5 リゼリア、妹に前世がばれる
クレスタの牢獄生活の話を聞いた私は頭を抱えていた。それから、隣の牢の前に移動して中の老師をキッと睨みつける。
「思い出しましたよ、あなた、八年前に私に剣聖女の才があると言ったあのおじいさんですね。こんな狂気の妹まで覚醒させてどうするのですか。まったく、民の血税で悠々自適の監獄生活を送ってないで少しは人々の役に立つことをしてください」
「いやいや、これから役に立つかもしれん。王国はまだ魔獣の脅威にさらされておるんじゃろ? そなたら姉妹が聖女として王国を救えば、わしは二人を導いた偉大な師ということに」
「ほぼこっちに丸投げですね……。そもそも老師は何の罪でここにいるのです?」
「何もしとらん。空いておったこの牢を間借りしとるだけじゃ」
「…………、出所してください」
……世間には困ったおじいさんもいたものだ。
この後しばらくして、老師の身柄は私達の伯爵家で引き受けることになった。
そして、問題のクレスタについて。
一か月間戦場で功績を重ねた甲斐あって、私は王国に顔が利くようになっていた。
正式な手続きは後日にきちんと踏む約束をして、私が責任を持って監視する条件でクレスタの身柄を引き取ることができた。
地下牢から屋外に出ると、クレスタは眩しそうに太陽を見上げた。
「お昼に外に出るのは久々なのでちょっときついですね。私、夜の方が好きかもしれません」
「待ちなさい。じゃあ、夜は出歩いていたということ?」
尋ねる私を置いて妹はスタスタと歩き出す。そのまま会話を続けた。
「ええ、毎晩。こんな監獄、簡単に抜け出せるとお姉様ならお分かりでしょう。町で宿を一室借りていまして、そこから牢に通っていました」
道理で小綺麗な格好をしているはずだわ……。
「監獄をトレーニングジム代わりに使ってんじゃないわよ……」
何気ない私の言葉にクレスタはピタッと足を止めた。
「……今、トレーニングジムと言いました?」
「しまった……。そうよ、私もあなたと同じ日本からの転生者」
「それならそうともっと早く言ってくださいよ! え、前世は誰だったんですか?」
あなたに毒殺された兄よ!
というセリフを飲みこんで、「あなたの知らない人よ」とだけ言って今度は私から歩きはじめる。
何となくこの子に兄だとばれるのはまずい気がした。いや、何となくじゃなく確実にまずい。今は女性になっているとはいえ、かつて彼女が殺したいほど好きだった人間なのだから。
どう出てくるか分からない分、余計に怖い! 転生者だとはばれてしまったけれど、兄であることは絶対に秘密にしないと! これからは話し言葉に気をつける!
と心に固く誓いを立てていたその時、突然走り出したクレスタが私の前に回りこんできた。
「……もしかして、お兄ちゃん? そうなんでしょ?」
速攻で勝手にばれた!
「ど、どうして分かったの……?」
「前世で二十五年間ずっと一緒に暮らしてきたんですよ。そして、今世でも十四年間一緒。転生者だと聞いた瞬間、話し方や仕草がすぐに一致しました」
そこまで説明するとクレスタは押し黙ってしまった。
私は彼女の様子を注意深く観察する。すると、次第に頬が赤くなっていき、瞳には薄っすらと涙が浮かびはじめた。
この反応はまずい、まずい……。
顔を上げたクレスタは勢いよく私に抱きついてきた。
「お姉様! 世界が変わっても一緒なんて私達は運命の糸で結ばれています!」
「ちょっと待って! 急に豹変しすぎ! あなた、さっきまで私を憎みまくっていたのよ!」
「お姉様の中身がお兄ちゃんと分かったからには話は別です!」
こ、ここは一旦冷静にさせないと。
私はクレスタの体をぐいっと引き離す。
「よく考えてみなさい。今の私は女性なのよ」
「でもお姉様は女性が好きですよね?」
「ええ、大好きよ」
「だったら何の問題もありません!」
妹は磁石のように再度私の体に引っ付いた。
……駄目だわ、逃れられない。
いえ、でもものは考えようじゃないかしら。この子の執着心を私に集中させておけば周囲は安全になる。この子が他の誰かを好きになるということは、その周りで人が死ぬということだもの。(本当にとんでもない妹だわ)
全く離れようとしないクレスタの頭にポンと手を置いた。
「分かったわ、クレスタ。私はあなたの重い思いを受け止める」
「お姉様……! ……あ、ではもう他所の女の子に手を出してはいけませんよ」
…………、え?
「いえいえ、どうしてそうなるの?」
「だってそれは浮気になります。もしお姉様がそんなことをしたら、私、相手の子を……」
途端にクレスタの全身から殺気に満ちた魔力が溢れ出す。
たたたた大変なことになった! 私の生きがいが! 人生の楽しみが!
私が呆然とする一方で、妹は満面の笑みを湛えていた。
「お姉様には私がいれば充分なはずです。前世のように、一途に私だけを見てくれればいいのですよ」
「……今更、前世の私には戻れないわ」
「大丈夫ですって。今世の私はお姉様好みの可憐で儚げな容姿なんですから」
……違う。容姿どうこうの問題ではなく、二回も毒を盛ってきたあなたを私の魂が拒絶しているのよ。
人の気も知らずクレスタは晴れやかな表情でもう一度太陽を仰ぎ見た。
「何だか一気に楽しくなってきました。さあ、私達姉妹の力で王国を救いましょう」
何だか一気に憂鬱になってきたわ……。




