九十四話 すう、踏ん張る
足がずるりと液状に崩れて、バランスを崩したすうはどさっと尻もちをつく。
スライムのように崩れた足を見てゾッとすうの体が震える。
「から、だ……もとに、もどって……!?」
——ちがう。
だがすうは即座に自分の言葉を否定した。
液状とはいってもぐにゃぐにゃだ。ぷるんと形を保つスライムの体とは違う。それに自分の意思で動かせもしない。
これは、元の体じゃない。
ただ魔素ヘビが這いずっているせいで体の形が崩れただけだ。
すうはそう強引に結論づけた。
動かせないのは魔素ヘビに乗っ取られているからじゃ? 自分でもすぐに反論が思いついてしまう。
だけど少しでも気持ちを落ち着かせるために無理やり納得した。
今はこの魔素をどうにかしないといけない。
「【異形器】(甘噛み)!」
すうは右腕を異形の口に変化させて溶けた足を噛ませた。
魔素を食べる【異形器】ならこのヘビも食えるかと思ったのだが。
『ぎゃ……』
腕に取りついているギャーが弱弱しく首を横に振る。
【異形器】はあくまで食べた後の魔素を自分の動力にできるだけだ。
魔素を吸い取れるわけではない。
「……っ」
すうは【異形器】を剣の形へと変えた。
——あし、きりはなす。
体の欠損は相当高価なポーションでなければ治らない。
だがこのまま死ぬよりはマシだ。
すうは一気に剣を振り落とそうとし——だがその時、ダンジョンがざわりと蠢くのを感じた。
魔素感知が捉えた感覚にすうは絶句する。
「ダンジョン……ぜんぶが、ヘビ……?」
そう。すうが座り込んでいるこの場所は侵略型ダンジョンそのもの。
壁も床も天井も……空気すらも全て、侵略してくるヘビと同じ魔素でできている。
今まではただ流れるだけだった辺りの魔素が、今すうを認識した。
一斉に大量の魔素がすうへと侵食してくる。
「あ——」
『ぎゃっ! ぎゃー!』
体を這いずり乗っ取られていく。ギャーが必死に鳴いている声が遠くなる。
死よりもおぞましい感覚の中ですうが見たのは。
左手がどろりと溶けて——持っていた串が、ぽろりと落ちるところ。
すうの視界がスローモーションになった。
ゆっくり周りながら地面へ落ちようとするからあげとごま団子とエビ団子とあとその他もろもろ——。
走馬灯のように駆け巡る串を買った時の思い出(数分前)——。
「ごはん!!!!」
すうはダンジョンを震わせるような絶叫をあげた。
その瞬間。
溶けた腕は一気に形を取り戻してバシッと串を掴んだ。
地面から一センチぐらいのところでギリギリだ。あと一瞬遅ければダンジョンに喰われていたかもしれない。
「セーフ……! ……む?」
『ぎゃ?』
からあげが溶けたりしていないか、埃がついていないか。
それを確認してからすうはようやく自分の腕が人の形に戻っていることに気づいた。
いや腕だけではなく足も。なんなら魔素に侵蝕されていた部分全てが。
「あれ?」
しかも魔素感知で感じる魔素ヘビの動きが遅くなっている。
というより完全に止まっている。
特に左腕……串をガッチリ掴んでいる部分は侵食を押し返しているぐらいだ。
どうして、なぜ? すうは呆けた頭で思考を回す。
「からあげが、にがて……? いや、ごまだんご……?」
気の抜けたことを考えると同時、抗議するように魔素ヘビが侵食を再開してまた串を手放しそうになる。
「ふぬぁっ!?」
反射的に力を込めると腕がやっぱりもとに戻った。魔素ヘビの動きも止まっている。
「ふんばるとっ……、ヘビがとまるっ……!」
よくわからないがめちゃくちゃ力を入れると侵食は跳ね返せるらしい。
さっきまですうへ入り込もうとしていた辺りの魔素も困惑したように漂っている。
「ごはんにっ……、いのちをっ……、すくわれたっ……」
串を持っていなければ死んでいただろう。
食べなくても自分の力になってくれたごはんへ感謝を捧げるすう。
「でもっ……、これっ、どうしようっ……!?」
とはいえ状況が解決したわけではない。
魔素ヘビは体内からいなくなったわけじゃないし、こんな四肢を突っ張っている状態ではまともに動くこともできないのだ。
この魔素を消さなければいけない。
「だっしゅつっ……?」
ダンジョンから出れば魔素は消えるだろうか。
しかし侵食型が死ぬ前に吐き出したという魔素はずっとこの元町・三宮に残っているらしい。
それに体の中に入り込んでいる以上、外に出ただけではどうにもならないかも。
そこですうはふと疑問を覚える。
「こひょうたちっ……、どうやってっ……っ、たいしょしたっ……?」
こんな中に入るだけで即死するような状況をどうやって潜り抜けたのか。
小兵ならなんとでもなりそうだが、全員が全員そうとはいかないはずだ。
いや、そもそもこんなことになると話していただろうか。
ダンジョンのことを避けていたせいで話をあまり聞いていなかったすうは、どうにか会話を思い出そうとして。
「ご……さーん……」
そこで何かが聞こえてくるのに気づいた。




