九十六話 すう、喰らい返す
地下通路の天井まで到達するような巨大な岩が奥から転がってきた。
ドゴゴゴゴ、と鈍く重い振動を響かせて、床も柱も触れるだけで破壊しながら迫ってくる。
そんな破壊の権化から杏子が必死に逃げていた。
「あんずっ……!?」
すうが声をあげると同時に杏子もこちらに気づいたようだ。
「二人とも逃げてー!」
息をきらしながら叫ぶ杏子。
だがすうは全身に力をこめていなければ体が崩れるような状態だ。走るなどとんでもない。
そして七巫は岩を見た時点で「わあ、おおきいものだぁ」と現実から逃げている。
「ギャー!」
『ぎゃっ』
すうは咄嗟に手首から【異形器】を外す。
ギャーもまた理解したのかすうの腕から飛んで【異形器】をくぐった。
【異形器】の能力の一つ、【つぎはぎトカゲ】。
『水族館』でしたようにこれでギャーは巨大化する。
それに乗れば逃げることはできる。
『ぎゃっ!?』
だが。
腕輪をくぐったギャーは何の変化もせず地面に落ちてしまった。
「なん、でっ……!?」
声を荒げながらもすうは原因に気づいた。というより【異形器】を外す前からうっすらと気づいていた。
——まそが、たりない。
『水族館』では魔素でできた膨大な水を【異形器】が飲んでいた。
だから発動できたのだ。
だが溜め込んだ魔素は逃げる時にほとんど使い切ってしまっていた。しかもあれからほとんどダンジョンには潜っていなかったせいで補充もできていない。
【異形器】自体は起動できるが、【つぎはぎトカゲ】は使えない。
周りの壁や床を食べさせる? 無理だ。水のように飲むとはいかない。
一応、大岩の速度はそこまで早くない。杏子が走るのより少し遅いぐらいだ。
だけど少しずつ速くなっているように見えるし、数十秒もあればすうたちは引き潰されるだろう。
「——」
体が崩れるのを無視して逃げる?
魔物とバレるし魔素ヘビに対抗できなくなって侵食される。
横にある店の中へ飛び込む?
やろうとしたら杏子がぶんぶんと首を横に振った。ダメらしい。
「……よし」
すうはとりあえずからあげをほおばった。
「すうちゃんー!? なんでいま食べてるんですか!? ……あ、なにか打開策が!?」
遠くから杏子が必死に叫んでいる。
ただすうは策など思いついていない。
死ぬとしてもその前にごはんを全部片づけておこうとしただけだ。思考を止めてこそいないが、おいしいものを食べながら死ねるならと半分諦めていた。
杏子一人だけでもどうにか逃がせないか。そんな方向に考えをシフトさせた時だ。
ざくざくの衣に包まれたからあげを見て、すうはふと呟く。
「……つつむ」
七巫は大きなものに包まれたいと言っていた。
その時になにか思いつきそうだったのだ。
からあげの衣は肉汁を閉じ込めるためにつけられたのだとか。小兵から聞かされた覚えがある。
つまり包むとは——。
「なかに、とじこめ、る?」
すうは自分の体内へ入り込んだ魔素ヘビに目をやる。
左脚。見えはしないがそこにいると感じ取れる。
だがわかっていても手は出せない。
相手は体内にいるのだから。
……そうだ。すうは体内にいるから魔素ヘビには手が出せないと思っていた。
だがそれはすうが人であった場合だ。
すうは、スライム。
ものを体内に取り込み、閉じ込め——溶かして食べる魔物である。
体内にいる魔素ヘビは格好の獲物だ。
だが問題はある。
魔素に干渉することなどできるのか?
「できる」
力を入れるとヘビの動きは止まった。それはつまり魔素に干渉できているからだ。
しかし魔素は食べられるのか?
「たべられる」
だってギャーが食べている。
魔道具も魔物も魔素の塊。似たようなものだ。
では後の問題は一つ。
魔素はおいしいのか?
「たべたら、わかる!」
未知の味へ期待に目を輝かせて、すうは体内に魔素感知を集中。同時にわざと体の力を抜いた。
その瞬間にどろりと体が溶け始める。
それでいい。液体のような体はスライムの感覚を取り戻すのにちょうどよかった。
——たべる。
集中するのは最も侵食されている足だ。状態が酷いからではなく、一番魔素が多いから。
自分の体を食い荒らす魔素ヘビへと、すうはかつてやっていたように体内を動かしてみる。
体自体は問題なく動いた。ぐにゃぐにゃのまま形を変えて膨らんだり縮んだり、咀嚼するように。
ただそれでは魔素ヘビを食べられないらしい。動きづらそうではあるがまだ元気に這っている。
魔素の動かし方はこうではないらしい。
だがすうは止まらずに自分の体を動かし続ける。
いままで魔素を食べるものはいくらでも見てきた。
なにせダンジョンは魔素の塊である魔物を溶かして吸収していた。|魔素感知(センサーを持つすうはずっとそれを感じてきたのだ。
ただヘビだといまいち食欲が湧かない。食材として見たこともないし。
「うなぎ」
すうは病院のテレビに映っていた高級なうなぎを思い出した。ふっくらした身だとか、濃厚なたれだとか、レポーターがおいしそうに食べていた。
——たべてみたい。
そう感じた瞬間、ばくん、と。
ほおばるようにすうは魔素ヘビを吸収した。
魔素を分解して取り込み、自分のものにする。
その感覚をすうは理解した。
コツを掴んでしまえば後は一瞬だった。
体内の魔素ヘビを溶かして、咀嚼して、吸収する。入り込もうとしていた魔素ヘビが最後は逃げるように体外へ向かっていたが、それも捕まえて食らう。
体を好き勝手に暴れていたヘビは全て駆逐し、すうの体はやがて人の形を取り戻した。
七巫に抱き着かれた部分もそのままだ。
ただ肝心の味といえば。
「……よく、わかんない」
無味無臭。というかそもそも味という概念がない感じだ。
新しいごはんにはならないらしい。
すうは肩を落としてため息をついた。
「すうちゃあああん!!? どうして逃げないの!?」
「あ、わすれて……おわーっ!!?」
気づいた時には目前に大岩が迫っていて、すうは七巫をかついで慌てて逃げ出した。




