2 リゼリア、悪女と対峙する
通学前に自宅屋敷で朝食をとっていると、テーブルの向かいに座る妹のクレスタが様子を窺うような視線をちらちら寄こしてくる。
「何よ、言いたいことがあるなら言いなさい」
「いえ、別に……」
クレスタは私の二歳下の妹で、可憐で儚げな雰囲気の少女だった。いつもこんな風に一歩引いたような態度を取る。
同じ学園にも通っているが、他の子のように私を怖がっているような感じはあまり受けない。しいて言うなら、私に敵意を持っているような……。
そんな事情で、なかなかの美形な妹ながら、私はクレスタが好きにはなれずにいる。あと、妹という存在にトラウマもあった。
さて、入学から四年経ち、十六歳になっていた私は学園での生活を謳歌し続けたせいで、ある種の名物あるいは要注意人物として扱われていた。
私が視線を向けると、女子生徒は顔を赤らめて悲鳴と共に逃げ去り、男子生徒は恐怖に歪んだ表情で本気で逃げ去っていく。
……完全に身から出た錆だわ。甘んじて受けいれましょう。
ところが、私に対する視線がさらに変化する事件が起こる。
学園で他所の伯爵家の令嬢が何者かの手によって毒殺された。
その伯爵家というのが当家とライバル関係にあったことから大変な事態に。
実は二つの伯爵家はある侯爵家長男の婚約者の座を巡って争っていた。つまりは、私と今回毒殺された令嬢との争い。しかし、一方の私が無類の女性好きであることは広く知れ渡っており、当の侯爵家側がさすがに困るということで、軍配は相手方に上がった。
そんな中で家の期待を背負っていた令嬢が殺害されてしまったのだから、当然疑いは私に向く。
瞬く間に、首謀者は私であるという噂が学園中に広まった。毒を嗜む悪女だと。
「いえ、ちょっと待って。そもそも女性好きの私にとってあの婚約は罰ゲームでしかないのだから、私が殺すはずないでしょ。あなた達もそう思うわよね?」
自分の教室で私がそう呟いて話を振ると、周囲のクラスメイト達は一様にコクコクと頷いた。
「……どうも噂の広まり方が不自然ね。私に恨みを持つ男子達が乗じているにしても、あまりに広まるスピードが早い。出所を調べてきてくれる?」
とお願いするとクラスメイト達は一斉にササッと教室から出ていった。
私の学友達は各々の事情で私には逆らえないので、こういう時はとても頼りになる。
さて、じゃあ私自身は彼にでも会いにいこうかしら。
向かったのは同じ学園に通う、この問題の渦中にある侯爵家長男スコットの教室だった。呆然自失な様子で自分の席に座る彼。その前に立った私はクイッと顎を動かす。
「少し顔を貸しなさい」
「リゼリア……、分かった」
私とスコットは幼い頃から何度も顔を合わせており、もう旧知の仲と言っていい。なので彼も私の本性をよく知っている。私以上に私達の結婚はありえないと思っているだろう。
スコットは至って普通の好青年といった感じ。そういえば、彼は前世の私と少し雰囲気が似ているかもしれない。
学園の屋上まで連れ立って移動すると、早速こちらから切り出した。
「どうするの、スコット。このままじゃ私と婚約することになるわよ?」
「……嫌だ、それだけは絶対に嫌だ」
私はため息を一つついた後に、毒殺された令嬢について尋ねてみた。スコットとは異なりライバル同士のあの子とはほとんど接点がなく、顔を合わせたのも一度か二度ほど。
スコットは遠くの景色を眺めてから、その目に少し涙を浮かべる。
……気の毒に、これは結構惚れていたわね。一途なところが前世の私とまたよく似ている。
「明るい子だったよ……。一緒にいて楽しかった……。ただ、ここ最近は常に何かに怯えている様子だったな。俺から尋ねても、大丈夫、としか言ってくれなかったし」
「様子がおかしかったのはいつ頃から?」
「え、たぶん二年ほど前からだったかな」
「なるほどね」
この時、屋上の陰から監視するような視線が私達に注がれていた。
魔力感知ができる私はすぐに視線の主が誰であるか気付く。何より、長年見知った間柄の者でもあった。
自然と今回のシナリオの続きが私の脳裏に浮かぶ。
「……これは、私も殺されてしまうかも」
「え……?」
不思議そうに首を傾げるスコットをおいて私は屋上の出入口へと歩きはじめる。
「私は殺しても死なないから大丈夫よ。この一件は私が早々に解決するわ」
自分の教室に戻った私は、悪女話の出所についてクラスメイト達から報告を受けた。
先ほど思い浮かんだシナリオは当たっているだろう、と確信に変わる。続きが実行される日もそう遠くはないに違いない。
早速、自宅屋敷の捜索に取りかかった。
向こうは私の実力を知っている。ゆえに先の令嬢同様に毒殺するつもりだったらしく、料理人の一人がすでに買収されていることが発覚。
さらに、町のごろつきも数人雇っていることが分かった。どうやら私を殺害したのちに、共犯の料理人や居合わせたメイド達も強盗に見せかけてまとめて葬る計画らしい。
確実な証拠を得るために、泳がせて計画を実行させることにした。
当日になり、その場で捕縛してもらうために王国騎士達を密かに屋敷に招き入れる。
こちら側の段取りを聞いた彼らは驚きの声を上げた。
「リゼリア様、毒をお飲みになるということですか……?」
「ええ、私はありとあらゆる毒に対して耐性があるから心配は無用です」
「そ、そうですか、あなたはお噂通りのご令嬢なのですね」
私の特異性はすでに騎士団でも広まっているようだった。
……うーむ、彼らのこの怖がりよう、怪物令嬢とでも呼ばれているのかしら。
とこれまでの自分の行いを振り返っていると、また一人の騎士が遠慮がちに。
「……そして、妹君もまたすごい、その、あれですね」
遠慮せずにはっきりと言ってくれて構わないのよ。
今回の首謀者である私の妹、クレスタはおそらく、とんでもない悪女で間違いない。
思い起こせば、あの子は昔からスコットに好意を寄せている風だった。その婚約者の地位を得るために邪魔者を全員始末するシナリオを書いたのだろう。
まずライバル伯爵家の令嬢を毒殺する。その罪を悪女に仕立てあげた私になすりつけ、強盗に入られたように装って私も殺害するシナリオ。私の犯行を裏付ける日記などを用意しているはずだわ。
この計画は、きっとクレスタが学園に入学した二年前から練っていた。
……我が妹ながらなんて恐ろしい。年齢を考えれば悪魔の子、あの子も怪物だわ……。
自分で言うのも何だけど、私といいクレスタといい、娘が二人共揃って怪物だなんて当伯爵家は呪われているんじゃないかしら。
「当家は、呪われている……」
言葉に振り返ると、お父様が呆然とした表情で立っていた。騎士達から説明を受けたらしく、異常な状況に頭を整理するので精一杯といった様子。
私はお父様の肩にポンと手を置いた。
「何も心配ございません。私がきちんと対処いたしますので」
そう、とにかく私は怪物姉妹の姉としてしっかりこの件に片をつけなければならない。
騎士の人達には別室で待機してもらい、私はクレスタとの夕食に臨むことにした。
食事の部屋に入る前に、まず妹が準備した町のごろつき共を数秒でのして騎士達に引き渡す。
また、今夜はお父様とお母様は他家に招かれており、だからクレスタはこの日を決行日に選んだのだと想像できた。二人には予定通り一旦外出してもらう。
そうして姉妹二人だけでテーブルを囲んだ。
最初にスープが運ばれてきて、いよいよ毒入りディナーが始まる。
スープを口に入れた瞬間、私の魔力が反応した。即座に中に含まれる毒を無効化。
クレスタの方に目を向けると、これまで見たことのない嬉しそうな顔をしている。(この子、本当にやばいわ……)
しかし、何度スープを口に運んでも平然としている私を見て、その表情は苛立ったものに。
なお、私達が食事をする周囲にはメイド達の他に料理人もいた。そのうちの一人がクレスタにキッと睨みつけられ、滝のように冷や汗を流す。
……ちゃんと致死量の毒が混入されていたわよ。その人は悪くない、いえ、やってることは最悪だけど悪くない。
スープの次に出された前菜にもしっかりと毒が入れられていた。先ほどより毒の量は多かったが、魔力で浄化。
そして、いよいよメインの肉料理が運ばれてきた。
視線をやると肉がありえないくらい変色してしまっている。
毒瓶一本、丸々ぶっかけたのかしら? 頼むから死んでくれ、という料理人の悲痛な叫びが聞こえてくるようだわ……。
ナイフで切り分けた肉を口に運ぶと、毒は無効化できたものの変な味がした。
肉を食べ進める私に、クレスタはすごい顔で共犯者を睨んでいる。当の料理人はガクガクと体を震えさせ、立ったまま気絶するのではと心配になるほどだった。
……どうして私があっちの心配を。まあ、これ以上おかしな料理を食べさせられるのも嫌だし、この辺でいいでしょう。
「うっ……! こ、これは、まさか、毒!」
私が手のフォークとナイフを落とすと、クレスタは満面の笑みで席から立ち上がる。
「ははははは、やっと効きました! ここまで毒に鈍いとはやっぱりリゼリアお姉様は怪物ですね! 肉が変色しているのを見た時は料理人を殺してやろうかと思いましたけど、お姉様がまぬけでよかったです!」
「まさかクレスタの仕業なの……? どうして……」
「スコット様と結婚するためですよ。彼の愛を手に入れるのに、あの令嬢もお姉様も邪魔だったのです」
「じゃあ、学園での事件もあなたが……?」
「そうですよ、お二人がいなくなればスコット様の相手には私が選ばれますから」
あら、ペラペラと簡単に自供してくれたわ。
もう捕まえてしまってもいいのだけれど、やっぱり気になるのよね。この子、若干十四歳でどうしてここまで歪んでいるの? 段取りや手筈もやけに手慣れた感があるし。
「クレスタ、なんて恐ろしい子……。あなたはいったい……」
「ふふ、間もなく死ぬお姉様に、特別に私の秘密を教えてあげましょう。私はこれが二度目の人生なんです。つまり、転生したのですよ」
…………、え? あなたも?
ここは演技ではなく素で驚いてしまった。そんな私を見てクレスタは気分よさげに語り出した。
「前世の私は、こことは異なる世界で生きていました。そこで私は実の兄を好きになってしまったのです。いくら恋焦がれようともちろん結婚はできません。やがて兄は別の女性と結婚し、一緒に暮らすこともできなくなってしまいました。たえきれなくなった私は兄に毒を盛って殺害し、永遠に自分のものにしたのです」
……どこかで聞いた話だわ。
まさかクレスタは……、いいえ、そんなことあるはずない。この考えが当たっているとしたら、私は本当に呪われている……。
私が呆然としている間にクレスタはさらに話を続ける。
「そう、自分のものにしたはずでした……。けれど、兄がいなくなった世界は地獄以外の何ものでもなかったのです。何を見ても何をしてもつまらなく、心が動かない。そして私は気付いたのです。兄は私のものになどなっていない! 兄を殺すべきではなかったと!」
「お兄さんを毒殺する前に気付いてほしかったわ……」
「気付けなかったから毒殺してしまったのですよ。とにかく、生きる意味を見失った私は、二年後の兄を殺したのと同じ日に自ら命を絶ったのです」
……クレスタは私の二歳下で、誕生日は偶然にも同じ日……。
「……こんな現実、私は受け入れない……」
「受け入れなくてもお姉様はもうすぐ死にますよ。前世の失敗から私は学んだのです。愛する人は決して殺さない。愛する人が私以外の女性を愛するなら、どれだけ現れようとその女性を殺し続ける! あと邪魔な人間も殺し続ける! お姉様は後者に該当しました!」
この子、転生して一層狂気が増しているじゃない……。
二度も殺されてたまるか。こんな人間を野放しにしておくのは危険すぎるし、前世の兄としても今世の姉としても放置はできない。さっさと捕縛してしまおう。
と思っていると再び高笑いしていたクレスタがふと我に返った。
「ところでお姉様、まだ死なないのですか?」
「死なないわよ。毒は完全に無効化したから」
私が演技をやめてすっくと立ち上がると、意気揚々としていたクレスタは固まったように停止する。
彼女が反応を示さないので今度は私がそのまま言葉を続けた。
「私は体内で毒を中和できるように訓練してあるのよ。あなたが雇ったごろつき共もとっくに倒したから、あとはあなたとそこの料理人を捕縛するだけ」
「ば、化け物……、やっぱりお姉様は怪物よ……」
あなたに言われたくないわよ、この殺人鬼。
私がため息をついている間に、部屋に入ってきた騎士達がクレスタと共犯の料理人を取り押さえていた。
騎士達の後にやって来たお父様が私達二人を見て。
「私の娘達は……、どっちも怪物だ……」
……そうですね。あなたが言うのは仕方ないと思いますし、当事者ながら同情もいたします……。




