伯爵の二撃目に耐えられず、剣を取り落した。
「しまった……」
王太子は慌てて剣を拾おうとするが、その前にクロウリー伯爵が立ちはだかる
伯爵は王太子に剣を突きつける。
「魔女はいただいていこう。サグレス王子が即位し、そしてその後に夜の魔女の時代がやってくる」
「そんなことは……させない」
「もうあなたは終わりですな、殿下」
そして、クロウリー伯爵は剣を振り下ろそうとした。
けれど、その動きは途中で止まった。
「な……んだと」
伯爵は驚愕の表情を浮かべたまま、どさりとその場に倒れた。
その体からは赤い血が流れている。その腹部には背後から一本のナイフが突き立てられていた。
そのナイフを握っているのは、わたしだった。護身用のナイフだ。
「く、クレア……」
「殿下、今です!」
王太子ははっとして、剣を拾うと、その剣の柄で伯爵の頭を強打した。伯爵は低いうめき声を上げ、ぐったりと動かなくなった。
気を失ったんだ。
わたしはほっとして、そして、王太子とフィルを見た。
二人とも呆然としている。わたしは微笑んだ。
「王太子殿下暗殺未遂の犯人、逮捕できましたね」
そう言ってみたものの、わたしも膝が震えている。
……あ、危なかった。あと一歩で、わたしたちは破滅するところだった。
「……お姉ちゃん、すごい……」
フィルが小さくつぶやいた。
ふっと、自分の腕を見る。わたしの腕からは、あの赤い刻印は跡形もなく消えていた。
若干結末を修正しました。次回更新は1/28(木)頃の予定です。







