3 リゼリア、伯爵家を救う
騎士達に連行されていくクレスタだったが、不意にこちらに振り返る。
「この化け物めっ! これでもくらえ!」
手に隠し持っていた水晶玉を私に向かって投げつけてきた。
回避することもできたが……。
あれはまさか……、転送水晶?
私はその場から動かず、避けないという選択をした。体に当たると水晶玉は簡単に砕け、直後に私の全身が光りはじめる。
これを見たクレスタは勝ち誇ったように笑い声を上げた。
「リゼリアお姉様が手に負えない怪物だった場合を想定して買っておいたんですよ! これでお姉様もおしまいです! 自分がどこに転送されるかお分かりですか!」
「たぶんどこかの戦場でしょ。行き先はそこしかない」
世間で流通している転送水晶は、砕くと特定の地域に、大体は魔獣との戦争が繰り広げられている地域に飛ばされるように作られている。戦士のために開発された移動魔法具だった。
全く焦る様子のない私を見て、妹は高笑いをやめて首を傾げていた。
「どうして平気なんです? 戦場に飛ばされるんですよ?」
「一度行ってみたいと思っていたのよ。人類が苦戦している魔獣というのがどんな生物か興味があってね。あなた、私を向こうに送れば殺せると思った? たぶん無理よ。さっきの手に負えない想定というのは当たっているかもね」
ここで微笑みと共に内側から魔力を引き出す。
まだ誰にも見せたことのない本気の魔力だった。八年も修練しているだけあってそれなりにはなってきている。クレスタだけじゃなく、普段から訓練を積んでいるはずの騎士達も気圧されているのが伝わってきた。
「本当にやりたい放題で調子に乗りすぎ。あなたのせいで当伯爵家はどうなるか分かっているの?」
「そ、そんなのは知ったことじゃありませんよ」
「……やっぱりあなたの曲がりに曲がった性根は私が直々に叩き直す。牢獄で待っていなさい」
狂気の妹め。さすがに兄ちゃんは、いえ、お姉様は怒ったわよ。
私が屋敷で最後に見たのは、血の気が引いたクレスタの顔だった。
次の瞬間、周囲の景色が一変する。
草木が生い茂る真っ暗な森。照らしてくれる光といえば、上空で輝く星々しかない。
ふーん、ここが戦場か。一見すると普通の森だけど、地理的にどの辺りなのだろう。
でも確かに、周りのあちこちから普通じゃない魔力反応を感じる。
……今更ながら、転送水晶はキャッチして後で改めて来ればよかったわ。武具くらいは装備してくるべきだった。私は毒盛りディナーを食べていた普段着のまま、ナイフの一本も持っていない。
まあ何とかなるでしょ。
と空中に小さな〈ファイアボール〉を浮かべて歩き出す。
魔獣というのはとにかく好戦的で残忍な生物らしい。こうやって明かりを浮かべていればすぐに向こうから来てくれるに違いなかった。
その読み通り、程なく一頭の魔獣が目の前に姿を現す。
体長十メートルはあろうかという巨大な狼が私を見下ろしていた。
……大きい、思っていたよりずっと大きいわ。これが魔獣……。
並の戦士じゃ全く相手にならないんじゃない?
その巨体を観察しているうちに大狼の方が先に動いた。丸太のような前脚を私の頭上に振り下ろす。
ズズンッ!
片手で受け止め、お手をさせる形になった。
私はお手で済んでいるものの、やっぱり少し訓練を積んだくらいの戦士じゃ即死する攻撃だわ。
受け止めていた前脚を押し返した私は、空中にある明かりの〈ファイアボール〉を操作。魔力を送って急激に肥大化させ、体勢が崩れている大狼にぶつけた。
炎に包まれてのたうつ魔獣を横目に、私は思案に耽っていた。
問題なく倒せたけど、この狼は強さ的にどれくらいのランクなのかしら?
ふと空に視線をやると、今の狼より遥かに大きい、体長何十メートルとある竜が悠然と飛行している。感知したその魔力は、私でも到底及ばないほどに強大だった。
「…………。……見なかったことにして帰りましょう。貴族の令嬢には荷が重い戦場だわ」
そう呟いた矢先、今度はこちらに駆けてくる複数の人間の魔力を感知。
明かりで呼び寄せるのは魔獣だけではなかったらしい。助けを求めるように男女四人の戦士が必死の形相で向かってくる。
私の姿を見た彼らは急停止した。
「え、貴族のお嬢様……? どうしてこんな所に?」
「待て、そのお方は見覚えがある! 伯爵家のリゼリア様だ!」
「あの噂の……!」
「戦場に丸腰のドレス姿で来るなんて噂通りだわ!」
いや、どんな噂よ?
ともかく私を知っているということは、ここは王国の近くね。詳しく話を……、その前にあれを討伐しないと聞けないか。
戦士達の後ろから巨大な熊が大口を開けて追いかけてきていた。捕食する気満々だわ。先ほどの狼より一回り大きく、体長は十五メートルといったところ。
あのサイズは〈ファイアボール〉じゃ倒すのに時間が掛かりそうね。
戦士の一人に歩み寄り、その腰に差している剣に手を伸ばした。
「ちょっとお借りしますね」
「あ、はい、どうぞ。お使いください……」
私が剣を構えると、刃を覆うように炎が舞いはじめる。魔力が充分に高まった時点で剣を振り下ろした。
魔技〈流星烈火〉!
幾重もの炎の斬撃が熊の魔獣の上に降り注ぐ。
敵は瞬時に全身の傷口から発火し、なす術なく大地に倒れこんだ。
……しまった、明らかに威力過多だったわ。直前にありえないドラゴンを見たせいで力が入ってしまった。この状況で実力を見せるのはまずい気が……。
振り返ると四人の戦士達はキラキラした眼差しで私を見つめている。一斉にこちらに詰め寄ってきた。
「その若さでそんな高等魔技を使えるなんて! さすが噂の剣聖女様!」
「大したことでは……、少し腕が立つだけで……」
「援軍がリゼリア様で本当に助かりました!」
「いえ、手違いで転送されただけで……、もう帰ろうかと……」
私の言葉を聞いた四人は途端に、シュン……、と気落ちした。彼らの周囲に絶望の空気が漂い出す。
……これは相当追い詰められていたようだわ。王国は大丈夫なのかしら。私だってできることなら力を貸してあげたいけど、自分の命だって惜しい。あんなドラゴンとは戦いたくない。
「ほら、私まだ学生ですし……」
シュン……。
「可愛い妹も(牢獄で)待っていますし……」
シュン……。
「じゃ、じゃあ、少しだけ戦って帰ります……」
シュ……、パァァァァァァ!
「「「「ありがとうございます、リゼリア様!」」」」
押し負けた私はしばらく戦場暮らしを送ることになった……。
どうやらここは王国の北に広がる森林地帯らしい。
戦士達は森の各所に散開して戦線を維持しているそうなんだけど、実はもう限界だったのだとか。突破されれば一気に王都まで魔獣の軍が迫ってくる。我が王国は結構危険な状態にあることを私は初めて知った。
自分の生活を守るためにも戦うしかないという結論に至る。
なお、あの大きな飛竜はいわゆる魔獣軍のボス級で、やっぱり単独で何とかなる相手ではないようだわ。私はあれに見つからないように注意しつつ、森中を駆け回って魔獣達の数を減らしていった。
戦場に身を置くうちに私の心境にも変化が。正直なところ私は王国を守る使命感などは極めて希薄だと自覚がある。けれど、王国を守る使命感に燃えているお姉様達はとても魅力的に見えた。
不謹慎と言われるかもしれないが、モチベーションは大事だと思う。私は助けたお姉様達と次々に仲良くなった。
もちろん人命が懸かっているのできちんと男性も助けている。ただ、モチベーションは全くと言っていいほど上がらない。上がるわけがない。しかし、命を救えばたまに惚れられたりすることもあり、活躍もしているので私のファンクラブのような組織までできはじめた。迷惑に他ならないので本当にやめてちょうだい。
こうして一か月が過ぎ、どうにか戦線の建て直しに成功した。
トップクラスの討伐数を叩き出した私は、大きな手提げ鞄が満杯になるほどの札束を報酬として貰う。入りきらない分は返却し、出発の準備を終えた。
「では皆様、お世話になりました。また戻ってきますが、当分は学業に専念します。皆様も王都に帰ってこられた際にはぜひ当家にお立ち寄りください」
最後のお誘いの言葉は主に仲良くなったお姉様達に向けてだったが、私のファンクラブが大いに沸いた。あなた達は呼んでないわよ!
王都に向けて走る馬車に揺られながら、意外と楽しい日々だったわ、と一か月を振り返る。毎日戦って口説いて……、ええ、学園でやっていることと実はあまり変わりなかった。
この後しばらくして、戦場で高まった私の名声は王都にも届くようになる。
それによって、クレスタのせいで地の底にまで落ちていた当伯爵家の評判もどうにか持ち直した。家の商売の方も何とかなるらしい。お父様や一族の人達からは、よくやってくれた! と大層褒められる。
ちなみに私個人としても、戦場では頼りになるけど節操のない剣聖令嬢として名を馳せることに……。皆からは、そちらの方はもう少し抑えてほしいと懇願された。




