八十八話 すう、引っ張る
「——ショートケーキ、と、モンブラン」
悩み抜いた末、すうはケーキを選んでいた。
激しく葛藤しながらもこの二つに決めた理由は単純。
ショートケーキは、見た目からどう想像(妄想)してもおいしいとしか思えなかったから。
モンブランは、逆にどういう味なのか想像がつかなかったから。
「ふう……」
決めるだけで疲労したすう。
だけど選んだ後はもう食べるだけだ。一番楽しい時間である。
「ここもそのうち、ぜんぶたべたい」
ただ今はお金が足りない。
なにせケーキ一つで、マイゼのランチ一つより高い。
とはいえ隠し部屋発見の報酬はもう入っている。
それが全て残っていたらきっと衝動買いしていただろうが——。
「あれ?」
すうはふと疑問を覚えた。
だいぶ長いこと悩んでいたはずなのに誰からも声をかけられていない。
「みんな?」
やっぱり凛たちもケーキを前にしては悩むのか。
そう考えて店内を見回すがそこに凛たちの姿はない。店外にもだ。
この時、七巫は気配を薄める魔道具を使っていた。
【隠れ蓑】と似た効果だ。警戒してある程度近くに寄らなければいることに気づけない。
「いた」
だがすうの魔素感知はすぐに七巫たちを見つけ出した。
店外、入り口のすぐ横にひらりと舞い散るような魔素の巡りがあったのだ。
七巫の周りに渦巻いていたものと同じ。
人間の魔素は小兵のものでも見つけづらいのにそれだけがはっきり感じ取れた。
そして気づいてしまえば全員の姿が見えた。
七巫は慌てて、凛は緊張からか視線を鋭くし、潤はわずかに眉尻を下げて、杏子はただただ不安そうに、申し訳なさそうな小兵を見ていた。
「なにやってる……」
また小兵が何かやったのか。
そもそもケーキ屋についたのに入ってきてすらいないなんて。
一瞬、おいていかれた? と胸がきゅっとなったのを誤魔化すように、すうは大股で店を出て。
「とりあえず、今出てきてるダンジョンを全部潰そうか」
甘い香りの店内から一歩踏み出した途端、なんだか物騒な宣言が聞こえてきた。
「……なんのはな、し?」
「あ、すうちゃん。ケーキ決まったのか?」
「きまった、けど……」
状況がわからない。
すうが目線で説明を求めれば小兵が少し考えて口を開く。
「私が今から『大量発生』してるダンジョンを潰してくるって話」
「え!?」
すうが愕然と目を見開いた。
「お、おごりのはず……! おかね、どうすれ、ば!?」
「あんた気にするとこそこ!?」
「いやお金は渡しておくから」
「じゃあいいか」
「変わり身はやっ」
財布を渡されたすうはにこにこで小兵を送り出し、店内へ戻ろうとする。
「いや待ちなさいよ!」
「……なに?」
だが凛に肩を掴まれ止められてしまった。
「『大量発生』とか侵食型とか、さっきから大事でしょ!? 気にしなさいよ!」
「「『たいりょう、はっせい』……? しんしょく、がた……?」
「全部忘れてる!?」
「目がケーキになってますね……気持ちはわかりますけど」
「意外とこの子ボケ側なんだ?」
「天然ボケだと思う」
「だとしても問題が起こってるのはわかるでしょ!? 心配にならないの!?」
「しんぱ、い?」
すうはきょとんと首を傾げる。
「こひょうがいく、のに?」
瞳には恐れも揺れも何一つなく。
ただ全幅の信頼がその一言に籠っていた。
よくわからないが小兵が戦って解決させるのだろう、と。
ただ問題なのは侵食型が出てくるころにはその小兵がいないということだ。
と、凛も七巫もわかっていながらつっこめなかった。
告げるにはあまりにすうから放たれる圧が強かったのだ。
たぶんこれ以上ケーキを先延ばしにすると暴れ出すだろう。
「それに、りん」
肩を掴む手を逆に握ってすうは凛を真正面から見返す。
「ケーキやにいて、なやんでいいのは——えらぶけーきの、しゅるいだけ」
「都都逸……?」
呟くような七巫のツッコミを気にも留めず、すうは凛と、さらに杏子と潤の腕も掴んで店内へ引っ張っていく。
「わかったら、はやく、きめて」
「わ、かったわよ! わかったから引っ張んな!」
引っ張られながら凛は振り返った。
「——小兵さん、あの、お願いします?」
「えぇと、お気をつけて?」
「がんばってください?」
なんと言ったらいいかわからないのか、疑問符つきになる凛たちへ小兵は笑う。
「ああ、任せろ」
その様子にちょっと考え、すうも振り向き小さく手を振った。
「いってらっしゃい」
そうしてすうたちは店内へと入り、自動ドアが閉じた。
それからしばらく。
すうの前にはいくつもの箱が置かれていた。
蓋の部分に赤字でヨウハイムと書かれたその箱を、シールをはがしてすうはそっと開ける。
その瞬間、広がるのはふわりと甘い匂い。
そして中身は——。
「ふおぉ……!」
ふんわりとした生クリームの上に真っ赤なイチゴの乗ったショートケーキ。
栗のペーストがうねるように塗られたモンブラン。
輝くジャムを纏う薄いパイがケーキへそっと被せられたキルシュトルテ。
夢のような光景が詰まった箱。
しかもそれはまだまだテーブルにいくつもある。
その光景を見て、七巫が感慨深げにため息を漏らした。
「は~~凄い量のケーキ。うちの事務所のテーブルでもギリギリだね」
そう。
今すうたちは探索者ギルド『神桜』の事務所で、ケーキを広げていた。
「落ち着かないんだけど……」
ぼやく凛。
対してすうは全く気にせず手を合わせた。
「いただき、ます!」




