九十七話 すう、根を見る
体内へ侵入してきた魔素のヘビを逆に喰い返したすう。
だがそちらへ集中しすぎたせいで、転がってくる大岩が十数歩程度の距離まで近づいているのに気づかなかった。
杏子の叫びと全身が震えるような地響きでようやく状況を理解するすう。
「おわーっ!」
すうへ抱き着いたままぶつぶつ変なことを漏らす七巫を肩に担ぎ、慌てて走り出した。
広い通路に点在する看板やらマネキンやらを避け、蹴倒して駆けていく。
そこに顔を青くした杏子が並んできた。
「すうちゃんも七巫さんもなんで逃げなかったんですか!? 轢きつぶされるところでしたよ!? どこか怪我を!?」
「えっと、けがって、いうか」
わたわたと言い訳をしようとして、ふとすうは疑問をおぼえる。
すうは魔素ヘビを喰い返す際にあえて自分の体を崩させた。
周りへ気を払う余裕もなかったからその様子は杏子も見ていたはずだ。
だというのにまるで何も起こっていないかのように杏子はすうを心配している。
「あんず、わたしのからだ、どうなって、る?」
「やっぱり何か異常が!? ぱっと見は普通ですけど……でも、さっきもずっとぼんやりしてましたし……」
「ぼんやり」
「と、とりあえず後ろの岩から逃げ切るまで頑張れませんか!?」
必死に走りながらも杏子は純粋にすうたちを気遣ってくれている。
少なくともすうの正体に勘付いた上で見なかったことにしている、とは思えない。
というか体の変化自体が見えていなかったような言い方だ。
——なん、で?
すうは何もやっていない。
なら原因はダンジョンか、魔素か、それとも今担いでいる——。
——ゴォン!
思考を深めようとするとすうの後ろから轟音が響く。
振り向くと、大岩が通路に生えていた石像を轢き壊していた。
それ自体はどうでもいい。ただ振り返ったことでさっきまでより大岩が近づいてきているのがわかってしまった。
「おいつかれ、そう」
「私これ以上速く走れないんですが!」
すうもすうで、復活したとはいえごはんと七巫を抱えている状態だと速度が出せない。
考えている場合ではないとすうは【異形器】を手に持った。
「こんどは、いける」
『ぎゃっ!』
呟くすうへ力強くギャーが鳴いた。
行うのは【つぎはぎトカゲ】の召喚だ。
さっきは魔素が足りなかった。だが今のすうなら——吸収した魔素を【異形器】へ渡すこともできる。
——ヘビが、はいってきたときと、おなじ。
魔素ヘビの侵食を体で経験したすうは、別のものへ魔素を入れる方法も理解していた。
走っている間に魔素は流し込んである。
体内にいたヘビの分だけでは足りなかったため、未だすうへ入り込もうとしてくる魔素も喰い返しながら、大量に【異形器】へ供給していた。
だからもう発動自体はできる、のだが。
「ギャーに、のるじかんが、なさそう……!」
一度足を止めれば迫る大岩はすぐにすうたちを押し潰すだろう。
ギャーを輪に潜らせて、変化して、乗りこむという時間はなさそうだ。
ごはんに気を遣う必要がなければ、すうは七巫一人を抱えていてももっと速度をだせただろう。
そうしたら先へ行ってギャーを召喚して杏子が追いつくのを待つこともできた。
——どうしよう。
「……し、さく……に」
「む?」
一か八か速度をあげようかと考えていたすうの耳に七巫の声が届く。
ただその声は今までのものとは違って聞こえた。
追い詰められている時でもなんだかんだやかましかったのが七巫だ。
普段は軽快に、さっきまでは焦りと恐怖に震えながら、ぺらぺらと口を動かしていた。
だが今の七巫は震えず、怯えず——。
「——こと、よ」
突如、ぐんと七巫が体を起こした。
「こ とよ
ねをさ す
さくら のか みよ
むこ う
こ とい の
ねを くらえ」
低い調子はずれの言葉を七巫が紡ぐと同時。
七巫の体から弾けるように不透明な木の根が飛び出した。
「!?」
木の根がすうの体を貫いたことで、すうは七巫を取り落としそうになる。
だが違う。根っこは貫いたのではなく素通りしたのだ。
すうも横にいた杏子も通り抜ける。その先端はダンジョンの床へ、天井へと到達して一気に根を張り巡らせていく。
恐ろしい勢いで伸びた根はやがて大岩にまで張り付き、絡みついた。
すると、がくんと大岩の速度が落ちる。
「なに、これ!?」
すうは思わず声をあげる。
異様な光景だった。
まるでダンジョンを逆に侵食しているようだ。
「すうちゃん!? どうかしましたか!?」
「どうっ、て……!?」
杏子は辺りへ伸びていく根っこへ全く目を向けていない。
見えていないのだ。
よく感じればわかった。七巫の体から伸びているのは魔素だ。
すうは魔素感知に集中するまでそれにすら気づかなかった。
あまりにしっかりと目で見ることができてしまうせいだろう。
——まどう、ぐ?
七巫が魔道具を発動させたのか。さっきすうたちの状態が杏子にちゃんと見えていなかったのも七巫のおかげか?
——ちがう、きがする。
「ななみ、これ……」
「……」
七巫は沈黙していた。
肩に担いでいるせいで顔も見えず様子はうかがえない。
ただどこか異様な圧力が感じられた。
すうは首を横に振って思考を打ち切った。
とにかく大岩の動きは遅くなったのだ。
「とりあえず、ギャー!」
『ぎゃ!』
ギャーがぴょんと【異形器】を通り抜けた。
べきべきと音を立てながら一気にギャーが巨大化して、すうの横にずどんと着地する。
「わあ!?
「のって!」
「……あっ、『水族館』の時のギャーちゃん!?」
すうは七巫をギャーの背へと放り投げて自分も飛び乗る。杏子もすぐに気づいてギャーへと乗りこんできた。
【ギャギャギャギャ!!】
全員が乗ったのを確認して即座にギャーは走り出した。
前の障害を叩き潰しながら駆けて、駆けて、どんどん大岩は遠ざかっていく。
やがてある程度離れたところで七巫から伸びていた根っこは消え始め、七巫の体へと引っ込んでいく。
「あ……うわっ、え!? なにこれなんか移動してる!? 大きいトカゲに乗って……大きい? おおきい! あははは護衛さんより大きい! えへへへへ安心するぅ……」
やがて根っこが完全になくなったと同時にやかましく騒ぎ始めた。
ギャーの鱗にほおずりする七巫からは異様な気配も消えていた。
「むぅ……」
さっきの現象が一体なんなのかは気になる。
ただもう収まっているならそれを聞きだすより先にやらなければならないことがあった。
「つかれたから、えいようほきゅう……!」
すうは串にかぶりついた。
片手が常に塞がっていると不便というのもある。
ただなによりもうごはんをお預けされたくないのだ。
逃げるのは完全にギャーへと任せてすうは食べるのに専念し始めた。
そしてその横では。
「ここ……もしかして三宮地下街ですか!? 三宮の地下に広がる商店街、かつては地下でありながら広く入り組んでいて、いくつものブロックに分かれていたというあの……!?」
ようやく余裕を得た杏子が辺りを見回して歓声を上げて。
「あっ! 今のこの状況って配信のネタにしたらバズるかな!? 『数百年前から続く一族の巫女が同年代の子とダンジョン潜ってみた』とか!? あっははははは! 取れ高ばっちりだよ護衛さーん! ……ああ護衛さんいないんだっけ、ふっ、うふふっ」
さらに大きなものの上に乗ったことで安心感を得た七巫のテンションが変な方に振り切れていた。
【ギャギャギャギャギャ!!】
そして久しぶりに巨体となったギャーも楽しくダンジョンを爆走している。
正気に戻った杏子が「どうしてこんなことに!?」と叫ぶまであと少し。




