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物乞い聖女

作者: 有郷 葉
掲載日:2026/06/25


 私がこの王国に転生して十五年が経った。


 前世にて地球の日本という国で女子高生をしていた私は、現在と同じ十五歳で交通事故に遭って他界した。その年齢に追いついたということになる。今世では生まれた直後から意識がはっきりとしていたので、精神的にはもう三十路な心持ちだ。


 それで、新たに生を得たこの異世界の王国で私は何をしているのかというと、どうも聖女なるものらしい。

 もう誕生する前からそうなることが決まっていたようで、私に選択の余地は一切なかった。ブラックにもほどがあるけど、一度は死んだ魂を召喚して転生させてもらった形なのであまり文句は言えない。


 さて、聖女として生まれた私はすぐに国王夫妻の養女とされた。位の高い神官によってレイシアと名付けられ、国王の子供達と一緒に育てられる。つまり、王子達や王女達と兄弟のように、同じ扱いを受けることができた。

 そう言うといい暮らしができたかに思われるけど、実際にはそれほどよくもない。私には聖女としての修練があったので。


 幼い頃はまだそうでもなかったけど、修練が本格的に始まった五年前からは本当に辛くつまらない日々を送っている。毎日毎日、魔力を錬って鍛えての繰り返し。

 厳しい指導役であるオリヴィア先生が一日たりとも休むことを許してくれない。あの人に週休二日制という言葉を教えてあげたい。ブラックにもほどがある。


 うんざりするような修練の日々の中で、私の救いになっているのが兄弟の王子達や王女達だった。全員が私より年上であるにもかかわらず、私をレイシア様と呼んで大切に扱ってくれる。

 特によくしてくれるのが第一王子のエドワード様だ。私を気遣ってしばしば美味しいお菓子などを差し入れしてくれた。王子王女達はよく色々とくれるけど、エドワード様は特に頻度が高い。


 不思議なことに、差し入れを貰うと私は体の奥から力が湧いてくるように元気になるんだよね。エドワード様、今日もそろそろ来てくれないかな。


 修練の休憩時間、自室に戻った私は椅子の上でぐったりしながらそんなことを考えていた。


 すると、願望が天に届いたのか部屋の扉をノックする音が。

 弾む足取りで扉を開けると、そこには第一王子、ではなく第四王女のメリンダ様が立っていた。しかも手ぶらだったことにがっかりした私だったが、その気持ちは顔には出さず彼女に用件を尋ねる。


「どうなさったのですか、メリンダ様」

「毎日修練ばかりで大変ではないかと思いまして、本日はレイシア様を気分転換にお誘いに参りました」

「気分転換、ですか?」

「はい、レイシア様、この城の外にお出になりたいと思いませんか?」


 城の、外に……!


 実は私は、生まれてから一度も住んでいるこの城から出たことがなかった。聖女の存在は王国でも最高機密らしく、そのせいで私は外出はおろか、会える人間も王族と一部の人達に限定されている。ブラック異世界ここに極まれりだ。

 そんな私にとって、メリンダ様の誘いはこれ以上ないくらいに魅惑的に聞こえた。


「外に出られるのですか……!」

「私にお任せください。さあ、まずは私の部屋で準備をしましょう」


 こう請け負ったメリンダ様に連れられて、私は人目を気にしつつ城の廊下を移動。彼女の自室に着くと逃げるように中に飛びこんだ。


 それにしても、メリンダ様がこんな風に親切にしてくれるのは驚きだった。

 王子王女の中でも、一番私に興味なさげだったのに。メリンダ様は兄弟の末っ子に当たり、私と年齢が近い十六歳だ。だから、実は密かに私を気にかけてくれていたのかもしれない。


 考えている間に城脱出の準備は着々と進められていた。どうやら変装をして城の門番達をやり過ごす予定らしい。言われるままにメリンダ様から渡された服に袖を通した。

 着てはみたものの、鏡の前で改めて見てみるとこれは……、とんでもないボロ着だね。


「あの……、この格好はあまりにみすぼらしいのでは……?」

「聖女様と見破られないためです。少しの間だけどうか我慢してください」

「……分かりました、我慢します」


 準備が整った私達はメリンダ様の部屋を出て城門へと向かうことになった。


 ……ちょっと待って、メリンダ様の服装はそのままじゃない?

 何か、おかしい。これは引き返した方がいい気がする。ひしひしとそんな気がする……!


 私やっぱりやめます、と言おうとした時には、もう私達は城門の前までやって来ていた。ここで、居並ぶ門番達に対してメリンダ様が私をずずいと押し出す。


「城の中に部外者の一般人が入りこんでいました。皆さん、よろしくお願いします」


 なななな何だってー!

 ボロ服を着たみすぼらしい格好の私を見た門番達は、即座に部外者だと判断した。全員で私を取り囲んで門の外に誘導しはじめる。


「勝手に城に入られては困ります。ささ、出てください」

「待ってください、私は……!」


 説明しようとしてふと気付いた。誰も私の顔を知らないし、彼らは最高機密である聖女の存在すら知らない可能性があると。


 あえなく私は門の外へと追いやられてしまった。

 呆然としているとメリンダ様がトコトコと私の所に。微笑みながらこう囁いた。


「望み通り外に出してあげましたよ、もう戻ってはこれませんけど。……ずっと、お兄様やお姉様に可愛がられているあなたが邪魔だったのです。ちょうどいい服を着ていますし、これからは物乞いでもして生きていってください、レイシア様」


 おのれ、第四王女! 謀ったな! まさかこんな子だったなんて!


 彼女は言うだけ言ってすぐに門の内側に帰っていく。

 私が立ち尽くしている間に重々しい城門は無情にも閉じられた。


 ……ど、どうしよう、一度も出たことのない外の世界に、みすぼらしい格好で放り出されてしまった。お金も所持品もないし、いったいどうすれば……。


 ……ここで悩んでいても仕方ないよね、とりあえず、ずっと見たかった城下町にでも行ってみよう。

 午後の修練に出られなくなったのは不幸中の幸いだし。あ、私がいなくなったことを不審に思ったオリヴィア先生がそのうち捜しにきてくれるかも。

 よし、気持ちを楽にして町を観光だ。


 しかし、実際に観光してみるとそれほど気楽にはいかなかった。

 まずお金が全くないというのが非常に辛い。美味しそうな食べ物が売られていても買うことができないのだから。不幸中の不幸で、私がメリンダ様の罠にかかったのはちょうどお昼ご飯前の時間帯だった。

 結果、町の散策を始めて程なく、私は道の端にしゃがみこんでいた。


 はぁ、お腹が空いてとても観光どころじゃない……。

 あそこにいい匂いのするチキンサンドの露店があるけど、買えないだけに逆に私を苦しめる……。


 うなだれていたその時、すぐ近くでチャリンという音がして顔を上げた。目の前に一枚の硬貨が落ちている。


 ……まさか、ボロ服姿のみすぼらしい格好で道の脇にしゃがんでいるから物乞いと思われてお恵を受けた?

 えーと、これって百リト硬貨だっけ?(前世世界の日本でいうところの百円硬貨と大体同価値)……この硬貨が四枚あれば、あのチキンサンドが買える。この際、背に腹は代えられないか。

 私は転がっていた空き缶を拾うと、その中に百リト硬貨を入れた。そして、道行く人達に向けてトンと設置。


 チャリンチャリン、チャリン……。


 おお、お金を入れてくれる人がちらほらと。五リトや十リトの小銭が多いけど、それでもありがたい。いやー、百リトは大物だったんだね、ビギナーズラックか? あ、また百リトを入れてくれた人が、ありがとうございます!


 喜びで心躍らせる私だったが、不意に我に返る。

 ……私、あの王女から言われた通り、物乞いをしてしまっている。でも、どういうわけかちょっと元気になってきたし、もうすぐチキンサンドも買える。

 うーん……、……よし、とりあえず四百リトが貯まるまでは続けよう。


 空腹に負けた私は割り切ることにした。

 決断した直後、杖をついた上等そうな服を着たおじいさんが私の前で足を止める。彼はごそごそと懐を探りはじめた。

 やった、どうやらお金を入れてくれるつもりみたい。それにしてもこのおじいさん、ずいぶんと腰が辛そうだな。お礼の代わりに治癒魔法をかけてあげてもいいだろうか。私の魔力なんて大したことないから、効果があるか分からないけど。


 オリヴィア先生が言うには、私は聖女としてまだまだらしい。五年間休みなく魔力を鍛え続けているのにどういうことかと思うけど、先生が言うからそうなんだろう。ただ、私は彼女から魔法はおろか人前で魔力を引き出すのも禁止されていた。とはいえこんな時だし、少し使うくらいはいいと思う。

 そんな私が習得している魔法は、光属性の下位治癒魔法〈ヒール〉と、その広範囲発展形〈ヒールワイド〉の二つだけだ。


 魔力が弱く、魔法もたった二つしか使えない半人前の聖女でも、お年寄りの腰の痛みを和らげるくらいはできるんじゃないかな。

 ではいざ、〈ヒール〉!


 私が魔法を発動すると淡い光が周囲を覆った。

 眩い輝きが収束した直後、途端におじいさんはシャキッと腰を伸ばす。不思議そうに自分の体を見た後に視線を私に向けてきた。


「こ、これはいったい……?」

「腰の痛み、和らぎましたか?」

「う、うむ、腰の痛みは完全になくなった……。それどころか全身がとても軽い、まるで数十年若返ったようなのじゃ」


 なんと全身が。じゃあ私の魔法もそこまで弱いわけじゃないんだろうか。聖女としてはまだまだでも、一般の魔法使いと比べたらそこそこだったり?


 おじいさんはまじまじと私の顔を見つめてきていた。


「これはお嬢さんの力によるものなのか?」

「はい、まだまだの腕前ですが〈ヒール〉が使えるんです」

「今のはただの〈ヒール〉なのか! しかもまだまだじゃと!……うーむ、わしは若かりし頃、商人として各地を回って様々な実力者をこの目で見てきた。お嬢さんはまだまだどころではないと思うがのう、わしの筋金入りの腰痛を完治させるほどじゃし……」


 え、私はまだまだじゃないの? だったら、どれくらいの実力なんだろう。

 考えている間におじいさんは、「ともかくお礼をしなきゃなるまいて」と財布を取り出していた。中から引っ張り出した札束をザスッと空き缶に刺しこむ。


「いえいえ! いただきすぎです!」

「今の治療の対価としては安すぎるくらいじゃぞ。それより、お嬢さんほどの使い手がなぜそんなボロ服姿のみすぼらしい格好で物乞いをしておるのか、よければ事情を聞かせてもらえんかの?」


 と尋ねられたので、ずっと修練漬けで幽閉状態だった家からふざけた義姉の計略で追放されてしまったことを話した。


「ふむ、お嬢さんはもしや……。……それで、あなたはこれからどうしたいのですかな?」


 あれ、急に敬語になった?

 まあいいか。だけど、考えたこともなかったな、これからどうしたいかなんて。とりあえず、城に戻りたい……、いや、今までと同じ暮らしがこの先も続くのは嫌だな。私はもっと色んなものを見てみたい。


「……よく分かりませんが、この世界の色々な場所に行ってみたいです」

「なるほど……。では後ほどもう一度お目にかかりましょう。この辺りで少し待っていてくだされ、その金で何かお好きな物でも召し上がりながら。よろしいですね、待っていてくだされよ、レイシア様」


 おじいさんはそう言うと颯爽と歩いていく。彼を待っていた様子の若い男性が驚きの声を上げた。


「旦那様! 腰はどうなさったのですか!」

「完治したっぽいのじゃ」

「これまでどれほどのヒーラーでも無理だった筋金入りの腰痛が! いったい何があったのです!」

「いいから急いで屋敷に戻るぞ。ほれ、急げ」

「何だか若返ってませんか!」


 あのおじいさん、上等な服を着ているし、やっぱりそれなりの身分の人だったんだ。ここで待っていてって……、ん、今、私の名前を呼ばなかった? 気のせいか。

 とりあえず貰ったお金でチキンサンドでも買おうかな。これ、いったい何百個買えるんだろう。


 私は札束の入った空き缶を持ってチキンサンドを販売している露店へ。

 店の前に立つと一層美味しそうな香りが食欲を刺激する。


「すみません、お一つください」


 すると、私の姿を見た店主のおじさんは目を潤ませる。


「お代は結構だ、今とびきりうまいのを作ってやる」


 どうやら空き缶を手にしたボロ服姿の少女は中年男性の涙腺を刺激してしまったようだ。

 ……先に服を買うべきだった。お金ならあるんです、と札束を見せるのも逆に申し訳ない気がするし……。

 ご厚意に甘えるべきか頭を悩ませている間にチキンサンドが差し出され、あまりの空腹に私は即座にかぶりついていた。

 うまっ! そして、なんかまた力が湧いてくる!

 お礼を述べていたその時、店主のおじさんが足を引きずっているのが見えた。


「もしかして足がお悪いのですか? 私にお任せください、〈ヒール〉が使えるのでお代に治療して差しあげます」

「いや、この足は……」

「ご遠慮なさらず。いざ、〈ヒール〉!」


 眩い光が露店を包んだ直後、ゴトリと音がして何かが私の所に転がってきた。


 ひ、足がっ! 私、治療するはずが逆に足をもいで……! 

 いや、待った、これは義足だ。

 視線を上げるとおじさんは体を小刻みに震えさせている。


「し、信じられん……。足が、失った左足が、生えてきた……」

「おじさん、左足がなかったんですか?」

「あ、ああ、五年前の戦争でな……。それで騎士を引退してこの店を始めたんだ」


 今から五年前、王国に襲来した魔獣の大軍との間で大きな戦争があった。城の中も大変な騒ぎだったので私もよく覚えている。本当に激しい戦争だったらしく、このおじさんのように体の一部を失った人も大勢いたみたいだ。


 ……だけど、どうして私の〈ヒール〉で足が生えたんだろう。

 肉体の大きな欠損を復元するのは上位の治癒魔法でも無理なはず。下位魔法の〈ヒール〉には到底不可能なんだけど。

 ただ、さっきのおじいさんの時も今も、いつもより〈ヒール〉の光が強かった気がする。


 頭を悩ませる私をよそに、店主のおじさんはまだ体を震えさせていた。


「あんたの、いえ、あなた様の力はいったい……?」

「……私が知りたいです」


 たとえ筋金入りでも腰痛の治療ならともかく、体の一部が生えるなんて絶対にありえない。これは検証してみる必要がある。


 きょろきょろと周囲を見回した私は、程なく片腕を失くしている通行人を発見。やはり戦争の影響か、割と早く見つけることができた。彼に向けて手を伸ばす。


「すみません、突然失礼します。害のあるものではありませんので。〈ヒール〉」


 男性が光に包まれると、彼の失っていた右腕が綺麗に再生していた。

 やっぱり生えた! 私の〈ヒール〉は何かおかしい!



 ――程なく、町の往来はもう大変な騒ぎになった。

 物乞いの聖女が重傷の人々を次々に治療しているという噂が噂を呼び、あちこちから人が集まってくる。

 そうして物乞い聖女、私は周囲を取り囲む住民達から拝まれていた。


 ……王国の最高機密である聖女の存在を、思いっ切り公にしてしまった。とりあえず、このボロ服を着替えさせてほしい。せめて普通の聖女として公にさせて。


 そんな暇などなく、治療を求める人がひっきりなしに私の前に現れる。

 うーん、やっぱり私の〈ヒール〉で手も足も生えるし、動かなくなったそれらも機能を取り戻す。いったいどうなっているんだろう、これは。


「……私の〈ヒール〉は何かおかしい」

「いいえ、おかしいのは〈ヒール〉ではなく、あなたの魔力です」


 突然の声に振り返ると、そこに眼鏡をかけたスラリとした体型の女性、オリヴィア先生が立っていた。思わず私は彼女から一歩距離を取る。


「……オリヴィア先生、修練に私を連れ戻しにきたんですか? か、帰りませんよ」

「レイシア様、気付いておられませんでしたか。私はずっとあなたを尾行していたのですよ」

「え……、ずっとって、どこからですか?」

「メリンダ様があなたの部屋を訪れ、彼女に連れられてそこを出たところからです」

「最初からじゃないですか!」


 オリヴィア先生はやれやれといった感じで私の全身を眺め、それからフッと小さく笑った。

 明らかに今、何しょうもない罠に引っかかってボロ服着せられているんですか、と思いましたよね……。いっそ口に出してください。

 ため息を一つついた後に、私は話を本題に戻すことにした。


「おかしいのは私の魔力だというのは、どういうことです?」

「ふむ、レイシア様もそろそろ仕上がってきたのでもう真実を話してもいいでしょう。そう思ってあなたが城から追放されるのを見送ったわけですしね。発端は五年前、魔獣との戦争の直後。私が国王様からあなたの育成を託された時に遡ります」


 要約すると、オリヴィア先生は代々王国を陰から支える戦闘一族の末裔で、その彼女に国王様は私を次なる危機に対処できる聖女に育て上げるよう命じた。

 そこでオリヴィア先生はまず私の力を見定めようと様々な検査を実施。その過程で、私が持つ特殊能力に気付いたという。それを最大限に活用すべく、余計な魔法は一切教えずにひたすら魔力を鍛えさせたらしい。


「レイシア様が実践なさっていたのは私の一族に伝わる修練術。五年間続けたことで、通常でもそれなりの魔法の使い手になりました。ですが、これはあくまでも下地作りにすぎません。あなたの真価はその特殊能力を発揮した時にあります」

「だからそれ、何なんです? 自分ではよく分からないんですが」

「いいえ、気付いているはずですよ。まあいいです、教えてあげましょう。レイシア様の特殊能力とは、人から善意で物を貰うと魔力が爆発的に高まる、というものです。おそらく聖女としての転生特典でしょう」

「え! 私にそんな能力が!」


 ……言われてみれば心当たりは大いにある。これまでいつも何か物を貰った時に力が湧いてくる感覚があった。あれは魔力が高まっていたのか。

 私が過去を振り返っている間に、オリヴィア先生は誇らしげに胸を張っていた。


「特典発動中の今のあなたはすでに歴史上のあらゆる聖女を凌ぐ魔力になっています。つまり、聖女史上最強の聖女! 私の自信作にして最高傑作なのです!」


 ……なんか、聖女というよりまるで戦闘兵器のような扱いでは? そもそも魔獣との戦争に備えるためという出発点からしておかしい。先生もだけど国王様もかなり思考回路がブラックだ、一度きちんと文句を言ってやりたい。


 私とオリヴィア先生が話をしている間に、奇跡の〈ヒール〉を待つ人々は続々と増えつつあった。私達のいる大通りはもう見渡す限り人で埋め尽くされている。


「とりあえず皆の治療が先か……。それで結局、私の〈ヒール〉が強力なのは特典発動中で魔力が高まっているからなんですね、先生」

「ええ、物乞いで結構な善意を貰ったようなので相当高まっています。今のレイシア様の〈ヒール〉は人間の肉体なら、息がある状態であればどれほどの重傷でも完治させることが可能なはず。上位の治癒魔法など必要ないでしょう?」

「まあ確かに……」


 と近場の人に〈ヒール〉をかけようとする私をオリヴィア先生が制止。


「ちまちまやっていないで〈ヒールワイド〉を使ってください。こういう時のための範囲魔法なんですから。これくらいの人数ならまとめて治療できますよ」


 数百人くらいいそうだけど、先生がそう言うならいけるんだろう、〈ヒールワイド〉!


 魔法を発動すると大通りにひしめき合う人々全体を光が覆った。

 すぐにあちこちから歓喜の声が上がる。奇跡の治癒を求めてやって来ていた人達は手足が生えたり病気が完治し、付き添いでやって来ていた人達は一段と健康になったようだ。

 全員で喜び合った後に、揃って私を拝みはじめた。


「ふふふふふ、どうです? これが私の育てた聖女レイシア様の力です」


 再び誇らしげに胸を張るオリヴィア先生に、私の中にもやもやした思いが湧き上がる。

 だがその時、聞き覚えのある人物の声が聞こえてきた。


「レイシア様! どうか城にお戻りを!」


 人垣をかき分けて第一王子のエドワード様とその側近達がこちらへ向かってくる。後方には他の王子王女達の姿も見て取ることができた。

 王族一行が私の所に到着すると、まずエドワード様が前に進み出る。


「話は全てメリンダから聞きました。レイシア様、妹の愚行、長兄としてお詫びいたします」


 彼が視線をやった先から兄姉に取り囲まれたメリンダ様が姿を現す。みっちり叱られたらしく、彼女は大号泣していた。


「……う、うう、レイシア様、本当に、すみませんでした……」


 涙でボロボロになった顔でメリンダ様が謝ると、もう一度エドワード様が私の前へ。


「メリンダは私達兄姉をレイシア様に取られてしまったような気持ちになって、あなたを妬んでいたようです。レイシア様は全国民のために辛い修練を重ねておられるので、おいたわりするのは当然のことだと言い聞かせました。どうかこの子を許してあげてください」


 と彼も一緒に頭を下げてきた。

 やっぱり、エドワード様はかなりまともな人だ。そんな風にきちんと謝罪されると私も怒りを振りかざすわけにはいかないよね……。


「分かりました、頭を上げてください、エドワード様。一時はメリンダ様を殴ってやりたいくらいに思っていましたが、もうその怒りも収まりました」


 この私の話を聞いていたオリヴィア先生が、動揺したようにガタンと体勢を崩す。


「……あ、危なかった。危うく大惨事になるところでした……」


 どういうことか尋ねると彼女は「まだお分かりではないようですね、ご自分の力が」と再び解説を始めた。


「先ほど、レイシア様には余計な魔法は教えていないと言ったでしょう。つまり、特典が発動した状態なら〈ヒール〉と〈ヒールワイド〉以外は一切必要ないのです。なぜなら、攻撃魔法も防御魔法も今のあなたの魔力なら全て代替可能ですので。手っ取り早く実感していただきましょう。今回だけ本気の魔力を引き出すことを許可します」


 私は先生から言われるままに魔力を引き出す。次に拳を握り締め、天に向かって突き上げるように指示された。

 よく分からないものの、「頑張るぞ、おー」といった感じで拳を上へ。


 ズドンッ!


 この瞬間、上空を覆っていた厚い雲が吹き飛び、真ん中にぽっかりと大きな穴が空いた。そこから溢れた太陽の光が王都の上に降り注ぐ。


 ……拳圧で空が割れた!(本当は魔力でだけど!)前世のアニメでこんなシーン見たことある!

 拳を掲げたまま、私はゆっくりとオリヴィア先生の方に振り返った。


「私、聖女というよりもはや武神では……?」

「おや、そちらの方がしっくり来ますね。今のレイシア様が魔力を込めて腕を振れば数十頭の魔獣を薙ぎ払い、魔力で皆を包めば強固な結界となるのですから。そして、〈ヒールワイド〉を使用すれば兵は延々と戦い続けることができます」

「……本当に戦争のための兵器みたいですね」

「はい、私の最高傑作です。いやー、レイシア様が城から追い出される時は陰から見ていてひやひやしました。怒り任せに魔力をふるえばメリンダ様は死んでいたのですから」


 いやいや、あの時はまだ何も貰っていなかったから特典は発動していなかったはず。

 と口にすると先生は首を横に振った。


「そのボロ服を貰ったでしょう。下心があったり自分の利を考えていても、少しでも善意が含まれていればあなたの特典は発動します」

「判定基準がゆるい……。うっかりしているとすぐ発動しそうだ……」

「まあ、あの時の特典補強はさほどでもありませんでしたが。しかし、レイシア様は先ほども言ったように通常でもそれなりの使い手。特典なしでも魔力を込めたグーで殴ればメリンダ様の首は飛びますよ」


 オリヴィア先生はほがらかな雰囲気でそう言ったが、聞いていたメリンダ様は青ざめて地面に膝をつく。どうやら普段から距離を取っていた彼女は、私(傑作兵器)の性能を知らなかったらしい。


 一方で、私も力が抜けたように地面に膝をついていた。

 ……このブラック王国め、私の人生を何だと思っているんだ……。


 すると、エドワード様が私の肩にそっと手を添えて語りかけてきた。


「お気を確かに、レイシア様の生活も今日をもって変わります。私達兄弟は父上に退位を迫る決意を固めました。私が新たな王になります」

「それはつまり、私はもう修練をしなくていいということですか?」

「もちろんです、これからは自由にお好きなことをなさってください。ただ、王国が危機の折りは少しお力を貸していただけると助かります」

「そうですね、兄弟を助けるのは普通のことですし、それくらいなら」


 私の言葉に兄達や姉達の顔が一斉に輝いた。

 ブラック王国でも一応は私の母国だし、町の皆の怪我を治療して感じたこともあった。大きな戦争が起こると大勢の人が傷つき、その後何年も苦しむ人達がいる。私が助勢することでその数が減るならやるべきだと思う。結果的にだけど、私にはその力が備わっているんだから。


 これからは新たな国王様の下でホワイト王国になりそうだしね。とエドワード様に目を向けると彼は急にもじもじとし出す。


「その、これは完全に別件なのですが……、レイシア様、よろしければ私の妻になってくださいませんか?」

「…………、……え? エドワード様、私のことがお好きだったのですか?」

「これまで幾度も気持ちを伝えてきたつもりなのですが……。ただ、私とは年齢差がありますので、お嫌ではないかと」


 度々お菓子を差し入れてくれていたのはそういうことだったのか。もっと直接言ってくれないと分からないよ。いや、私がにぶいのか?

 エドワード様は私より十歳上だけど、別にその年の差は気にならない。私だって中身は合計三十路だし。だけど突然すぎて自分の気持ちが分からないというか、結婚というものに今一つピンと来ないというか……。

 もしかして私、恋愛経験値が低いのだろうか? 中身は三十路なのに。


 悩みに耽る私の表情から思考を読んだのか、オリヴィア先生が「ゼロ歳から十五歳を繰り返しているだけだからではないですか」と案外的を射ていそうなことを言った。

 まあ、つまりはそういうことらしい。


「すみません、エドワード様、あなたが嫌とかではなく、私はまだ結婚については考えられません。せっかく自由になれたので、今はもう少し外の世界を見て回りたい気持ちの方が強いといいますか」

「私がお嫌ではないということは、まだ望みはあるということですね。私の配慮が足りませんでした。転生以来ずっと城の中だったのですから。まずは外の空気を存分にお吸いください」

「ありがとうございます。あ、たまに戻ってきますし王国が危ない時は必ず駆けつけますので」


 私達の話を聞いていたオリヴィア先生が大きなため息をついた。


「レイシア様の力があれば王国はもっと領土を広げられるのに。もったいない……」


 この人は自分の作品である私を広く自慢することしか考えていない気がする。

 彼女は残念そうにもう一度ため息をついた後に、視線を往来の向こうへとやった。


「ちょうどいいお方が来られましたよ」


 促されて私もそちらに目を向けると、通常より倍ほど大きな馬車が私達のいる所へと進んでくる。やがて目の前で停車すると側面の扉が開いた。

 中から現れたのは、あの腰痛持ちのおじいさんだった。


「レイシア様、お待たせしましたのじゃ」


 彼の姿を見て最初に驚きの声を発したのは意外にもエドワード様で、すぐにその下へと駆け寄る。


「公爵様、なぜここに……。腰がとてもまっすぐになっておられますが、いったい何が、……ああ、なるほど、そういうことですか」

「ですじゃ。ふむ、王子様王女様方も揃っておいでとは、どのような話になったのかお聞かせいただいても?」


 エドワード様がおじいさんと話している間に、私も事情を知ってそうなオリヴィア先生に尋ねることにした。


「あのおじいさん、公爵様だったんですか?」

「ええ、ゴドウィン様です。元々は旅の商人をなさっていたのですが、この王国に腰を据えたのち、一代で王国最大の商会を築き上げられました。王家に匹敵する財力をお持ちで、公爵の爵位も授与されていますね。王国一の権力者ですよ」


 旅の商人から一国の最高権力者に……。成り上がり方が半端ない。

 衝撃の人生に私が衝撃を受けているうちにおじいさん、ゴドウィン様とエドワード様の話は済んだらしい。二人で私の前へやって来た。


「国王様の退位についてはわしも協力することにしましたぞ。まあうまく事を運びますのでレイシア様は何の心配もございません」

「……王国一の権力者と後継者全員に迫られては、国王様もなす術なしですね」

「ですのでレイシア様、気兼ねなくお旅立ちください。わしのこの馬車を差し上げましょう」


 そう言ってゴドウィン様は乗ってきた馬車に私をいざなう。

 中を覗いた私はその内装に目を奪われた。大きな馬車だけに中もかなり広く、調理スペースに寝具、本棚まで備えつけられている。まるでキャンピングカーだ。

 あっけに取られている私を見て、ゴドウィン様は嬉しそうに微笑む。


「これはわしが趣味で作っていた馬車なのですじゃ。魔法具の調理器具類に魔法具の大容量収納箱など設備も充実しておりますぞ」

「ものすごくお金がかけられていますね……。なのに、私がいただいてしまってもよろしいのですか?」


 尋ねるとゴドウィン様は感慨深げに馬車を眺めた。


「いつかはこいつでもう一度旅を、と思っておりましたがな。腰は治ってももう年ですし、王国の経済も支えにゃなりませんからのう。レイシア様にお使いいただければ本望なのですじゃ」


 分かりました、公爵様の夢も乗せて旅に出ます。

 次いで私がエドワード様に視線を向けると彼は頷きを返してきた。


「お気をつけて、レイシア様。旅を楽しんでください」

「ありがとうございます。結婚についてはあなたが三十路になる前に何とかご返答しますね」


 それから、まだ私を拝み続けている人々の方に振り向くと彼らは一斉に声を揃えて。


「「「「本当にありがとうございました! いってらっしゃいませ、物乞い聖女様!」」」」


 確かにそういう特殊能力だけど、普通に聖女様と呼んで……。

 うん、とりあえず……、このボロ服、着替えさせてもらってもいいですか?







お読みいただき、ありがとうございました。

少し長めの短編でしたが、楽しんでいただけたなら嬉しいです。


ちなみに、『物乞い聖女 連載版』もございます。

この下にリンクを設置しましたので、よろしければそちらから。

「『物乞い聖女 連載版』へはこちらから」をクリックで移動します。

4話目からどうぞ。


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― 新着の感想 ―
ま、まぁ托鉢は立派な修行ですので。自給自足、足りない分は祈りで解決する旅もいいでしょうね。
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