エピローグ 始まりの終わり
わたしは王太子の監禁から解放された。
なぜかといえば、魔女崇拝者のクロウリー伯爵が逮捕されたからだ。彼がわたしを狙っていた犯人で、王太子や王妃はクロウリー伯爵の陰謀に気づきつつも、その証拠をつかめていなかったらしい。
そういうわけで、わたしの身の危険はなくなった。
けれど、わたしは魔女候補であることに変わりはない。
王宮から屋敷に戻れることになって、翌日の夕方に、わたしたちは飛空艇の発着場に立っていた。
王太子と王妃がわたしを見送ろうとして、夕日を背景に立っている。その後ろにはたくさんの従者たちがいた。
王太子がわたしに頭を下げる。
「今回のことは悪かったよ、クレア」
「いいんです。わたしを守るためだったんですから。でも、最初から相談してほしかったですけど」
「ああ、今後はそうするよ」
今後、か。
それは……ないと思う。
「あの……殿下、それに王妃様。最後にお伝えしておきたいことがあるんです」
「なにかな」
「わたしは王太子の婚約者を辞退しようと思うんです。わたしは魔女になるかもしれませんし……聖女様を探すべきです」
わたしはきっぱりと言った。
もともと、わたしは王太子の婚約者という立場に未練はない。
それに、王太子の婚約者であれば、政争に巻き込まれることもあると思う。
クロウリー伯爵がいなくなっても、王太子派とサグレス王子派の権力闘争は続いている。
ところが、王妃様は微笑むと、首を横に振った。
「悪いけど、クレア。あなたには王太子の婚約者でいてほしいの」
「な、なんでですか?」
「わたしがあなたを気に入ったからよ」
「そ、それだけ?」
「あなたなら、きっとわたしよりも上手く王妃を務められるわ。それに、あなたのお父様が婚約破棄なんてお許しにならないでしょう?」
それはそのとおりだ。わたしと王太子の政略結婚は、リアレス公爵家の権力を強くするために行われる。
とはいえ、王太子サイドから断られているなら、話は別。だから事前に話しておいて、夜の魔女となるかもしれないことを理由に断ろうとしていたのに。
王妃アナスタシアはくすっと笑った。
「聖女は国王の配偶者。預言にはたしかにそう書かれているわ。そして、その素質を持った子がいる」
王妃はちらりとシアを見た。シアはうつむく。
王妃はシアの才能に気づいているのかもしれない。
「なら、預言に従わないと……」
「何でもかんでも預言のとおりにする必要はないの。それとも、あなたは預言に従って、夜の魔女になるつもり?」
ぐっ、と詰まる。
たしかに予言通りなら、わたしは夜の魔女になってしまう。だから、わたしは預言にあらがわないといけない。
そして、王太子と王妃も、預言に従わないつもりなんだ。
「預言はあくまで預言。それが魔法の奇跡で生み出されたものでも、人の手で変えることはできるはず。私はあなたを見て、そう信じることにしたの。だから、あなたはアルフォンソの婚約者でいなさい」
「でも……」
わたしは王太子をちらりと見る。王太子はわたしに関心なんかないはずで……。
ところが、王太子はうつむいた。
「クレアには……僕の婚約者でいてほしい」
「え?」
「君は理想の婚約者ではないかもしれないが、でも、僕にとって必要な存在だ」
「……殿下」
「その殿下って呼び方も変えてほしいな。アルフォンソ、と呼んでほしい」
わたしはびっくりして、王太子をまじまじと見つめた。王太子は頬を少し赤くして早口で言う。
「婚約者同士なんだ。そんなに他人行儀になる必要はないだろう?」
「わ、わかりました。アルフォンソ様?」
「うん、それでいい」
王太子はぱっと顔を輝かせ、あどけない笑みを浮かべた。
飛空艇アガフィヤ号が轟音を上げる。その機関が本格的に動き始めたらしい。
出発の時間だ。
「また会おう、クレア。学園に入れば、ずっと一緒だ」
「は、はい……」
わたしは結局、婚約破棄を強く主張できないまま、飛空艇に乗り込んだ。フィル、アリス、レオン、そしてシアが一緒だ。
飛空艇が空に浮かび、そして、どんどんと王太子たちの姿は小さくなっていく。
わたしは甲板に出て、そして、欄干によりかかり、王都の風景を眺めた。
この華麗で巨大な都市に次来るのは、わたしが13歳になったとき。
王立学園に入学するときだ。
わたしの隣にフィルがやってくる。
フィルはわたしの真似をして欄干に寄りかかろうとして、小柄すぎてうまくつかめず、バランスを崩しそうになった。
そんなフィルをわたしが抱きとめる。
「気をつけないと危ないよ」
「う、うん……」
フィルは宝石みたいな瞳で、上目遣いにわたしを見つめる。
やっとフィルと一緒の、お屋敷での平穏な生活が戻ってくる。
「王太子殿下は婚約を破棄してくれなかったんだね」
「そうみたいね」
どういうわけか、王妃と……王太子自身に気に入られてしまった。
前回の人生とは真逆だ。
まあ、でも、悪くない。
王太子との婚約が破滅の原因だと思っていたけど、本当の理由は……わたしが夜の魔女であることだった。
フィルががっかりしたように目を伏せる。
「王太子殿下が婚約者じゃなくなったら、ぼくがお姉ちゃんのお婿さんになろうと思っていたのに」
「え?」
「そうしたら、ぼくがクレアお姉ちゃんとずっと一緒にいられるでしょ?」
最初はびっくりしたけど、わたしは微笑ましくなった。
よく小さい女の子が「将来はお父さんと結婚する!」なんて言うけれど。
きっとフィルも同じような感覚で言っているんだと思う。
「そうね。でも、フィルは可愛いからお婿さんというか、お嫁さんみたいな感じかも」
言いながら、わたしはフィルの黒い艶のある髪を撫でる。
フィルは頬を膨らませる。
「本気にしてない……」
だって、フィルはまだ小さな子どもだから。だから、そんなことを言うだけなんだと思う。
きっと、いつか、フィルにはわたしより大事な人ができる。
でも、今は、わたしはフィルと一緒にいられて幸せだ。
でも……学園に入学したら、わたしはフィルとしばらく会えなくなっちゃう。
わたしが学園に入学すれば、屋敷を離れる。年下のフィルは学園に入学するまでのあいだはお屋敷にとどまる。
だから、しばらくは一緒にいられない。
わたしがその不安をフィルに言うと、フィルはくすっと笑った。
「ぼくね……王立学園に飛び級で入るつもりなんだ」
「そうなの?」
「そうすれば、お姉ちゃんと一緒にいられるから」
そっか。その手があったか。
わたしは嬉しくなって、フィルを抱きしめる。
「ありがとう、フィル」
フィルは恥ずかしそうに、でも、嬉しそうに頬を緩めた。
さあ、学園入学はそんなに遠くない未来のことだ。
わたしが破滅した学園。
フィルだけじゃなくて、シアやアリス、レオンたちも一緒についてくる。そして、王太子と……サグレス王子も、同じ学年になるはずだ。
今回の人生では、どんな学園生活が待っているんだろう?
わたしは不安と期待を抱えながら、飛空艇の遥か下の、カロリスタ王国の風景を眺めた。
これにて第二章は完結で次話から学園編の予定です。たぶん明日も更新します!
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