XXXXVI ぜんぜん怖くない!
真っ暗な空間に、わたしはいた。
また、洞窟で見た夢を……見ることになるんだろうか?
みんながわたしのことを蔑んで、必要じゃないという夢。
でも、そこには誰もいなかった。
代わりに、真っ赤な扉がわたしの目の前に現れる。
その扉を開ければ。
「真実にたどり着ける」
扉から不思議な声がした。
真実?
「この扉を開ければ、君はどんな願いでも叶えることができる」
「願い?」
「そう。君の敵を滅ぼすことさ。前回の人生で、君を捨てた王太子。君からすべてを奪ったシア。そして、君をいらないと言った大勢の人々。みんな……殺してしまいたいと思わないかね?」
「わたしは……そんなこと……一度も考えたことは……ない」
「嘘だな。シアを殺そうとしたのは君だろう?」
わたしは黙った。
扉の声の言う通り、前回の人生で、わたしはシアを殺そうとした。
でも、今はそれを後悔している。
今の王太子だって、殺す理由なんてなにもない。
そう。何も……。
「君が望んでその扉を開けば、あらゆるものは夜に堕ちるだろう。そして、君は君の弟、大事なものを守る力を手に入れる。君は必要とされる存在になるんだ」
わたしは目の前の扉を見つめた。
さっきよりも、ずっと、ずっと大きくなっている。
その巨大な扉は赤く鈍く輝き……わたしはそれに魅入られた。
あの扉を開ければ、わたしは……。
「クレアお姉ちゃん!」
甲高い、けれど綺麗な声がした。
振り返ると、フィルはわたしを睨んでいる。
その幼い顔には、決然とした表情が浮かんでいて、黒い宝石みたいな瞳がわたしを射抜いている。
「その扉を開けたら、お姉ちゃんは魔女になっちゃうんだ」
「でも……」
わたしはもう一度、その扉を見る。
その赤く禍々しい扉は、あまりにも魅力的で……。
突然、フィルがわたしに抱きついた。
その小さな、柔らかい手の感触に、わたしはびっくりする。
「ふぃ、フィル?」
「そんなものを使わなくても、ぼくはお姉ちゃんのことが必要だよ。きっとぼくがお姉ちゃんを守るから。だから、魔女の呪いを受け入れないで」
……そうだった!
わたしはフィルを魔女の呪いから助けに来ていたんだった。
扉の力なのか、わたしは正気を失っていて……扉の向こう側に取り込まれるところだった。
きっとあの扉の向こうに行くことが……魔女になることなんだ。
超えてはいけない境界を超えること。
それが魔女への道なんだ。
フィルが弱々しく微笑んだ。
「……帰って、お姉ちゃん?」
「え? でも、フィルは……?」
「このまま、ぼくはこの呪いの中に沈んでいくから。だから……」
わたしはフィルが言い終わらないうちに、わたしはフィルをひょいと抱き上げた。
意識のなかの空間だからか、フィルはとっても軽かった。
「お、お姉ちゃん!?」
お姫様抱っこのような形で抱き上げられたフィルは、うろたえ、そして顔を真赤にした。
わたしはくすっとわらう。
「照れてる?」
「う、うん……でも、嬉しいかも……」
「あのね、フィル。わたしのことをまだ必要としてくれる?」
「ぼくは……お姉ちゃんのことが必要だよ。他の誰よりも」
「そっか。なら、わたしはまだ、フィルと一緒にいるから。だって、そう約束したものね。フィルがわたしを必要とするかぎり、わたしはフィルと一緒にいるって」
いつのまにか、周りには真紅の血の海のようなものができていて、わたしたちを取り囲んでいた。
これが……きっと呪いなんだ。
でも……フィルがいれば……ぜんぜん怖くない!
「少しじっとしててね」
わたしはフィルに声をかけ、微笑む。フィルはこくりとうなずいた。
そして、わたしはフィルを抱きかかえたまま、走り出した。
きっと元いた場所に、お屋敷に、わたしたちの居場所に戻ってみせる。
そんなことを考えながら、わたしは自然と、真紅の海を飛び越えていた。
次の瞬間、目の前が真っ白になるほどの光に包まれ、そして……。
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