4 リゼリア、妹を従える
北の戦場で一か月を過ごし、私はようやく自宅屋敷に帰還を果たした。
まず、お父様とお母様にご挨拶にいくと「ずいぶんと逞しくなって……」と言われる。一か月間、昼夜問わず巨大な獣と戦い続けていたので無理もない。
元々修練はしていたので体はでき上がっていたが、命のやり取りを繰り返したことで纏う空気に凄味が出た感じだわ。
「これは、学園に戻ったらすごくもてる気がする」
女の子達に囲まれる未来に思いを馳せつつ、城の地下牢へと向かう。王国の罪人が収容されているその場所にクレスタも放りこまれていた。
久々に再会した妹を見て……。
「ずいぶんと逞しくなって……」
私は思わずそう呟いてしまった。
牢獄の中には、長かった髪をばっさりと切ったクレスタの姿が。服の袖から覗く腕にもそれなりに筋肉がついているのが見て取れる。
その瞳に私を捉えたクレスタは、足音もたてず静かに近付いてきた。
「ずっと、この日を待っていました……。リゼリアお姉様、あなたを殺せる日を!」
彼女が牢の鉄格子を拳で突くと、周囲の石壁ごと檻が吹き飛んだ。
な、なんて筋力! いえ、これは筋力と魔力が高い次元で融合しているからこそ生み出された破壊力! 間違いない、魔技だわ!
この子、こんな監獄でどうやって魔技を? そして、たった一か月でどうやってこれほどの力を……!
牢獄を出たクレスタは不気味な笑みを湛える。
「ふふふふふ、驚きましたか? ひとえにお姉様をこの手で屠りたいがために鍛え上げたのです」
「……なぜそれほどまでに私を」
「なぜですって……? あなたのせいで全てを失ったからですよ! よくも罠にかけてくれましたね! スコット様が私の所に来て言ったんです!『君だけは一生許さない』って!」
「……あなた、スコットの大切な人を毒殺しているんだから当然でしょ」
「お姉様がおとなしく殺されてくれていればこうはならなかった! 全部お姉様のせいです!」
……駄目だわ、完全に狂っている。長く一人で独房にいたせいもあるのかしら。とにかく全てを私のせいにして、その怒りを糧に力を蓄え、技を磨き上げてきたのだわ。
ここで少し離れた位置にいたクレスタが蹴りをするような動作を。すると、発生した波動が高速で私に向かって飛んできた。
私が横に回避すると背後の燭台が真っ二つに。
「おかしい……。いくら何でも一人でこんな技は習得できるはずないわ」
「あ、隣の牢に老師がいたので、色々と伝授してもらいました」
クレスタがそう言うと隣の牢からおじいさんがひょっこり顔を出した。
「すまん、色々と伝授した。可憐で儚げな見た目から、てっきり無実だと思ってしもうたのじゃよ。クレスタの才能は本物じゃ。決して油断するでないぞ!」
何してくれてるのよ! そして私との対戦をちょっと楽しみにしてる風じゃない!
クレスタはかつてのように高笑いをしつつ、掌を近くの壁に押し当てる。壁は細かく震動したかと思うとガラガラと音をたてて崩れた。
「もはや脱獄も自由自在ですし、私を処刑できる者もいないでしょう。私に不可能はありません。まずはこの場でお姉様を始末し、次に私を弄んだスコット様をあの世に送ります」
……スコットは何もしてないでしょうが。私もだけど。
もう一度顔を出した老師が「まったく、こんな凶悪な殺人鬼とは思わなかったのじゃよ」と申し訳なさそうに。本当によく考えて。ここは罪人しかいない地下牢よ。……それにしてもこのおじいさん、どこかで見た覚えが。
クレスタの高笑いはまだ続いていた。
「あはははは、今の私に怖いものなどありません! 人や毒など使わずとも直接この手で葬り去ることができるのですから!」
「はぁ……、調子に乗りすぎよ。そろそろ教えてあげるわ」
私はため息をつきながらクレスタの服を掴む。次の瞬間には、彼女の体は石の床にめりこんでいた。
「え……?」
私の投げに全く反応できなかったクレスタは目をぱちくりさせる。
「悪いけどね、私は八年間修練を積んでいるのよ。さらにこの一か月間の伸びもおそらく私が上。こっちはずっと巨大な魔獣と戦っていたんだから」
「そんな……」
ここで隣の牢からまた老師が口をはさんでくる。
「クレスタ、そなたのお姉様は剣聖女の才を持っておるようじゃ。才能ではほぼ互角。修練期間が違いすぎる上に実戦経験も豊富とくれば絶対に勝てん。諦めるのじゃ」
「そんな……」
「今のあなたなら、わざわざ魔力を引き出さなくても分かるでしょ」
言われて私の体に目を凝らしたクレスタは、ハッとした後にガクンと落ちこんだ。
……やれやれ、ようやく冷静になってくれたわね。
だけどこの子、よくこんな牢獄でここまで強くなったものだわ。老師が言った通り、本当に私と同じ才能があるのかもしれない。
いずれにしろ危険すぎてもうここには置いておけないし……。
「クレスタ、私と一緒に来なさい」
「え、どこにですか?」
「私、王国の戦士協会に入ったのよ。あなたもそこで魔獣と戦いなさい。機関が国側と交渉して身柄を引き受けてくれるわ」
「魔獣ですか……。私は人間を殺す方が得意なのですが……」
「このサイコパスが。今後、人を殺さないと誓うなら扱いも他と同じにしてもらえるように頼んであげる。結構ハードな仕事だから休みは多いし、報酬の面でもその辺の貴族より稼げるわよ」
クレスタはしばし考えに耽った後に、晴れ晴れした表情で顔を上げた。
「分かりました。磨き上げた技を人々のために使えるなんて、こんな幸せなことはありません」
……駄目だわ、すごく嘘くさい。
これは当分の間、首に縄でも結んでおかないといけないかも。




