僕にとってのクレア:con Alphonso el Asturias
僕の目の前で、クレアは弟を救うと宣言した。
何の迷いも、ためらいもなく、僕の母上……王妃アナスタシアの言葉に従って、魔女の呪いを引き受けると言った。
どうして……そんな恐ろしいことができるんだろう。そんな勇気が持てるんだろう。
少なくとも、目の前で起きていることは普通ではない。
僕にはそこまでの勇気を持つことが……できるだろうか。
王太子という地位を守ることも、音楽家になりたいという夢も、どちらも大事だけれど。
でも、そのために命を賭ける覚悟があるかといえば……。
僕は所詮、王太子という与えられた地位のなかで、生きている存在に過ぎない。
けれど……。
少し前まで、クレアは同い年の普通の女の子にすぎなかった。
……今のクレアは僕よりもずっと大人のように見える。
クレアは目を閉じて、その弟……フィルの手を握っている。
二人の意識はどこか別の、遠い場所にあり、そして、魔女の呪いに抗っているようだった。
みんな、固唾を呑んでクレアの様子を見守っている。
例外は、冷静な母上と……シアという少女だった。
シアは明らかに取り乱した様子で、その表情は絶望に染まっていた。
「……ああ、今度もクレア様を救えなかった。魔女に……なっちゃう」
今度も? ……「今度」ということは、かつて救えなかったことがあるということか。
……いや、そんなことを考えている場合じゃない。
それよりも。
「は、母上。魔女、とはどういうことです? クレアは聖女候補だったのではないのですか!?」
預言によれば、魔女は聖女と対立する、世の災いだ。
クレアは聖女となり、僕の地位を支えるために、重要な役割を果たすはずだった。
でも、そうではないという。
「……わからなかったの」
「わからなかった?」
「聖女も魔女も同じ奇跡である魔法を操る存在だから。どちらが魔女かわからなかった。でも、本物の聖女は……」
母上は、ちらりとシアを見た。悔しそうに唇を噛むこの少女が、聖女?
「……だとすれば……」
僕の言葉は、別の人物の声でさえぎられた。
「いま、大事なのはそんな話じゃないはずです」
物怖じせずに、堂々と言ったのは、メイドのアリスだった。
メイド服の、決して身分が高くない少女は、王太子である僕と、王妃を前にしても、動じなかった。
「あたしたちにクレア様を助けることはできませんか? 力になることはできないのでしょうか?」
クレアを助ける? 僕たちが?
できるかどうか、考えもしなかった。シアもはっとした顔をしていて、その横の使用人の少年も驚いている。
アリスの視線は真剣そのものだった。
母上は、それに答える。
「残念だけれど、それはできないわ。あの呪いを引き受けられるのは、クレアだけ」
「祈ることしか……できないんですね」
とアリスはつぶやき、そして、目を閉じているクレアの手に、自分の手をそっと重ねた。
アリスとシアの二人は、クレアとフィルのことを強く助けたいと願っているようだった。
僕は……どうだろう?
もし聖女でないのであれば、僕にとってのクレアの利用価値はかなり下がる。
けど……。
クレアは僕の楽器の腕を心から褒めてくれた。僕を一人の人間として認めてくれた。
その生き生きとした表情は……とても魅力的だった。
ああ、僕も……クレアに助かって欲しいと思っているんだ。
婚約者としてではなく、聖女候補としてではなく、一人の人間として、僕にとってクレアは必要な存在になる気がする。
けれど、僕はクレアを助ける手を持たない。
自分の無力さが歯がゆかった。
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