九十九・五話 七巫、後輩ができる
初めてすうちゃんと出会った時、まず感じたのはおかしな魔素。
すうちゃんの周囲の魔素が執着するように纏わりついていたのだ。
魔素の形は手に似ていて、彼女を地の底へ引きずり落とそうとしているみたいだった。
あれはたぶん『呪い』。
罹ると体力が減少したり、妙に魔物へ目をつけられたりする状態異常。『神桜』のメンバーが前に似たような状態になっていた。
魔物か——あるいは、魔道具の副作用でたまに起こる。
副作用は力になることもある。件のメンバーはそのまま元気に過ごしているし、下手に口をだすことでもない。
あまりに周りの魔素が濃くて体内がよく見えないなんていうのは初めてだったけど——でも、それよりもさらに衝撃的だったのは。
その子が、私の上から舞い散る桜を、目で追っていたのだ。
——まさか。いや、まさか。
——見えるの?
動揺はなんとか隠せていたと思う。笑顔を貼りつけてふざけることで内心の感情を押し殺した。巫陸ばあさんから教わったことはちゃんと実践できている。
ただいつもよりふざけすぎたせいで小兵さんに頭を割られそうになったり、死ぬかと思うような殺気を向けられたりしたが……些細な問題だ。頭は超痛かったけど些細!
それから彼女たちをケーキ屋まで道案内をすることになった。
その間にあの子を観察したかったからちょうどいい。
案内中に聞こえた会話から、あの子の名前が『すう』というらしいとわかった。
すうちゃんは、道案内中の反応からして魔素が見えているのはほぼ確定だ。
巫陸ばあさんが亡くなってから数年、初めて出会った見える人。
私と同じ視点を共有できる人。
しかも女の子で、さらに同年代。
いや特例探索者なら私が一つ年上——つまり先輩である!
——ど、どうにかお話をしたい……!
——ともだち……はハードルが高い!
——せめてまた会う約束ぐらいは!
それから私はすうちゃんと……できれば凛ちゃん、杏子ちゃん、潤ちゃんとも仲良くなろうと色々やった。
大量のケーキで身動きが取れなくなった彼女たちを事務所へ連れ込んだり。
元中華街で一緒に観光しようとしたり。
だけど突如ありえないはずのダンジョンが発生し——私たちは吞み込まれた。
それからの記憶は曖昧だ。
さんざん醜態をさらしたことはぼんやり覚えてる。でも意識がはっきりしたのはおなかにもの凄い衝撃と抉るような痛みが走ってから。
そうして目の前に迫る大岩を、今までのお詫びとして魔導具で足止め……しようとして吹き飛ばした。
杏子ちゃんにはすごく尊敬されたけど、すうちゃんからは「一歩間違えたら死んでた」と警戒されてしまったようだ。
ああ、なんでこんなにうまくいかないのか。
吐き気をこらえながらどうにか頭を動かそうとする。だいぶ気分はマシだ。
——まずは地上の状況の確認。
——いやダンジョンの中じゃよくわかんない。脱出しないと。
——神桜の巫女がいないと。
——護衛さんが避難誘導を。
——そうだ、すうちゃんに聞きたいことが。
ぐるぐる思考が回る中、ふと離れていくすうちゃんが目に入った。
吹き飛んだ大岩の跡を見に行ったらしい。
そして同時に杏子ちゃんもぽんと手を叩いた。
「あ、武器になるもの探さないと。私だけ足手まといですし……」
すうちゃんのことは心配していないのか、杏子ちゃんはズタズタになった店内を探しに行った。
大きな召喚獣の上で一人になった私は、もやのかかったような頭でふと気づいてしまったのだ。
今ってすうちゃんと二人で話せるチャンスでは!? と。
そして勢いのまま召喚獣からおりてすうちゃんへ近づく。
するとちょうど彼女がこう漏らした。
「まだ、きづかれて、ない」
その声は後ろからでもわかるぐらい不安そうだった。
ああ……そうか。
巫陸ばあさんや神桜家の人々に囲まれている私と違い、すうちゃんはきっと今まで誰にも魔素を見えるなんて言えなかったんだろう。
でもそれなら私に相談してくれてもいいのではないか。
ケーキ屋にいる時に魔素が見えるっていうのは全員へバラしたし……うん、気持ち悪くてよく思い出せないけどちゃんと言ったはず!
つまりこれは、単に私が頼りないというだけか。
そりゃ色々面倒をかけた記憶しかないもんね、そりゃそうだ。
なら今こそこれまでかけた面倒のお礼を返す時!
自分が話したいとかじゃなく、先達の私がいるから安心していいと伝えるのだ! できればスマートかつ華麗に!
この考えに至るまで多分一秒もかかっていない。なんか今日は頭がよく回るなー!
体調の悪さを気合とテンションで押さえ込んですうちゃんへと話しかける。
「いや、もう気づいてるよ」
まずは安心させるようになるべく優しい笑みを作る!
「すうちゃんの秘密はわかってる」
ただすうちゃんはサスペンスドラマの犯人かってぐらい追い詰められた顔をしていた。なんで?
あっ、秘密に気づいてるっていうだけだとそりゃ不安か。
「大丈夫、黙ってるから」
「なん、で……?」
さらに警戒が強まってしまった。吐き気のせいで流暢に喋れないことが原因だろうか。
もうちょっとしっかり考えを伝えないと。
「大変なのは理解してるつもりだよ。だって私もすうちゃんと同じだもん」
「おなじ……!?」
あれ、私も魔素が見えるってたしか言ったよね?
すうちゃんと同じってそんなに驚くことかな。
……あれ? いや待てよ。私が皆に魔素が見えるってバラした時すうちゃんはもうケーキ屋の中にいたな。
あれ!? じゃあすうちゃんにだけは伝えてなかったってこと!?
「そうは、みえない」
今更気がついたと同時、すうちゃんからじろりと睨まれた。
コミュニケーションの上手くない私でも信用できないと顔に書いてあるのがわかる。
そりゃそうだ。なんの共通点もないやつがいきなり君の秘密を知ってるよと言ってきたのだから。神桜家なら秘密裏に捕まえるぞ。
「あの、実は私も魔素が見えてぇ……!」
全身から汗が噴き出るのを感じながら慌ててカミングアウト。
スマートはどこに行ったのか。きっと最初から存在しなかったね。
「まそが……」
呟くすうちゃんの眉間のしわは一切取れない。
いかん、完全に話し方を間違えた。どうする、どうやってリカバリーする!?
「まそ、みえるのは……まもの、だけ? たしかに、わたしと、ななみしか……でも」
ああっ、なんかぶつぶつ言われているのが怖い!
愚痴や悪口を今聞くと心が折れてしまう。耳を塞ぎながら打開策を考えて、ふと思いついた。
「そうだ、これ!」
私は袖をまくり——腕から根を伸ばす。
「……!」
「いやっ、大丈夫! 今は制御できてるから!」
目を見開いて距離をとったすうちゃん。
前の暴走を見ていたらそりゃそうなる。一声かけてから出せばよかった。ずっと気が利かないんだよな私……いや一人反省会してる場合じゃない。
伸びた根っこを縮めたり複数出したり、お手をさせてみたり。大人しいことをアピールしてみる。
「これは私たちにしか見えないし、証拠になると思うんだけど……」
この根っこは魔素でできている。
もし杏子ちゃんがこちらを見ていたとしても、私がただ手を振っているようにしか映らないだろう。
「……それ、まどう、ぐ?」
「ああ、いや……私の体の一部、だね」
そうだ。これは厳密には魔道具ではない。
神桜家の表にはけして知られていないこと。
神桜の巫女とは——神の桜の一部を、自らの体へと接ぎ木した者。
そうすることで神の桜とより深く繋がって様々な恩恵を受けることになる。
例えば人よりも長く健康に生き続けるとか。
先代こと巫陸ばあさんはたしか百二十を超えていたはず。
魔素の影響を受けた神桜の枝が変質しなければさらに長く生きただろう。
いつもなら当然魔道具だと誤魔化すことだ。でも、すうちゃんにはあまり嘘をつかない方がいいんじゃないかと、つい。
……魔素が見えるのとこれは別の話だ。気持ち悪いと言われたらどうしようか。
「たしかに、わたしとおなじ」
私の心配をよそにすうちゃんは気味悪がる様子を全く見せなかった。
それどころか安心したように息を吐いている。警戒も解いてくれたみたいだ。
「でも、さいごにひとつ」
顔を引き締めるすうちゃんに、何を聞かれるんだと身構える。
「ひとごみ、にが、て?」
「え、うん」
「なかま……!」
なんかもやっとする納得の仕方されたな!? 私が引きこもり気質なのは魔素が見えるのと関係なくない!?
ま、まあいいか。
「そういうわけで、同類としてすうちゃんの秘密は誰にも言わないよ」
「わたしも、ななみのことは、いわない」
ひそひそとお互いに約束し合う。
なんかすごく友達っぽいなこれ!
……ああ、でも浮かれてる場合じゃない。
ここはダンジョンの中。問題は何も解決していないのだ。
「でも、とりあえず今は脱出して地上に戻らないとね」
「うん。……そういえば」
すうちゃんがふと首を傾げた。
「ななみは、どうやってしょうたい、ごまかして、る?」
「ん? あー、私はある程度の人に打ち明けてるよ」
「うちあけ……っ!?」
「あ、でもうちは結構特殊だからね。参考にはしない方がいいかなーって」
なにせ数百年前から体に桜を埋め込んでいるような一族だし。
ただすうちゃんは目を見開いたかと思うと、ぐるぐると辺りへ視線を巡らせ、やがて俯いてぽつりと言った。
「わたしも、いつか——いつかみんなに、はなしたいって、おもってる」
すうちゃんの声は少し震えていた。
「大丈夫。きっと受け入れてもらえる」
だって私が「魔素見えるよ」って言っても、凛ちゃんとか小兵さんは驚くぐらいで普通に受け入れてたし。
「何かあったら私に——そう、先輩に相談してもらったらいいしね!」
おどけて言えばすうちゃんはちょっと笑ってくれた。
「ありがと、せんぱい」
「ふっぐ」
ほんとに先輩って言われた……!
「二人ともさっきから何を話してるんですか?」
「おおう!?」
にやけそうになるのを押さえていると、武器を探しに行っていた杏子ちゃんがいつの間にか戻ってきていた。
「えっ、と」
「脱出方法考えてたよー!」
笑顔で動揺を隠して答える。
「私は魔素が見えるからね! この場に居ながらにして様々な情報を手に入れられます!」
「そんな風にも使えるんですか!?」
「ま、まあね」
純粋な驚きと尊敬のまなざしに罪悪感が刺激される。
ただ嘘でもない。目の届く範囲から魔素を読んでいけば、その流れからダンジョンの出口へは辿り着けるのだ。一度だけだがやったことはある。
「じゃあこのダンジョンの出口がもうわかっていたり!?」
「ちょーっとさすがにそれは無理かなー……!? せいぜい進む道がわかるぐらい……。……?」
慌てて周囲へ目をやって、気づく。
流れがおかしい。
魔素がちゃんと巡っていない? 進む道が——いや。
「出口が、ない?」




