XXXXIIII その子を助けたい?
部屋に入ると、シアが深刻そうな顔で、ベッドの上のフィルを見つめていた。驚いたことに、なぜか王太子も落ち着かない様子で、部屋にいたけれど、そんなことは今はどうでもいい。
フィルはぐったりとした様子で、顔が真っ赤だし、ひどく汗をかいていた。
「……フィル!」
わたしが駆け寄って声をかけても、フィルはぴくりとも反応しなかった。
目は固くつぶっていて、開かなかった。
予想以上に……重症みたいだ。
「さっきまでは意識があったんですけど……」
シアが小さくつぶやき、王太子もうなずく。
わたしはフィルの端整な顔を見つめる。
その白くて柔らかそうな頬には、生気がなかった。
もし……このまま、フィルが死んでしまったら……。
そう考えたら、わたしは不安でたまらなくなってきた。
いったい、何が原因なんだろう?
昨日までは、あんなに元気だったのに。
前回の人生でも、もしかして似たようなことがあったかも……。
わたしはあの頃、フィルに冷たかったから……思い出せないけど……たしか、フィルが寝込んだことがあったような……。
わたしは、無力だ。
何もできない。
わたしは医者じゃないし、魔法でフィルの病気を治してあげることはできない。
もしわたしが聖女なら……フィルを助けてあげることができたかもしれない。
けど、聖女はシアで、そして、そのシアが聖女の力に目覚めるのは、何年も先のことだ。シアも悔しそうに唇を噛んでいる。
わたしはそっとフィルの小さな手を握った。
その柔らかい手は、熱を帯びていた。
この温かさが、もし失われてしまったら。このまま、フィルが二度と目を覚まさなかったら。
わたしは……。
そのとき、フィルがぴくっと震えた。
「ふぃ、フィル?」
わたしがもう一度呼びかけると、フィルはうっすらと目を開けた。
「お、お姉ちゃん……?」
「……よかった」
ほっとするわたしに、フィルは弱々しく微笑んだ。
一時的に意識を取り戻したけど、フィルは回復したわけじゃなさそうだった。
かなりつらそうに咳き込む。
それでも、フィルはわたしの手をしっかりと握り返した。、
「……一緒にいてほしいな」
と、フィルはうわごとのようにつぶやく。
意識もはっきりとしていないみたいだ。
わたしは反射的にフィルに答える。
「もちろん、わたしはフィルのそばにいるから。だから……早く良くなってね」
「……うん」
フィルが嬉しそうに微笑んだ。わたしも微笑み返す。
あとは医者さえ来れば……。
アリスがつんつんとわたしの腕をつつく。
「あの……お嬢様。そろそろ王妃様との面会の時間ですが、いかがしましょう?」
そうだった。
監禁の理由を知るために、王妃に会おうとしていた。
もしここで、王妃との面会の約束を破れば……理由を探るどころか、心証は最悪になるだろう。
でも……。
「クレアお姉ちゃん……行っちゃうの?」
フィルが心細そうに、わたしを見上げる。
意識も朦朧としていて、たぶん、わたしが王妃と会いに行くという予定も思い出せていないのかもしれない。
今にでも死にそうなフィルを放っておいて、どこかへ行くなんて……わたしにはできない。
ここにいても、わたしには何も出来ない。けれど……もしここでわたしがいなくなって……フィルに万一のことがあったら……。
わたしは一生、後悔すると思う。
「王妃様との面会は延期しましょう」
わたしが言うと、アリスは明るくうなずいた。
「お嬢様なら、きっとそうおっしゃると思っていました」
大事なことを間違えてはいけない。
わたしはフィルが大事で、王妃と会うのは、フィルと一緒にいるための方法に過ぎない。
優先順位がどちらが高いかと言えば、明白だった。
王妃にはちゃんと謝ろう。
事情を説明すれば、きっと許してもらえるはず……。
そんなことを考えていたら、突然、フィルの体が跳ねた。
苦しげなうめきを、フィルが上げる。
その腕に、急に真っ赤な、禍々しい幾何学的な模様が現れる。
これは……。
わたしは自分の腕を見た。その模様は、わたしに刻まれた刻印にそっくりだった。
シアが息を飲む。
フィルの体がつぎつぎと赤い模様に侵食されていき、それとともにフィルの体から生気が失われていく。
「……魔女の呪い」
シアが小さくつぶやいた。
わたしは驚いて、シアを見る。シアがどうして、魔女のことを知っているんだろう? それに呪い?
いや……そんなことよりも……。
「このままじゃ、フィルが死んじゃう!」
でも……どうすれば……
そのとき、部屋の扉が勢いよく開けられた。
わたしたちは、一斉に振り向く。
そこに立っていたのは、信じられないほど美しく、そして冷たい雰囲気の若い女性だった。
金色の流れるようなロングヘアをかき上げ、そして、青い瞳でわたしをまっすぐに見つめている。
すらりとした長身でスタイルは抜群。そして、豪華な、しかし品のある衣装を身にまとっている。
「その子を助けたい?」
凛とした声でそう尋ねる彼女こそ……王妃アナスタシアだった。
王妃登場。
そろそろ二章も終盤です。
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