XXXI 大事なことを間違えてはいけない
メイド服姿に女装したフィルの頭を撫でながら、わたしは考えた。
前回の人生での南方への旅行が、今回は王太子による監禁に変化している。
大きな変化が起きているけれど……。
良い方向の変化だとは思えない。
腕に現れた、赤い刻印のことも気になる。
わたしは王太子の婚約者だけれど、前回の人生では、王太子はシアに乗り換えた。
そのせいで、わたしは破滅している。
今回だって、きっと同じことが起きる。
いくら王太子がわたしのことを好きだと言っても、信用できない。
まして監禁なんてされてしまえば、なおさら……。
王太子がわたしのことを大好きで監禁しているのでなければ、その理由は何だろう?
公爵のことは心配いらない、と王太子は言っていた。
なら、お父様も、監禁に合意してるってこと?
ますますわけがわからない。
でも、この監禁から逃げられなければ……。
わたしは学園にも通うことができず、やがてシアが聖女となり、わたしは邪魔者になって……。
王太子から婚約を破棄されて、下手したら殺されるかもしれない。
シアやアリスがわたしを監禁から助け出そうとしてくれているみたいで、嬉しいけれど、でも、相手は王太子で、ここは王宮だ。
しかも父の公爵の力も借りられない。
なら、王太子の意向に反して、わたしがここから脱出するというのは難しいと思う。
それなら、監禁の理由を見つけ出し、王太子を説得するしかない。
わたしはそう決意した。
「フィルはそこの椅子に座っててくれる?」
「……うん」
わたしが椅子を指し示すと、フィルはこくっとうなずいて、椅子に腰掛けた。
やっぱり、白のフリフリのメイド服を着ていると、どう見ても女の子にしか見えない。
可愛いけれど、でも、今はフィルのことより、考えないといけないことがある。
わたしは机の前に座った。
不幸中の幸いか、羽ペンとインク、それに羊皮紙がある。
これなら、考えたことを書き出すことができる。
わたしはさらさらとペンを走らせた。
王太子がわたしを監禁する理由。
わたしに利用価値があるから? 公爵の娘だから?
そういえば、王太子にはサグレスという腹違いの弟がいたはずだ。
前回の時間軸では、王太子アルフォンソに対して、第二王子サグレスとその支持者は、いつも次の王位継承権を奪おうとしていた。
サグレスは優秀な少年で、かつその開放的な性格から、宮廷では人気が高かった。
母も王妃ではないけれど、有力な中央貴族出身だったはずで、だから、サグレスには王都の貴族には強い支持を受けていた。
そんな状況で、わたしのリアレス公爵家は、王太子の有力な味方だった。
七大貴族の一つだし、その力は他の貴族を圧倒している。
リアレス公爵の支持なくして、王太子は王太子であリ続けることができない。
だから、聖女シアが現れるまで、王太子にとって、婚約者のわたしは必要不可欠の存在だったはずだ。
……今だから、客観的にそう考えられる。前回の人生では、王太子もわたしのことを好きだと思っていたけれど。
ただの利用価値のある道具に過ぎなかったんだと思う。
なら、王太子がわたしを監禁したのは……わたしを失うこと、つまり地位を失うことを恐れてかもしれない。
つまり……。
そこまで考えて、それでも、監禁という手段でないといけない理由がわからなかった。
もっと別の手段が……。
気づくと、わたしは考えることに熱中して、かなりの時間が経っていた。
でも、明確な結論はでない。
なにか……大事なことを忘れているような……。
横で、何かが動く気配がした。
振り返ると、椅子に座ったフィルが、立ち上がりかけていて、でも、また椅子に座ってしまった。
フィルのスカートの裾がふわりと揺れる。
フィルはちらちらとわたしの方を、黒い宝石みたいな瞳で見つめていた。
その目は……どことなく寂しそうだった。
しまった。
考えに没頭して、けっこう長い時間フィルを放置しちゃったかも……。
「あ、あのね……お姉ちゃん」
フィルがおずおずとなにかを言いかける。
前回の人生でも似たようなことがあったような……。
あれは、お屋敷にいたとき、ちょうど今ぐらいの時期のことだったと思う。
わたしはそのとき、未来の王妃にふさわしくなろうと思って、いつも熱心に部屋で勉強していた。
そんなとき、フィルがわたしの部屋にやってきた。
そのときのわたしは、フィルを冷たく扱っていて、なのにフィルはわたしの部屋にやってきてくれた。
フィルは寂しそうな目で、わたしを見つめ、同じように「あの……クレア様と……」となにか言いかけていた。
でも。
わたしはそのとき、フィルを部屋から追い出してしまった。
勉強の邪魔だから、と。
あのときから、わたしとフィルの仲はますます疎遠になっていったと思う。
当時は、わたしはフィルのことを大事に思っていなかった。
けれど、今は違う。
わたしはフィルの言葉の続きを待った。
「クレアお姉ちゃんと……あ、遊びたいな、と思って」
フィルは顔を赤くして、うつむきながらそう言った。
わたしはきょとんとして、そして、くすっと笑った。
あのときも、きっとフィルは寂しくて、わたしと遊びたいと思ってたんだ。
かつてわたしはそんなフィルを拒絶してしまった。
だけど、今回は……。
フィルは慌てて付け足す。
「で、でも……お姉ちゃん、忙しそうだから、ぼくが邪魔なら……」
「邪魔なんかじゃないわ。だって、わたしにとっては、フィルとの時間が一番大事だもの」
わたしがそう言って、フィルの肩に優しく手を置くと、フィルはびっくりしたようにわたしを見上げ、それから嬉しそうに微笑んだ。
監禁問題を解決するのはもちろん重要だ。
でも、それは将来の破滅を回避するため。そして、フィルと一緒にいるため。
大事なことを間違えちゃいけない。
もしどうすればよいか考え続けて、フィルを放っておいてしまって、フィルに寂しい思いをさせたら本末転倒だ。
だって、ここから逃げるのも、破滅の未来を回避するのも、フィルと一緒にいるためなんだから。
次回は月曜日ぐらいの更新です。
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