1 リゼリア、転生する
前世で俺が最期に見たのは妹の微笑む顔だった。
「これでお兄ちゃんは私の物。永遠に愛しているわ」
ずっと好きだった幼なじみに十年越しの告白をし、その五年後に結婚。幸せの絶頂期にいた俺は、新婚生活一か月が経過した頃、妹から食事に誘われる。
その席で彼女から毒を盛られて息絶えることになった。
愛しているってどういうことだ……、俺達は実の兄妹だぞ……。
寝耳に水の話で全く理解ができず、いたたまれない気持ちになったものの、死んでしまったものは仕方ない。いつまでも前世を引きずっているわけにもいかないので前を向くことにした。
新たな生を得た俺、改め私は現在、異世界のとある王国で伯爵家の長女リゼリアとして生きている。
ごく平凡な日本人男性として生きていた私が、まさかの貴族令嬢に転生。せっかくなのでこの人生を謳歌すると決めた。
しかし、それほど楽しいものではないと程なく知る。
王国がある大陸では多くの国が共存していた。一部の地域では魔獣という恐ろしい生物と戦っているが、人類の大半にとってはあまり関係のない話と言えた。
それは私にとっても同様で、遠くでの戦争より貴族の令嬢としての嗜みを身に付ける方が遥かに大切だった。生まれ変わったからには私自身もその慣習に従わなければと、家の言う通りにしていたものの……。
「貴族教育、つまらなすぎる……。そして窮屈すぎる」
改めて前世の生活がどれほど自由だったかを思い知った。
そんな八歳のある日、息抜きで町に出掛けた際、通りすがりの老人から突然「そなたは素晴らしい才能に恵まれておる。類稀な剣聖女の才じゃよ」と言われる。
「剣聖女……!」
と驚いてみたものの、耳慣れない言葉に私は首を傾げる。
「……何ですか、それ」
「つまり、そなたには魔力と剣術の両方の素質が備わっておるということじゃ。二つを融合させた魔技を習得すれば、並ぶ者のない使い手となるじゃろう」
これまで私はひたすら貴族の嗜みを学んできたけど、老人の話によればどうやら別の才能があったらしい。名称からしてよく聞く聖女というやつの一種だろうか。言われてみれば、異世界に転生したのだから私が聖女であっても何ら不思議ではない。
つまらない貴族の人生から抜け出せるなら、聖女として覚醒でも何でもしてやろう。
町から自宅屋敷に戻ると、早速老人から教えてもらった修練を実践することにした。
木剣で素振りを繰り返し、さらに瞑想で体内の魔力を錬り上げる。
今更ながらいったいこれのどこが聖女なんだろう、と疑問に思っていた私はふと気付く。もしかして剣聖女とは聖女の一種ではなく、剣聖の女、なのでは? ともかく私はトレーニングを継続した。
少し心配にもなったので、魔技について自分でも調べてみることに。
魔力は魔法の元になるだけでなく、体に纏えば身体能力を何倍何十倍にも上昇させられるらしい。鍛えた体でそれを行うのが魔技というわけだ。また、武術に魔法を融合させて放つ技そのものも魔技という。
……なるほど、まあ老人の教えはそう的外れではなかった。
安心して修練に取り組みはじめたものの、もう少し効率よくできないものかと思案。素振りと魔力を錬り上げるのを同時にやってみたところ、普通にできたのでこのスタイルで続けていくことに。
――そうして時は流れて十歳になった頃、私は自分より大きな岩を木剣で両断できるくらいの戦闘力を手に入れる。
だが、これで満足していてはいけない。
いかに高い戦闘力を身に付けようと、簡単に命を奪われる物質があることを私は知っている。それは毒。これを克服しなければ安心して第二の人生を生きていけない。
完全に前世の出来事がトラウマになっていた。
家の力を利用して私は裏ルートで、生物由来に植物由来、ありとあらゆる種類の毒を入手。
この世界では毒への耐性を上げる手法が確立されている。どうも魔力に毒を馴染ませるといいとか。時間は掛かるが、完全に毒を無効化できるようになるみたいだ。
毎日魔力をありとあらゆる種類の毒に浸すこと約二年、ついにその日を迎える。
私は恐る恐る毒全種を順番に飲んでみた。体の中で毒が浄化される感覚。異変は一切起きなかった。
こうして剣聖女の戦闘力に加え、毒を無効化する能力も得た私は、十二歳にしてようやく第二の人生を謳歌しはじめる。
この頃、私は王立学園に通い出したばかりで、そこはまさに天国と呼べる場所に他ならなかった。
今日も意中の女子生徒を裏庭に誘導。
「い、いけません、リゼリア様……。私達は女性同士です……」
「そんなことは些細な問題よ。さあ、身も心も私にゆだねて」
まず、なぜ女性を口説いているのかというと、女性に生まれても私という魂は女性が好きだった。
そして、前世の反動が影響している。たった一人の女性だけに恋をし続けてついに結婚、というところで毒殺。なんと虚しい生涯だったのだろうか。そう、虚しい。心に空いた穴を埋めるように、私は多くの女性との恋を欲した。
前世が純粋すぎた分、その反動も大きかったということ。
しばらく修練の日々だったことも手伝って、入学初日から私は弾ける。同級生から上級生まで、身分に関係なく好みの子にはアタックをかけた。さらに、相手に婚約者がいても関係なくアタックをかけた。当然ながらこれを快く思わない者もいる。
ある日、私は上級生の男子生徒に裏庭に呼び出された。
「私の婚約者に言い寄るのはおやめください、リゼリア様……。女性同士にもかかわらず……」
「そんなことは些細な問題よ。文句があるなら実力でかかってきなさい」
「……当家は代々、宮廷魔法士の家系。どうなっても知りませんよ」
「望むところ、腕前を見せていただくわ」
と私が腰の木剣を抜くと、相手は鼻で小さく笑った。腹が立ったので鼻で笑い返す。
「魔法士見習いには木剣で充分よ」
「くっ、〈ファイアボール〉!」
挑発に乗った男子生徒は私に向けて火炎球を発射。
飛んできたそれを私は魔力で覆った片手でキャッチし、プシュッと握り潰した。
「修練が足りていないようね。少し私が稽古をつけてあげましょう」
お返しに私も目の前に〈ファイアボール〉を生成。大きさは彼が作った火炎球の数倍はある。
そこに木剣を刺しこむと、長さ五メートルを超える炎の大剣となった。
「魔技〈ファイアブレード〉。一応、手加減はしてあげる」
「お、お待ちをっ! そんなもので攻撃されては!」
「魔力を高めて防御しないと死ぬわ。さあ、恋の業火に耐えてみなさい」
簡単な警告と適当な文言を並べて、ブオンと大剣を振り下ろした。
――きちんと手加減してあげた甲斐あって、男子生徒は死なずに済んだ。焼け焦げて地面に倒れた彼の向こうに、私達の様子を窺っている女子生徒を見つける。
やや、あの子は私達が奪い合っていた彼の婚約者。
私はススーと彼女の背後に回った。その両肩に手を添える。
「ふふ、私ならしっかりとあなたを守ってあげられるわよ」
「い、いけません、リゼリア様……!」
入学時点ですでに私の力は、教師などの大人達も含めて学園内で突出したものになっていた。幼少から鍛えはじめたのもあるが、私の魔力は他とは少し質が違うらしい。さすがは剣聖の女だ。
これが、学園は天国だと言った理由。誰も私の恋路を邪魔できない。
もちろん私は伯爵家の令嬢なので、力をひけらかすような品のない真似はしない。しかし、普通に生活(裏庭での決闘は割と日常茶飯事)しているだけで周囲から恐れられる存在になった。
学園の内外で噂の令嬢となったものの、この時はまだ悪女とは呼ばれていなかった。私がその名を馳せるのは入学から四年が経った頃になる。




