●幕間 七巫の目
私こと神桜 七巫が魔素を見る目を得たのは、十年前の五歳のころ。
『元街三宮』が討伐された時のことだった。
当時の私は、先代の巫女に連れられて神桜家の屋敷の地下を訪れていた。
そこは特殊な場所だった。
天井も壁も石造りの地下でありながら、暗くもなく冷たくもなく、春の陽気に似た温かさと柔らかな光が降り注ぐ。
地下の中央にあるのは——満開の桜。
私たち神桜の一族が祀ってきた、神桜そのもの。
それを前にして私と先代は巫女としての正装で向き合っている。
さすがの私も五歳の時分では縮こまりながら正座していた。
が、隣の先代——神桜 巫陸は豪快にあぐらをかいていた。
しかも片手に酒を持っている。お神酒とかではない安物らしい。仮にお神酒だったとしてもご神木の前で口の部分を握りしめているのはどうなんだ。行儀とか礼儀とか。
顔にも手にも深いしわの刻まれたばあさんでありながら、そういう仕草が妙に似合う人だった。そのくせ姿勢は無駄に綺麗で、うっすらと桜色の差す長い白髪も輝くようだったのだ。
威圧的な鋭い眼光も合わせて、あぐらの方が正しいのかと私も姿勢を崩しかけたぐらいだ。でもちゃんと正座しとけと言われた。なんでじゃ。
やがて神桜を見上げながらふと先代が呟く。
「ああ——逝っちまったかい、頃鋼」
片手で栓を開けた先代はぐいと流し込むように酒を煽った。
神桜守 頃鋼——頃鋼おじさん。
神桜の巫女を守るもの、神桜守の一族。その当主だった人。
当時の私はよくわかっていなかったが、この時『元街三宮』の討伐にて最前線で戦い……亡くなっている。
見たわけでもないだろうに、その死を先代は察知していた。
そして先代が酒瓶から口を離した直後、私は風のようなものが通り抜けるのを感じた。
ぞわりと全身が総毛立つような気分。と同時に体の中へ何かが入り込んでくるようなくすぐったさ。
ひぃ、とくねくね悶えていると先代はこちらへ目を向けてきた。
「なにか感じたかい」
「どくたーふぃっしゅな……くすぐったさ……!」
「相変わらずふざけた言い方をする子だねぇ。それはいいけどね、今は真剣に答えな」
「なんかはいってきたー」
「そいつは魔素ってやつさ。迷宮から吐き出される物質で……人の体を作り替えるらしい」
「え」
慌てて体を見下ろす。モンスター的な変化を予想していたけど、別に爪が生えたり体が緑色になったりはしない。
ただ視界の端に見えている髪が頭頂部から毛先までゆっくり桜色へと変わっていった。
あと瞳も一緒に変化していたらしい。
そしてさらに劇的な変化はこの後。
当時の私が瞬き一つすると、辺りの景色が一変していた。
「まっくろ……?」
「あんたもやっぱり、見えるようになっちまったかい」
どこか複雑そうに先代はため息をついていた。
私の目に映るのは何もかも染め上げてしまうような黒い輝きだ。地下の床一面がその黒に埋もれている。
「これって……」
「今までの話でそいつが何かはわかるだろう」
「まっくろ〇ろすけ! まっくろ〇ろすけだ! ほんとにあったんだ!」
「真剣になれって言ったろう! あとセリフが別のと混じってるよ!」
大はしゃぎで突っ込もうとしたら首根っこを掴まれたっけなー。
「魔素だよ、魔素! 魔素が見えるようになったんだ!」
「まっそろそろすけ」
「ジ〇リから離れな」
鋭い眼光に圧されて当時の私は頷いた。頭の片隅で巫陸ばあさんはジ〇リに出てきそうだなぁとか考えてたけど。
「どうもあたしらの血筋はそういう風に作用するのかね。あたしには向こう側が透けるぐらいに薄く見える程度だが……あんたは真っ黒と来たか。その分読み取れるものも多そうだが、この土地じゃ日常生活にも不便しそうだね」
どんどん黒い輝きで満たされていく地下を見て、さすがに焦ったのも覚えている。
苦労するね、と先代が軽く頭を撫でてきたのも。
「あと数年で巫女の役目も譲らなきゃいけない。それまでは魔素を見分ける訓練だ」
「不便だとしても、その目はこれからの世界を生き残るためにとても役立つだろう。ダンジョンは魔素でできてるんだからね」
「利用したい奴らも寄ってくるだろうがその辺はあたしが話をつけといた。仕事の話は『根』と『松』に投げな」
「なにかあったら地神のとこにも頼ることだ。それで大概の問題はどうにかなるだろうが……」
「ああ、でも……あたしがいなくなったら、見えるのはあんた一人になっちまうね」
私の目は届く範囲全ての魔素を見ることができた。
元町・三宮の中でなら魔素の巡りを予知染みた精度で読むこともできる。
恐らくこの土地に根付く神桜が関係しているんだと思う。誰にも言ったりはしないけど。
『元街三宮』が討伐されてから出現するようになったダンジョンも、一つとして見逃すことはなかった。
やがて先代が亡くなり、巫女を譲られたのは十歳のころ。
突発的なダンジョンの発生へ対応しなければならないし、政府からの要請で魔素関連の実験に付き合うこともあった。
だから同年代の子との交流はない。神桜家に昔から仕えていた家には子供たちもいたが、彼らは神桜の家を訪れてはならないと決まっている。
必然的に、私の隣にいるのは護衛さん——今代の神桜守だけとなっていた。
私はこの生活にさほど不満はない。配信とかネットとかで調べた因習村が自分の立場そのままだなー、と思ったりはしたけど。まあ楽しいことも多いし。
でも自分と同じ視点を持つ人はもう亡くなってしまった。
頭の上から散る花びらが今日は何枚だったとか、どこかの魔素が動物みたいな形に見えたとか。
そういうことを報告しあったりできないことに、一抹の寂しさを感じてもいた。
そんな中で——私は、すうちゃんと出会った。




