九十九話 すう、気づかれる?
三宮の地下街を模したダンジョンは静まり返っていた。
さっきまでは大岩が転がり、ギャーがどたどた駆けていた通路。だが今はもうなんの音も聞こえない。
代わりに残っているのはとんでもない惨状だ。
綺麗に磨かれたような通路は広範囲にわたってぐちゃぐちゃになっていた。天井も床も表面が吹き飛ばされてあちこちに岩の破片が突き刺さっている。
周りの店にも吹き飛んだ通路のタイルが突っ込んでいる。店内にいた魔物はバラバラに砕け散り、罠も潰れていた。
そんな店の瓦礫の一部が揺れて、ガラガラと崩れる。
「……いき、てる」
【ギャー……】
「耳が痛い……音が遠い……」
「ふっとんだねー……」
中から出てきたのはギャーとその背に乗るすうたちだ。
全員あちこち汚れてはいるものの、ギャーも含めて体には傷一つない。
ただ吹き飛んだ通路を目にしたことですうも杏子も絶句する。
二人は「やっちまった」という顔をしている七巫へと注目した。
「す——凄いですね七巫さん! 大岩を止めるどころか吹き飛ばしてますよ!?」
「いっぽ、まちがえてたら、しんでた」
そう、この惨状は七巫が発動した魔道具によるものだ。
大量の魔道具を七巫が投げた数瞬後。
ギャーの巨体すらも吹き飛ばすような大爆発が起きて、すうたちは瓦礫へ埋もれることになった。
「だ、大丈夫だから! ちゃんと皆を守る魔道具も一緒に発動してたから!」
七巫が震えながらも言い訳する。
「ていうか護身用に持たされてたものを使っただけだから! 威力が最大限になるようちょっと操ったけど!」
「この威力で護身用なんですか!? ……操ったとは!?」
「私は悪くないー!」
「いえ責めているわけではなく!」
「……」
杏子と七巫が騒ぐ横ですうはギャーの背から降りて通路へと顔を出す。
少し先に、さっきまで大岩があっただろう爆心地が見えた。
爆発が起きた場所なだけあって一際酷い有様だ。床も天井もべっこりへこんで下の岩が剥き出しになっている。
ただそれよりも目を引くのは肉片と、血。
もう魔素によって分解されていっているが、辺りには猟奇的な赤色がべったりとへばりついていた。
七巫が言っていた、大岩に擬態していた魔物のものだろう。
大岩の魔物は爆発で死んだのだ。
「……ちがう」
だがそれは少し間違っていると、爆発までの数瞬を見ていたすうは知っている。
七巫は大量の魔道具を大岩へと投げた。
壁に突っ込んでなおすうたちを追おうと動いていた大岩は、まず魔道具の杭で影を縫い付けられ動きを止めた。
そしてねじれた杭が岩を穿って大穴を開け。
穴の中へと破裂しそうな丸い袋がいくつも入り込み。
その後に青い火のともった松明が落ちて。
直後に内部から大岩が破裂したのだ。
適当に放り投げられたはずの魔道具は、一つ一つが意思を持ったように的確に仕事をこなしていた。
それに。
「ねらってた、の……まその、うすいとこ」
【藁人穿ち】の痛みによって、大岩の魔物には魔素の薄い部分ができていた。
魔導具が岩を貫通できたのはそのおかげだろう。
いま思えば丸い袋以外の魔道具は、込められていた魔素の量は大したことがない。
もし魔素の濃い部分を狙っていたら弾かれていたかもしれない。
魔道具の機能として弱い部分を突くようにできているのか。
いや、操ったという言いぶりからして七巫が操作したのだ。
「ななみも、まそを……かんじられ、る?」
だからこそ魔素の薄い部分を狙ったのかと、すうは眉を寄せる。
魔素が見えることを七巫が打ち明けたのはすうがケーキを選んでいる時だ。
故に、すうは今この時ようやく七巫の能力に気づいた。
大岩が魔物であると看破したのも恐らく魔素を感知したから。
すうが気づかないことも見抜けるということは、すうより練度も高い。
「じゃあ……」
——わたしが、まものだって、バレて、る……?
どくんと心臓が跳ねた。じわりと額に冷汗がにじむ。
だがすうは即座に考えを否定する。
だって、バレているなら今まで誰にも言わなかった理由がわからない。
すうと七巫が出会った時、そこには小兵がいたのだ。あそこで糾弾されたらすうはなすすべもなかった。
だからまだバレていないはずだ。
すうはぎゅっと胸元を掴む。
「まだ、きづかれて、ない」
希望を見出したすうが思わず呟く。
「いや、もう気づいてるよ」
後ろからの声にすうの心臓が再び跳ねた。
硬い動きで振り向けば、いつの間にかふらふらした七巫が近くにいる。
「すうちゃんの秘密はわかってる」
七巫は青い顔でにぃと裂けるような笑みを浮かべていた。
壮絶な笑みにすうは自分が逃げられないことを直感する。
やっぱりバレていた。どうして自分を今まで泳がせていたのか。大岩を吹き飛ばしたように自分も殺されるのか。逃げる? でもダンジョンにごはんはない。
ぐるぐるとすうの思考が空転する。
だが追い詰められているすうに対し、目の前に立った七巫はそっと告げた。
「大丈夫だよ、黙ってるから」
その言葉をすうはしばらく理解できなかった。
だがやがて意味が脳へしみ込んでいくと、ゆっくり顔をあげて七巫を見返す。
「……なん、で?」
魔物が人に紛れ込んでいることを報告しないなど、一体なにを企んでいるのか。
警戒をあらわにするすうに対して七巫の笑みは変わらない。
「大変なのは理解してるつもりだよ。だって私もすうちゃんと同じだもん」
「おなじ……!?」
すうは驚愕に目を見開いた。
まさか七巫も魔物だというのか。
そんなすうの反応に七巫は内心で首を傾げていた。
(あれ、私も魔素が見えるってたしか言ったよね?
すうちゃんと同じってそんなに驚くことかな)
そして盛大な誤解が始まる。




