九十五話 すう、抱き着かれる
「ご……ぃさ……」
響いてくる音にすうは眉をひそめる。
「まものっ……?」
すうは今、侵略型ダンジョンからの干渉をはねのけるために全身へ力を込めている。
四肢を突っ張ったようなこの状態で戦うのは相当つらい。
ただなぜか【異形器】は侵食を受けていない。いざとなったら自動で戦闘をしてもらうこともできるのが幸いだ。
そう考える間に再び声が聞こえてくる。
「ごえいさーん……」
「むっ? ……なな、み?」
その響きには聞き覚えがあった。
騒がしくよくふざける挙動不審なあの少女のものだ。
「どこにっ……?」
声は小さくかすれているがそれでもしっかりと聞き取れるぐらいに近い。
しかしぐるりと目を辺りへ巡らせても姿は見えな……いや見えた。
足元を薄ピンクの何かがずるずると這っている。
「どあっ!!?」
やっぱり魔物だったのか。
咄嗟にすうは【異形器】を起動させようとする。だがその前に薄ピンクが反応してがばっと起き上がった。
「ひ、人の声!?」
薄ピンク色の髪がふわりと跳ねて涙の滲んだ目が間から覗く。
「あ、ななみ」
「すうちゃん?」
ほどけた髪が上半身を覆い隠していただけらしい。
声をかけると七巫はすうを見て呆然としていたが、やがて物凄い勢いで抱き着いてきた。
「すうちゃーん!」
「ぎゃー!?」
おなかへぶつかられた衝撃ですうの体が溶けかける。
どろどろになった各部位を必死で元の形へ戻そうとするすう。だがこんなに密着した状態では絶対にバレてしまう。
しかしすうの危惧に反して七巫は何も気づいていないようだった。
「よかったああ!! いきなりなんか呑み込まれるし護衛さんもいないしみんなとも離されるしぃぃ!! ようやく合流できたあぁぁ……!」
「まっ、ちょっ、ちからっ、よわめてっ……!」
抱きしめられたことで胴体が変に細長くなってしまった。どうにか七巫を引きはがそうとするが体の維持に気を遣っているせいでうまくいかない。
『ぎゃー!』
すると状況を理解したギャーが抗議するように七巫の腕を叩いた。
七巫はギャーへ気づいたかと思うとびしっと硬直する。
「ぎゃぁぁ魔物ぉぉ!?」
かと思えば絶叫と共に手を振り上げた。
声はうるさいけど手が離れた。そう安堵するのもつかの間、振り上げられた七巫の手にいつの間にか何かが握られているとすうは気づく。
それはすうの手よりも長くすうの指より太い釘だった。
しかもその切っ先はギャーへと向いていて。
「魔物退散!」
「まてーっ!!」
『ぎゃー!?』
振り下ろされた釘がギャーに刺さる直前にすうは七巫の手を掴んだ。
「すっ、すすっ、すうちゃっそれ魔物! まもっ、魔物だよ!? 討伐っ……!」
「しょうかんじゅうっ! しょうかんじゅうっ、だからっ! ていうかっ、わたしのうでにもっ、ささるっ……!」
ギャーは七巫の腕にいるのだ。そんな長い釘を打ち付けられたら確実にすうの腕もヤバイ。
「あっ、ご、ごめんっ」
ハッと七巫が力を緩める。
手放された釘は床へ落ちる前に溶けるように消えていった。なんらかの魔道具なのだろう。
そしてすうがそちらへ気を取られている間に再び七巫が抱き着いてきていた。
「なぜっ、だきつくっ……!」
「ご、ごめん……あの、くっついてないと、怖くて……」
「こわいっ?」
すうはどうにか魔素感知で辺りを探る。
だが魔物はいない。追われていたわけではなさそうだ。それに七巫は怪我をしているようにも見えない。
「なに、がっ?」
「……ダンジョンが」
ぽつりと呟いた。
「い、一回ね、『大量発生』のダンジョンに迷い込んじゃってぇ……! し、しかもそこが、めちゃくちゃ真っ暗でさっ。出られないし魔物に襲われるし? そのせいで全部トラウマになっちゃってねー!」
うふふっ、と引きつったような笑い声を漏らす七巫。
「なんなら一人だと動けなくなるんだよね! 今回はすうちゃんたちのこと思い出してどうにかここまで這ってきました! あ、普通に歩けとか言わないでね? 無理だから」
「お、おお……でもちょっとっ、はなれてほしいっ」
「いま離れたら死ぬ……!」
「おわーっ!?」
ぎゅっと胴体を抱きしめられて上下に体が押し出され、変なツボのような形になるすう。
テンパっている七巫はまだすうの状態には気づいていないようだ。ただいくらなんでもそのうち気づかれるだろう。
脱出するより前に体内を暴れる魔素ヘビをどうにかしなければいけない。
だが体内にいる魔素ヘビはどうにもならない。あと七巫に抱き着かれているせいで考えに集中しづらい。
——どうしよう。
「護衛さんがいれば全然平気なのになー……今日に限ってなんで離れちゃったかなー……地上なら大丈夫と思った私のせいですねうふふ……せめて大きいものがほしい、大きいものに包まれたい……」
「……つつむ」
ぶつぶつと真っ青な顔で呟く七巫に、すうは何かを思いつきかけた。
ただ思考が明確になるより早くさらなら状況の変化が襲い掛かる。
——ゴゴゴゴゴ
ダンジョン全体を震わせるような重い振動が響いてきた。
同時にすうの魔素感知は巨大な魔素の塊が迫ってくるのを感じ取る。
「なにっ……!?」
ぎしぎしと鈍い動きで通路の奥へ顔を向ければ、そこから悲鳴を上げる杏子と、天井まで届くような巨大な岩が迫ってきていた。




