九十八話 すう、七巫にびっくりする
白い照明に照らされた、三宮地下街の広い通路を巨大化したギャーは駆ける。
その後ろから迫るのは大岩と、通路の両端に並ぶ店から飛び出してきた魔物たち。
ショーウィンドウから飛び出してきたマネキン。雑貨店の小物で体を構成したゴーレム。足や羽の生えた包丁など。
追ってくるそれらを振り返って、ギャーの背の上で杏子は顔を引きつらせる。
「これモンスタートレインになりませんかね!?」
「むぐぐ」
曖昧に首を振るすうはまだごはんを食べていた。
串系のものはすでに食べ終えて今手をつけているのは肉まんだ。
ほかほかと湯気の立ちのぼる白い生地を両手で包むように持ち、かぶりつく。
肉まんの生地はパンに似ていた。ただそれよりもっちりしていて分厚く、一口だけだと中の生地に辿り着かなかった。
二口目でようやく肉と野菜の旨味がじゅわっと口の中へ広がった。甘めでありながら濃い味付けにすうは目を細める。
どんどん肉まんをほおばっていき、最後は具無しの生地を口へ放りこんだ。
「はぁー……」
熱を逃がすようにすうは息を吐く。
これで買ったものは全部食べきったと、満足げにおなかを撫でた。
「そろそろいいですか……!?」
「あ、うん」
その横から杏子がずいと迫ってきた。
切羽詰まった様子にすうはこくこく頷く。
「でも、モンスター、トレインには、ならないとおもう、よ?」
言いつつ振り返れば、魔物たちは遅いものから大岩によって轢き潰されていた。
追いつかれたら死ぬのは魔物もすうたちと同じらしい。
ただ魔物たちはぐしゃばきと粉砕されていく同種にも頓着せず、無機質にすうたちを追いかけ続けている。
「たしかに……いえあのでも、岩そのものが近づいて来ているような!? 逃げてた時には気づかなかったけど加速し続けているのでは!?」
「たぶん、そう」
大岩の速度は杏子を追っていた時よりも増している。
もうギャーより少し速いぐらいだ。加速し続けるなら追いつかれるだろう。
「よこに、にげるとか」
「店の中ですか? だったら罠だらけなのでやめておいた方がいいです! 私が入った時には全方向から矢が飛んできました!」
「むぅ」
確かに魔素感知にも多数の反応が感じられた。
どうやらあれは魔物ではなく罠だったらしい。すうの魔素感知だとどっちも魔素の流れが似ているせいで見分けがつきにくいのだ。
ギャーならある程度の罠は踏みつぶせるが、いくつか大きな気配もある。巨大な落とし穴でもあったらまずいだろう。
「それにあの岩、大きさの割にしっかり方向転換して追ってくるんです。店の中にまで突っ込んできたので振り切るのは難しいかも」
「おもったより、やっかい」
食べている間に頭の隅で考えていた打開策がほとんど潰れてしまった。
すうはちらりと、ギャーの背中の端でカメラを持っている七巫へ目をやる。
「しかたない。ななみを、しょうきにもどす」
「七巫さんを?」
「さっき、ちょっとだけ、いわがとまった。ななみが、なにかしてた」
魔素についてはぼかして伝える。
杏子は心底から驚いた様子で七巫へ目を向けていた。
とはいえあの時の七巫は様子が変だったし、生えた根っこからは異様な気配を感じた。
他に策がないわけでもないしすうも頼るべきかは不安を感じているのだが。
「動画にしたらどうなるかなー! 美少女巫女として有名になっちゃーう!」
ただ今の七巫は本当にお荷物でしかない。
あの根っこが使えなくても現実逃避から引き戻した方がいいだろう。
「……どうやって正気に戻しましょうか」
「|こひょうしき、で」
「小兵式(しき)?」
すうはぐっと拳を握った。
―――数秒後。
「面倒をかけてもうしわけありませんでした……」
七巫はギャーの上でぷるぷると震えながら謝っていた。
地に頭をつけた体勢はまるで土下座のよう。ただ七巫の手は自身のおなかに当てられている。
すうの抉り込むようなボディブローの賜物である。
「はやくおきて」
「う、うす」
杏子に介抱される青い顔の七巫を、すうはくいと親指を立てて急かした。緊急事態なのだ。
震えながらも起き上がった七巫に対し、すうはさらに距離が近づいた大岩を指さす。
「あれ、とめてほしい。さっき、みたいに」
今までの様子から、無理だよ!? と叫ぶ姿を杏子もすうも幻視した。
ただそうなったらなったですうは横の店へ突っ込んで大岩をやり過ごすつもりだ。
ダンジョンによって拡張された店には天井が高い構造のものがある。異形トカゲと同じく壁や天井に貼り付けるギャーなら、垂直に壁を登って大岩を躱すことはできるのだ。
この通路だと大岩の高さが天井ギリギリなせいで使えない手だった。
「ああ……使っちゃったのか」
だが七巫は静かに呟いただけだ。
声も体も震えているし、顔色は青いまま。
しかしその桜色の目は貫き通すかのように岩をまっすぐ見据えている。
「ごめん、さっきと同じことをするのは無理かも。でも岩を止めることはできるよ」
七巫はさらりと断言した。
「ど、どうやってですか!? あんな大岩……」
「普通の岩ならできないんだけどね。あれ魔物だから」
「魔物!?」
杏子はもちろん、すうすらも目を見開いた。
「岩型のゴーレム、ではないかな。たぶん岩に擬態してる生物型……侵食型ダンジョンに取り込まれて作り変えられたもの。元は相当強いね。隠し部屋の強敵か……それとも、ボスか」
魔素感知を持つすうですら気づかなかったことを朗々と七巫は語り続ける。
「でも生き物なら、これが効く」
七巫が腕を振り上げる。
その手にはいつの間にか長い釘が握られていた。
それはギャーに突き刺そうとしたものと同じ魔道具。
「【藁人穿ち】」
七巫は腕を振り下ろした。
どすん、と何もない空間へ釘が突き刺さり——次の瞬間。
『ゴオ゛オ゛オ゛オ゛!!?』
大岩から悲鳴のような咆哮が響く。
真っ直ぐに迫り続けていた大岩の軌道が狂い、壁へと突っ込んだ。ドゴォン! とダンジョン全体が揺れるような衝撃が走る。
ギャーの巨体すらわずかに跳ねた。
すうたちが振り落とされないようその背にしがみつく中で、ただ七巫だけが微動だにせず立っている。
すうは見た。
異様な気配を放つ木の根が、七巫の体を守るように覆っているのを。
そして七巫の両手に濃密な魔素の込められた大量の魔道具が出現したのを。
「ついでにドーン!」
「ちょ」
七巫は高らかに叫びながら明らかにヤバそうなその魔道具を放り投げた。




