XXIII シアと王太子
王太子は、おや、という表情をした。
シアを初めて見るからだと思う。
シアはちゃんとした貴族の令嬢らしいドレス姿をしている。
公爵家の養女だし、当然だ。
……まあ、公爵家の正統な後継者であるフィルは、目下のところ、メイド服に変装なわけだけれど……。
シアは銀髪紅眼の美しい少女だし、多くの人の関心を引く存在だと思う。
王太子も例外じゃないはずだ。
前回の人生で王太子はシアのことを好きになり、わたしを捨てた。
それがわたしの破滅の始まりだった。
なら……今回は?
わたしは王太子との婚約に執着するつもりはないし、状況さえ許せば、婚約者の地位を喜んで降りる。
王太子とシアの恋を応援してもいい。……王太子がまともな人間なら。
まだ、王太子がわたしを監禁した理由はわかっていない。
シアは警戒するように王太子を見つめていた。
前回と同じなら……王太子は、シアに一目惚れして、彼女に強い好意を持つはず。
王太子は軽く首をかしげた。
「ええと、君は……?」
「クレア様の妹です」
「……妹? クレアの?」
シアは淡々と公爵家の養女になった経緯を説明した。
王太子はなるほどとうなずくと……それきり、興味を失ったように、わたしの方を向いた。
あれ?
前回と違う。
前回はシアと初対面のときから、シアに積極的に話しかけていた。
でも……今回はまるきり関心がないようにすら見える。
王太子はにこにこと、まるでわたしに媚びるように、笑みを浮かべた。
「なにか不都合はないかな、クレア。困ったことがあったら、何でも言ってくれ」
「あのー……ここに閉じ込められていることが、わたしは一番、困っています」
わたしは控えめに、おずおずと言う。
王太子の怒りを買ったら、どうなるかわからない。
だからといって、本心を言わないでいると、王太子がずっとにこにこしながら、わたしを監禁しかねない。
わたしの言葉に、「うんうん」とフィルとシアがうなずいている。
王太子は困ったような顔をした。
「こんなところに閉じ込めて悪いと思っているよ」
「なら……」
「君を解放はできない」
王太子の言葉にためらいはなかった。
「少なくとも、危険が去るまではね」
「危険? それってなんのことですか?」
わたしには思い当たる節がなかった。
前回の人生を思い出しても……王太子たちと旅行していただけで、なにか危険な事件にあったことなんてない。
王太子は微笑んだ。
「君は知らなくていいことだ。すべてが解決したら、教えるよ」
「そうやって、わたしには何も話さないんですね。前回だって、ずっとそうだった」
「前回?」
王太子が不思議そうな顔をする。
しまった……。
うっかり前回なんて口走ったけれど、王太子には何のことかわからないだろう。
ともかく、収穫はあった。
王太子がわたしを監禁しているのは……なにかからわたしを守るため?
その何かを知ることができれば……わたしはここから出られるかもしれない。
王太子は立ち上がり、鉄格子のはまった窓のほうへと行った。
その後ろ姿を見ていたら、フィルがとてとてとやってきて、わたしに小声でささやく。
「クレアお姉ちゃん……じゃなくて、クレア様」
メイドということになっているので、フィルは慌ててわたしへの呼び方を直す。
「危険ってなんのこと?」
「さあ? わたしもわからないの」
「そうなんだ」
フィルは考え込み、やがて顔を上げた。
その黒い瞳がまっすぐにわたしを見つめている。
「なにか危ないことがあったら……クレア様のことを頑張って守る」
「ありがとう」
わたしは微笑んで、フィルの柔らかい黒髪を撫でた。
フィルは恥ずかしそうに身をよじった。
「ずいぶんと仲が良いね」
その言葉にどきりとする。
振り返ると、王太子がすぐそばに立っていた。
「クレアのお気に入りのメイドなのかな」
「は、はい……」
「女の子同士が仲良くしているのを見ると、微笑ましくなるね」
などと王太子は勝手なことを言って、機嫌が良さそうに笑った。
けど、フィルは男の子だ。
ばれたら……どうしよう?
王太子はそのまま何かを口にしかけ、そして、急に口を閉じた。
その視線の先には……小さな楽器があった。
王太子の真意やいかに。
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