XXXXVII 破滅との距離
目を覚ますと、、アリスとシアがわたしの目を覗き込んでいた。すごく心配そうに。
二人とも目が赤い。泣いてたんだろうか?
見回すと、王太子がホッとした顔で胸を撫で下ろしていて、王妃様はわたしを見ると、軽く微笑んだ。
「フィルは……?」
「ご安心ください。無事ですよ」
アリスは目元を拭いながら、嬉しそうに微笑んだ。
フィルはすやすやと寝息を立てていて、でも、その表情は穏やかだった。
あの赤い禍々しい刻印も消えている。
良かった。フィルは助かったんだ。
わたしはしばらくのあいだ、嬉しさと安心とで、放心状態みたいな感じになった。
けれど、やがて気づく。
あれが魔女の呪いだと、王妃は言った。
それなら、わたしの腕にある赤い刻印は……魔女の証?
わたしは慌てて、そっと自分の服の裾をまくった。
腕には、やっぱり赤い刻印が残されている。
わたしにとっての危険は……まだ去っていないのかも。
とりあえず……。
「あの……王妃様、ありがとうございました」
わたしが王妃アナスタシアにおずおずと話しかけると、王妃は首をかしげ、綺麗な笑みを見せた。
氷の公女、と言われたアナスタシア様だけれど……その表情はとても柔らかかった。
「私は何もしていないわ」
「……でも……フィルの助け方を教えて下さいましたし……」
「あれは『教えた』のうちに入らないでしょう? 結局、あなたが強くそう願っただけなのだから」
たしかに……それはそうだけど。
わたしはフィルを助けたかった。フィルがいない現実なんて、考えられなかった。
だから、わたしはフィルのそばにいて……。
そういえば、フィルのそばにいようとして、王妃様との面会の約束を破ってしまったんだ!
わたしがそのことを王妃に謝ると、王妃は首を横に振った。
「この状況で、もしあなたが私に会いに来ていたら、むしろ私はあなたを軽蔑していたわ。大事な弟を放り出して……自分の保身のことを考える人なんて、唾棄に値するから。……私自身がそうだったように」
その言葉を口にした時、一瞬、王妃の目は鋭く、厳しくなった。
王妃様が……弟を見捨てた?
どういうことだろう?
ともかく、王妃は弟に強い思い入れがあるようで、もし私がフィルを蔑ろにしていたら、王妃から嫌われたことは間違いなしのようだった。
そのとき、わたしははっとする。
今回の人生では、わたしがフィルに冷たくするなんて、考えられないけど……。
でも、前回の人生では……わたしはフィルのことを弟ではないかのように扱っていた。
それは人前でもそうだったと思う。
なら、王妃はそれを直接見たか、そうでないにしても、わたしがフィルを邪険に扱っていることを誰かから聞いたのかも。
そして、わたしは王妃に嫌われた。
すべて筋が通る。
王妃は明るく目を輝かせ、わたしの手を握った。
「私はあなたを評価するわ。弟を救おうとしたその勇気を、弟に対するその思いを」
前回の人生ではあれほど毛嫌いされていたのに、今は正面切って称賛されると、ちょっと居心地が悪い。
しかも、相手は17歳も年上の、ものすごい美人だ。
でも……嫌われるよりは、ずっと良いのだけれど。
一方で、王太子は、困惑した様子でたたずんでいた。
「そうか……クレアは、聖女じゃなかったのか……」
王太子は額に手を当てて、つぶやく。
びっくりして、わたしは王太子を見る。
王太子はわたしを聖女だと思っていたんだ。……知らなかった。
それで、わたしはピンとくる。
前回の人生であれほど王太子がシアに執着していたのは……シアが聖女になることを知ったからかもしれない。
逆に、今回の人生で、王太子がシアに興味の欠片も示さないのは、聖女になることを知らないから……なのかも。
まあ、王太子はまだ12歳の子供で、シアの魅力に気づけていないからかもしれないけど。
ただ、前回の人生で、途中まではわたしを大事にして、そして、捨てたのは……きっとわたしのことを聖女だと思っていたからだ。
今回の人生で、わたしを監禁したのも、わたしを聖女だと思っていたからなんだろう。
ただの公爵令嬢ではなく、聖女なら……王太子の地位を確かなものにするのに、これほど便利な道具はないだろう。
教会の聖女には、それぐらいの権威がある。
なんだ……。
解けてみれば、簡単な謎だった。
要するに、聖女という便利な道具であれば、わたしは王太子にとって必要な存在で。そうでなければ、必要じゃない。
それだけのことなんだ。
わたしは自虐的にそう考えて、それから良いことを考えつく。
一歩前に踏み出して、わたしはぐいっと王太子に近づく。
王太子がびっくりして後ずさるが、なぜか顔を赤くする。
わたしは面白くなって、からかうように王太子を上目遣いに見つめてみた。
「殿下。わたしは魔女なんだそうですよ。もう、殿下にとっては必要のない存在でしょう?」
「いや、それは……」
「まあ、まだ大貴族の公爵令嬢としての使いみちがあるかもしれませんけど……でも、それなら、他にも名門貴族の娘もいますし、魔女候補の危険なわたしが、婚約者である必要はないです。ね?」
「ええと……」
王太子はうろたえて、周りを見たが、誰も彼に助け舟を出そうとはしなかった。
そう。
王太子はわたしに言うしかない。クレアはいらない、と。
「……わたしを監禁しておくことはないんじゃないですか?」
王太子はしばらく黙った。
そして、急に顔を上げると、きっぱりと首を横に振った。
わたしは唖然とする。
王太子は戸惑いながらも、もう監禁する必要はない、もうクレアは必要ない、と言うかと思っていたのに。
「クレアは聖女候補だから、命を狙われている。そう思っていた。だが、違った。狙われているのは、魔女候補だからだ」
「……それで?」
「結局、クレアは今でも狙われている。なら、危険な目にあうかもしれない女の子を、放り出すわけにはいかないだろう?」
わたしは口をぱくぱくさせる。
たしかに……そうだ。
理由はわからないが、誰かがフィルに呪いをかけた。同じようなことがまたあったら……。
それに……。
「殿下は、わたしのことを心配してくださっているのですか?」
「……当然だろう? クレアは僕の……婚約者なんだから」
王太子はぷいっと顔を背け、そして、ますます顔を赤くした。
……照れてるんだ。
そう思うと、わたしは微笑ましくなった。
よくわからないけど……王太子は、わたしのことを、道具以外の何かとしてみてくれるようになったのかもしれない。
王太子も12歳の子どもだし、中身17歳のわたしより、ずっと年下だ。
わたしは周りを見回した。
シアも、アリスも、レオンも、王妃も、そして王太子も、立場はぜんぜん違うけれど、わたしの味方のようだった。
いつのまにか、フィルが目を覚ましていて、可愛らしく微笑んでいた。
「みんなお姉ちゃんのことが心配なんだね」
わたしはフィルに向かって、大きくうなずいた。
少なくとも、今のわたしは破滅からは遠い場所にいる。
第二章もそろそろ終盤です。面白かった方は……
・評価の「☆☆☆☆☆」ボタン(↓にあります)
・ブックマーク
をいただけると嬉しいです!







