XXXII フィルの苦手なもの
王太子のことは、王太子に聞かないとわからない。
わたしは監禁されているけれど、王太子に限れば、向こうから会いに来てくれると思う。
……たぶん。
それまでは待つことにしよう。相手の出方を見て、真意を探ればいい。
だから……いまはフィルとの時間を過ごしても、悪くないはずだ。
メイド服姿のフィルなんて、こんな機会でもないと見れないし。
わたしが閉じ込められた部屋は、檻と鉄格子の窓を除けば、かなり豪華なものだった。
ここは王宮の最も奥だし、わたしは形式上、王太子の婚約者だし。
丁重に扱われて当然といえば当然だ。
……前回の人生では、最期に王太子の婚約者という立場を失って惨殺されたわけだけど。
そんなことを思い出しても仕方ない。
「……お姉ちゃん、おいしそうに食べるね」
フィルが首をかしげて、黒い髪がさらりと揺れる。
わたしは微笑んで首を横に振った。
「ええ。だって……美味しいんだもの」
監禁されたわたしと、そのメイド(ということになっている)フィルは、部屋で食事をとっていた。
もうすっかり日は暮れていて、少なくとも今日はこの部屋から出ることはできなさそうだった。
目の前にあるのは、オリーブオイルとニンニク、それに唐辛子をたっぷり使った煮込み料理だった。
陶器に油ごと注がれていて、エビやマッシュルームなどなど、具材がたくさん入っている。
これにバゲットをつけて食べると……かなりおいしい。
シンプルな料理だけど、さすが王家の食事だけあって、きっと一流の素材を使っているんだと思う。
わたしは監禁されていることも忘れて、幸せな気分になった。
それに……目の前にフィルがいて、フィルと一緒に食事ができているから、楽しいんだと思う。
フィルはちびちびと指先でバゲットをちぎり、それを油にひたす。
フィルもぱくぱくと食べていたけど、その陶器の中を見ると、マッシュルームだけが残されている。
「もしかして、キノコ、苦手なの?」
とわたしが聞くと、フィルは恥ずかしそうに、こくりとうなずいた。
知らなかった。
なんとなく、フィルは好き嫌いしないタイプかと思っていた。
前回の人生では、わたしは本当にフィルのことを知らなかったんだな、と改めて思う。
姉弟なのに、食べ物の好き嫌いも、趣味も知らなかった。
でも……これから知っていけばいい。
今回は、フィルはわたしの大事な弟で、フィルもわたしを姉だと思ってくれているから。
わたしは手を伸ばして、フィルの陶器から、マッシュルームをすくった。
「お、お姉ちゃん?」
「フィルが食べないなら、わたしがもらってあげる」
好き嫌いはダメ……なんて言わない。わたしも子どもだし。
それに……単純に、わたしはマッシュルームが大好きで、もっと食べたかったからだ。
フィルは不思議そうにわたしを見つめていて、やがて微笑んだ。
「お姉ちゃんが代わりに食べてくれるなら……嬉しいな」
「ありがとう」
ああ……幸せ。
あとは葡萄酒が飲めれば完璧なのだけれど。
カロリスタ王国では、16歳から酒を飲むことが普通だ。だから、前回のわたしは食事のときに葡萄酒をたしなんでいたけど、さすがに12歳で酒を飲みたいなんて言えないし。
そんなことを考えていたら、部屋の扉が開き、静かに銀髪の美少女が入ってきた。
シアだ。扉がパタンと閉まり、シアは真紅の瞳をぱちぱちとした。
「クレア様と一緒に食事……いいなあ」
シアはわたしたちをとても羨ましそうに見つめていた。
でも、わたしたちの食事風景を見に来たわけじゃないと思うから、なにか用事があるのかもしれない。
わたしたちがここから脱出できるかは、シアとアリスの活躍にかかっている。
シアがなにか言いかけたそのとき、ふたたび部屋の扉が開いた。
「やあ、クレア。機嫌はどうかな?」
と笑いながら言うのは王太子で、本人はとても上機嫌だった。
シアがびくっと震える。
これが……今回の人生での、王太子とシアの初対面になる。
いったい……どうなるだろう?
シアvs王太子!
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