九十一話 すう、中華街に行く
「小兵さんが帰ってくるまでまだかかるらしいんだ。
だから、それまでちょっと観光しない?
ダンジョンじゃなくなった中華街……今は元中華街って呼ばれてるところ」
なぜかものすごくぎくしゃくしている七巫の提案に、すうたちは顔を見合わせる。
「どうす、る?」
「小兵さんが働いている間に観光はちょっと気が引けますね」
「でも小兵さんは気にしなそうなのよね……」
「行ってもいいと思う。杏子が見たがってたところだし」
「元中華街は観光地としても結構復活してるよ! あのー、ダンジョンの形が割とそのまま残っててね、怪しいものとか変なものが多くて……」
「それアピールポイントになるの?」
「自分はだいぶ行きたくなった」
「えー、あー……あ! あとごはんもいろいろある! 屋台とか!」
「いこう」
「あんたまだ食べるつもり?」
変なもの・怪しいものに食いついた潤と、食べ物に釣られたすうが賛成し、他二人はゴリ押される形で元中華街へと行くことになった。
元中華街。
名の通り元は中華街だった場所であり、侵食型ダンジョンにより取り込まれてしまった場所。
いわばダンジョンの……それも地上を呑み込みめちゃくちゃにしたという『元街三宮』の中心地ともいえる場所。
しかし現在、すうたちの目の前に広がっているのは綺麗に舗装され、たくさんの人が行き交う大通りだった。
明るく、にぎやか。なんならそこかしこに目立つ赤と金の色のせいかギラギラした雰囲気すらある。
「なんか、だいぶ綺麗ね」
「ん」
入り口にある真っ赤で豪華な装飾の門の下、凛が怯んだようにこぼしたのにすうも同意する。
「本当にここダンジョンの中心だった場所?」
「綺麗でしょう! 観光地だからってことで力を入れて復興したからね! おかげで人も来るようになったんだぜ!」
「昔の写真と比べてもそのまま……いえ、だいぶ横幅が広いような」
「その辺は『元街三宮』の影響だねー。ダンジョンが外に手を伸ばした結果、中華街自体も広がっちゃって。この楼門とかもだいぶ変わってるし」
すうたちが門を見上げる。
真っ赤な装飾の中に青く塗られた看板があり、金の文字で書かれた字をすうは口に出す。
「もんあんせい……」
「右から読むのよあれは」
『門安西』。
「わー! これが西安門ですか! ……あれ、あんな彫刻ありましたっけ」
歓声をあげたあと杏子は首を傾げる。
西安門の屋根には石造りの怪鳥が二体、威嚇するように羽を広げていた。
真っ赤な門の装飾に対して灰白色の石像なのにどちらも緻密な造りのせいか妙に違和感がない。
「あれはー、えー、他のダンジョンを呑み込んだ時に構築されたやつ、らしい!」
侵食型は辺りのものを呑み込んで作り変えてしまう。
それは他のダンジョンであっても同じだ。吞み込んだダンジョンが作り出していた風景を侵食型はそのまま再現する。
『元街三宮』であれば『地下街』と『商店街』だ。
「『地下街』の古代神殿みたいなのから取ったのか、それとも『商店街』の商品から取ったのかはわからないけどね」
「あれ壊さないの?」
「それがねー、変に一体化してて壊すと楼門の部分も一緒に崩れそうなんだって。だからまあ、似合ってるしいいかってことであんな風に」
「たしかにいい感じ」
気にしてみると変に思えるが、気にするまでは自然と溶け込んでいる。
おかしな風景へ潤が満足そうに頷いた。
「あー、それじゃあ……えー、よし! とりあえず中華街に入ります!」
「さっきからあんたちょっと変じゃない?」
「そなことないよぉ!」
しどろもどろな七巫をいぶかしむ凛たち。
その横ですうはじっと石像を見上げていた。
「……?」
なぜかこの光景に変な感情を覚えている自分がいる。
すうは疑問を持ちながらも、あわあわと先導する七巫のあとへついていった。
ただ中華街を通っていく中でもその気持ちは変わらない。
「あの店が気になる」
「あれはその辺の石像とか小物を回収して売ってる土産物屋さんだね」
「なにあの建物。ギリシャ神話とかに出て来そうなんだけど」
「あのお店ねー、全部石造りでドアと窓は水晶なんだ。でもあれでちゃんと自動ドアとして動くんだよ。電気も通ってる」
「あの……毒魔物肉ロシアン肉まんってなんですか?」
「それはねー……なにがなにって? うわぁなんじゃあの店!? あってめー違法露店常習犯だなこのやろー!! 裏中華街に帰れ!!」
「裏中華街ってなに!?」
「その魅力的な単語について詳しく!」
「興奮すんな!」
凛たちが騒ぐ横ですうはおかしなところの残る中華街を見つめていた。
やがて、誰にも聞こえないぐらい小さく呟く。
「たべてる、みたい」
いや、みたいじゃない。きっとそう。
侵食、飲み込む。
『中華街』、あるいは『元街三宮』と呼ばれるダンジョンはこの町を食べていた。
すうがごはんを食べるのと同じように、辺りの建物や通路や何もかもを食べ尽くして……そして討伐された。
この中華街はその名残。
死んだダンジョンの中心で、すうは喪失感とも寂しさとも呼べるようなものを強く感じていた。
そう、ここは食べきったあとの空っぽのお皿。
「……からっぽ?」
建物は辺りにいくらでも残っている。なのにどうして空っぽと考えたのか、すうにはわからなかった。
空っぽ。
このお皿が空っぽなら。
食べているのは建物そのものではない?
じゃあ、なにを——。
「あ、ここから屋台とか店とかがあるよ!」
「やたい!」
七巫の一言ですうは沈みかけた思考の海から一瞬で浮上してきた。
「やたい! いこう! いますぐ! どこ!?」
「おぁぇっ、待っていきなり腕掴んで引っ張られるってそそそんなの青春だね!?」
「七巫が変になった」
「ずっと変ではあるのよ」
すうは飛びつくように七巫の腕を引っ張り、何を考えていたかも忘れて初の屋台へと飛び込んでいった。
その足元で、ずるりと魔素が蠢いたことには気づかず。




