八十七話 小兵、出陣を決める
『魔物は魔素でできている』
『いや、魔物に限らないね。ダンジョンそのものが魔素の塊なんだそうだ』
『だから魔素そのものに干渉できればダンジョンの中へ入らず壊すこともできたりしてね』
『ははは。まあ、夢物語なのはそうだなぁ』
『人は魔道具なしに魔素への干渉はできないし、できたとしてもそれだけでダンジョンを討伐できた試しはないらしい』
『もし魔素が見えたら?』
『そうだなぁ——』
『もしかすると、ダンジョンというものの正体を暴けたりするのかもね』
昔、使間が語っていたことを凛はふと思い出した。
魔素が見える。
七巫からそう告げられた凛たちは困惑していた。
「なにかな、その『今までふざけてたやつがいきなり何言いだしてんだ』みたいな目は!」
「ふざけてた自覚あんのね……じゃなくて! その……」
「魔素が見えるって、本当に? 魔道具は関係なく生身で?」
逡巡する凛の横から潤が聞いた。
「生身だよ。この目が義眼の魔道具とかそういうこともない」
「小兵さんも知ってたんですか?」
「魔素が見えるとは知らなかったな。先代と会った時にも巫女の力ぐらいしか言われなかったし」
「でも人が魔素を見れるなんてもっと話題になっているものなんじゃないんですか? ……というか、こんな往来で話すことではないような」
「人に聞かれる心配はないよー。護衛さんが気配を薄める魔道具を使っています! あと周りの警戒もしてくれてる」
ずっと無言で立っているだけの護衛さんも仕事をしていたらしい。
「で、話題になるとかは……神桜の伝手でいろいろやって隠した、って先代が言ってた」
「いろいろ……」
「何したのか詳しくは知らないんだよねー。『迷宮災害』以前は大して影響力もない家だったはずなんだけどね」
後ろ暗い感じのあれこれを想像してしまい、はっと頭を振る凛。
「で、でも隠すようなものではあるってことよね。じゃあ小兵さんはともかく、なんで私たちにまで話したのよ」
「え、そりゃあ…………ん?」
七巫の目がまずすうを見た。
次に凛、最後に小兵へと視線が向かう。
そして小兵から見返されると同時、一つ頷いた。
「うん、まあ、ノリ?」
「あんた大丈夫……?」
「ははは、純粋な心配でこころが痛くなることってあるんだね」
凛にすらもはや普通に心配され七巫は笑ってごまかす。
「まあそれはともかく! この神桜の巫女たる私がいればダンジョンの場所なんて一瞬でわかるから問題ないっつーわけでさぁ!」
「能力が本当でもうっかりが怖くなったわ」
「性格の方から攻められると傷つくからやめてね。しかもこの目もそんなに万能でもないっていうね」
七巫は悲しい目で胸をおさえつつ、付け足す。
「予知染みた真似ができるのは元町・三宮にいる時だけで、この辺から離れると見ることすら満足にできなくなっていくし」
「なにそれ。どういう理屈?」
「うーん、代々ずっと住んでた土地だけわかる、とか?」
本人にもわかっていないらしい。両手を組んで首を傾げている。
「あと見えはしても魔素を操ってダンジョンを封じる、とかもできないし——なにより、侵食型はどこに出るのかわからない」
「なんだと?」
小兵が声をあげたことで七巫は慌てて手を振る。
「いや全くわからないわけじゃないですよ? でも侵食型が出る時の魔素の動きって安定しないんです。こう、大きくうねる波の一部がいきなり変化する感じというか」
「その言い方だとこれまでにも侵食型が出てきたことはあるんだよな? そして対処もできていた。今回に限って人を増やす理由はなんだ?」
んー、と悩むように七巫が体を傾ける。
「なんか今回に限って発生したダンジョンの魔物が強かったり、変に道が入り組んでたりして討伐が遅れてるんです。しかも魔素のうねりも大きくて……侵食型が大きくなるかも、みたいな?」
「巨大化した侵食型……? それがもしも他に発生してるダンジョンを取り込んだら」
「『元街三宮』の再来、とまでは行かないと思いますけど……警戒はしてます」
凛たちが体をこわばらせる中、小兵は口元に手を当てて眉を寄せている。
「あんまり人も集まってないし、ぜひとも小兵さんには参加してほしいなーって」
「あー、ごめん。ここまで話を聞いといてなんだけど私は無理だ」
「あれ!?」
「え!?」
七巫のみならず凛たちも啞然とする。
「大きめの仕事があってな。明日から暇がなくなる。今日侵食型が出てきてるなら参加もできたが……」
「出てくるのはまだ何日か後、です、ねぇ」
「適当な会議とかなら断るんだがな。こっちもかなり重要だ。悪いな」
「い、いやまあ、大丈夫だとは思うんですが」
「とはいえ……」
小兵の目が凛たちへ向いた。
三人は口こそ挟まないもののまずいことが起こっているのは理解しているのだろう。全身の緊張が一目で理解できるほど固まっていた。
ただ小兵にとってその状況は好ましくない。
元は気分転換を考えていたのだから。
「このままだと凛ちゃんたちもケーキって気分じゃなくなっちゃうしな。ある程度は心配を取り除いておこう」
「取り除く?」
顔を上げた七巫へ。
「とりあえず、今出てきてるダンジョンを全部潰そうか」
小兵はこともなげに宣言した。
「……なんのはな、し?」
そしてようやくケーキを決めて小兵を呼びに来たすうは、妙な緊張感に首を傾げていた。




