九十二話 すう、喰われる
元中華街の西側——西安門から中央までは土産物屋が多い。
そして中央から長安門(現在は超長安門と呼ばれている)までの東側には、屋台も店も食事系のものが集中していた。
すうは目を輝かせて串を目の前に掲げる。
串に刺さっているのは三つの大きなエビ団子。
エビを潰して丸めてからっと揚げたそれは、一つ一つがすうの口に収まりきらないほど大きかった。
「いただき、ます!」
大口を開けてえび団子へかぶりつくと、がりざぐっ! と大げさなぐらいの快音が響く。
ざっくざっくと咀嚼すればエビの濃厚な旨味とちょっとの甘味が口に広がり、衣の香ばしさと引き立て合っていた。
「ふぉいひぃ」
頬を膨らませたまま顔を緩ませるすう。
その手にはからあげ棒や肉串など何本もの串が握られ、腕に提げられたビニール袋には肉まんやあんまんまで入っていた。
両手いっぱいのおいしいごはん。なんという幸せな状況なのか。
だがエビ団子を呑み込んだ直後にすうは現実を思い出した。
目の前にあるのは人の背中、左右にはしゃべりながら行き交う人、後ろにも人。
人、人、人……屋台が並ぶ東側は西側より遥かに人が多い。
魔物が群れで押し寄せるより恐ろしい状況ですうは孤立している。しかもすうの身長では完全に人の中へ埋もれてしまっていた。
「どうしよう……」
ただどうしてこんなことになったかと言えば、屋台の匂いにつられたすうが一人でこの人混みに突撃したからで自業自得なのだが。
行きは執念で屋台に辿り着いたが、帰りは正気に戻って途方にくれてしまった。
心を落ち着かせるためすうはとりあえずもう一口エビ団子をかじる。おいしい。
「すう! 見つけた!」
直後に凛の声がしてすうは顔をあげる。
だがそこにいたのは周りの人間よりも頭二つ近く大きい、面をつけた男だった。
鬼の面がずんと見下ろしてきてすうは臨戦態勢に入りかける。
ただそれが七巫のそばにいた護衛さんだと気づくと同時、後ろから七巫と凛たちが顔を出した。
護衛さんの巨体を盾に人混みを抜けてきたらしい。
凛は呆れたようなしかめっ面だ。
「あんた急に走り出すんじゃないわよ!」
「ふぉえん……」
「飲み込んでからしゃべれ!」
注意を受けたすうはざくざくとエビ団子を食べるのに集中する。
その間にも杏子が人混みに押されてはぐれそうになっていた。
「な、なんでこんなに人が多いんですか!?」
「『大量発生』の時はこんな風にお祭り騒ぎになるんだよー!」
ざわめきに負けないよう大声で七巫が答える。
「ダンジョンの発生が祭りですって!?」
「たくさんダンジョンがあるってことはそれだけドロップアイテムも多いってことだからね! 物資が潤うんだよ!」
人の波を止めないよう七巫たちは歩きながら話を続ける。
「浅層でも魔道具は出てくるしね! 復興に使われてる魔道具も大量発生ダンジョンから取れたやつが多いよ!」
すうはビルで作業をしていた巨大な手を思い出した。
「しかも今回は特に食材が多くドロップしたの! だから屋台がたくさん出てるしどれも安いよ! 魔物からの産地直送!」
「食欲なくなること言うんじゃないわよ!」
凛が怒鳴る横で、すうは『たしかに』と次のからあげを食べながら頷いていた。
このからあげもさっきのエビ団子と同じぐらい大きくておいしい。
だというのにどっちもたった百円で提供されていた。
ただこれがダンジョン産というのには驚いた。
「ダンジョン、の? ほんと、に?」
ダンジョンの食材など生の異形トカゲぐらいしかすうは知らない。
だから『ダンジョン産でこんなにおいしいのか』と聞いたのだ。
しかし七巫は別の意味に捉えたらしい。
「おっと、すうちゃんはダンジョン食材に抵抗ある? でも今の世の中ダンジョンが関わってない食べ物の方が少ないよ」
一度目の『迷宮災害』で世界の人口は三割近く死亡した。
だがダンジョンに突入した軍隊が持ち帰ったのは未知の技術、未知の素材。ほかならぬダンジョンによって人類は急速に再興した。
だがダンジョンから取れる資源は未知のものだけではなく、既知のものもある。
そしてその中には食材も含まれていた。
全く魔素がない普通の食べ物。肉も野菜も魚も、一般的なものから珍味までいくらでも取れる。
しかも、ダンジョンは破壊さえしなければ無限に魔物が湧き続けるのだ。
「不猟はない、天候にも左右されない! 完成された狩猟民族、ってねー!」
「……理想論でしょ。魔物を討伐するための人手は足りないわ。討伐できるならしておいた方がいいわよ」
凛の声がどこか硬いのにすうは気づいた。
「まあそれはそう。特にこの辺はね、『元街三宮』の討伐後から侵食型が多く出てくるようになっちゃったから」
侵食型は他のダンジョンを呑み込みながら地上へ拡大していく。
だから普段からダンジョンを残せなーい、と七巫はひらひら手を振る。
「最近は一年に一度ぐらいの頻度で侵食型が出てくるようになったしね。まるで呪いだよ。やっぱり討伐した奴らは憎かったのかな?」
「のろい」
呪い。憎い。
すうはその言葉に違和感を覚えた。
かつてここにいたダンジョンは辺りをすっきり食べ終えている。なぜかはわからないがすうにはそう思える。
憎しみは感じない気がするのだ。
「その侵食型がもう少しで出てくるんでしょ? 観光案内とかしてていいの?」
「三日以上は後だから問題ないよ。それに私はダンジョンに潜らないからね! 戦力としてはミジンコほども役に立たないし! 普段は暇だから配信始めようかと思ってるぐらい! 挨拶も考えたしー!」
「三日後か……」
七巫のハイテンションを無視して凛は呟く。
「ねえ、侵食型の討伐ってあたしたちも何か手伝えることあるの?」
「参加してくれるの!? 人手は大歓迎だよ!」
「そ、そう。あ、すうはどう——」
「あれ、おいしそう!」
ダンジョンへ挑む話が出た瞬間、すうは走り出していた。
「はあ!? あんたまた迷子になるわよ!?」
「リン! あのロシアン魔物肉やってみたい!」
「おぉい潤! ロシアンはほんとにやめときなさいよ!? ああもう、あたしは潤を引きずり戻してくるから杏子はすうの方追って!」
「後で合流できますかね!?」
「護衛さんが目印になってるから大丈夫だよー。あ、あと、あたしもその、ついていくね!?」
「はい、お願いします」
凛たちの騒ぐ声を背に。
苦手な人混みの中ですうはあえて一人になって、ぼそっと漏らす。
「いまは、ダンジョン、はいりたく、ない」
すうは現在ダンジョンを避けていた。
何故か。それは隠し部屋の聞き取りをしている時に気づいたからだ。
なんかダンジョンへ潜る度に変なことが起こっているのでは、と。
隠し部屋と『水族館』、そして最初にダンジョンへ戻った時の視線。
潜った時に必ずというわけではない。
でも高頻度でなにかよくないことに出会う。
特に隠し部屋の件では聞き取りも、周りから注目されるのも精神的にきつかった。
すうは注目なんて集めたくないのだ。魔物だとバレたくないから。
「だから、やすむ……!」
町が滅びるとかなら協力する。でも小兵がいてそれはありえない。
というかすうがダンジョンへ潜るのはごはんを食べるためだ。
そして隠し部屋の発見で貯金はたくさんある。
その額、なんと百万円である。
しばらく食費には困らない。
今日は屋台を楽しむのだ!
すでに両手に食べ物をもっていながら、まだ屋台巡りを考えるすう。
するとどこかからいい香りがすることに気づく。
「なんだ、ろ?」
嗅いだことのない匂いにつられてすうはふらふらと歩く。
やがて見えてきたのは大通りの横合いにあるうっすらと暗い路地だ。
「この、さき」
すうは路地へと踏み込んだ。
その瞬間、がっと足が何かに引っかかった。
「ぬぁ!?」
こけそうになったすうは、咄嗟にごはんだけは守って——結果、顔から地面へ突っ込んだ。
「す、すうちゃーん!?」
「大丈夫ー!?」
「ごはん……!」
杏子と七巫の声が少し遠くから聞こえてくる中、すうはまずごはんの無事を確認する。
串は汚れ一つなく、まんじゅうたちも潰れていない。
「よかっ……む?」
安心して起き上がろうとすると、足に絡まった何かが邪魔をして立てない。
すうは足首に目をやり——その直前、ぞわりと魔素感知に反応を感じる。
「!?」
足首に絡んでいたのは地面そのものだった。
コンクリートが隆起して……手のようにすうの足を掴んでいる。
瞬間、すうの脳裏をよぎるのは『水族館』のボス部屋が溢れ出した時。
あるいは隠し部屋が出現した時。
「っ!」
すうは右手に持つ串を左手へ渡し、袖をまくる。
その下から出てきたのは腕輪——いや、腕輪型の魔道具【異形器】。
正式な探索者となったとこで魔道具が携帯可能になったため、すうは【異形器】をずっと身につけていた。
手の先を槌へと変化させてコンクリートを叩き割ろうとする。
だがその瞬間、がくんと体から一気に力が抜けた。
「な……!」
驚愕しながらもすうは原因をすぐに特定する。
自分の足を掴んでいるナニカ……これが、すうの魔素を吸い取っている——喰っている。
魔物であるすうにとっての、命そのものを。
力が抜ける。足にぴしりとヒビが入った。
一瞬で魔素が欠乏する——それは魔物にとっての死。
ゾッとすうの背筋が冷えた。
だがすうはもう力を入れられない。コンクリートを壊せない。
「【異形器】!」
しかし意思持つ魔道具は動ける。
声をかけるより少し早く【異形器】はひとりでに牙を生やした剣へと変化し、足を掴むコンクリートを噛み砕いていた。
途端に魔素を喰われる感覚がなくなる。
どうにか助かったのだ。
「えなに悲鳴!? 裏中華街の巨大ネズミにやられた!?」
「裏中華街ってなんなんですか!?」
だがすうが一息つく前に七巫たちが路地へと入ってきてしまった。
「ままままって!」
すうは足を隠しながら叫ぶ。
今、すうの足はヒビ割れているような状態だ。
それは地上にでた魔物が死ぬ寸前の様子。小兵や松ノ木は知っているが凛たちには「こういう体質だ」と説明していない。
このヒビを見ただけで魔物だと判断されるのか。杏子はそれを知っているのか。
きっと知っている。だって凛も潤も杏子も優秀だから。
どっとすうは冷汗をかく。
もし自分が魔物だとバレたら。殺される? 討伐しようとする?
……だましていたと、悲しむ?
「すうちゃん! 大丈夫ですか?」
だがすうの制止は届かず杏子と七巫は心配そうに近寄ってくる。
「ちょ、ちょちょっと、まっ、まって」
すうは少しだけ後ずさった。
それを合図としたように、すうを中心とした地面ががばっと開いた。
まるで口を開けたようだった。
「は?」
「え」
「わっ」
いきなり支えを失ったことですう、杏子、七巫が落下した。
同時に地面から膨大な魔素が溢れて地面が隆起し始める。
「これ、ダンジョン——」
ばくんと地面が閉じた。




