八十六話 すう、ケーキに悩む/神桜、その一族
工事用のフェンスで大部分を覆われた商店街の中。
入ってすぐ左に、目当ての洋菓子店——『ヨウハイム』は建っていた。
「ケーキ!」
ガラス張りの入り口からケーキが見えた瞬間、すうは今までの話を全て頭の奥に追いやって店内へ突撃していた。
自動ドアをくぐり、ふわりと甘い香りが漂ってきた。
そして店内を見回したすうは思わず足を止める。
「ケーキ、だけじゃない……!」
どこを見ても色とりどりのお菓子たちが飾られていた。
ショーケースの中で輝きを放つケーキたち、その奥には綺麗に包装されたクッキーなどの焼き菓子。
中でも目を引くのは左側。
縦に伸びる長方形のガラスに囲まれた丸いお菓子。
すうはその名を杏子から聞いていた。
「バウム、クーヘン」
バウムクーヘンはいくつもの種類に分かれて芸術のごとく並んでいる。
背伸びをして見下ろせば、まるで切り株のごとく年輪のような模様を持っていた。
「おおお……!」
すうはヨウハイムについてもケーキについてもほとんど調べていなかった。
実物をその目で見たいと意地を張っていたのだ。
だが今、その判断は間違っていなかったとすうは店内を見回し歓声をあげた。
「どれ、えらんでも、いいの……!?」
バッと小兵を振り返る。
小兵は苦笑しつつ頷く。
「もちろん。おごりだからな」
満面の笑みを浮かべ、すうはショーケースに張りついてじっくり洋菓子たちを眺め始めた。
そんなすうを入り口横から見つめて凛は眉を寄せる。
「あんな話聞いたあとでよくあそこまではしゃげるわね」
「ダンジョンの『大量発生』ですもんね……」
「杏子、目がケーキに釘付け」
「あー……凛ちゃんたちには聞かせない方がよかったか」
どうも気が利かないな、と頭を掻く小兵。
「でも『大量発生』だけなら本当に警戒しなけりゃいけないほどの話じゃないんだ」
「なんでですか!? そりゃ小兵さんぐらいの人なら三階層ぐらい数分で攻略できるかもしれないけど、何十ものダンジョンが現れるんでしょう!?」
「ふふふ」
興奮する凛へと、七巫が笑みを浮かべた。
~一方、ケーキを眺めているすう~
「これが、ショートケーキ」
しっとり柔らかそうな生地と、その間に挟まった真っ白なクリーム、クリームの中にはみずみずしい果物。
そして頂点にそっと乗せられた真っ赤なイチゴ。
口に入れれば、きっと層がほどけながら生地とクリームが絡み合うのだ。
想像するだけですうはにへらと笑みを浮かべてしまった。
笑みを浮かべた七巫へ凛が鋭い視線を向けた。
「なにがおかしいのよ……!」
「いやおかしいわけじゃないよ。その年齢でちゃんとダンジョンへ危機感を持ってる人はあんまり多くないからね」
「は?」
「特例探索者だとやっぱり同行者からしっかり教えられるからかな」
同行者、という言葉に凛が一瞬固まった。
「だからまず、なんでそんなに警戒しなくていいのかを説明するね」
そんな様子に気づいていないのか七巫はそのまま話を続ける。
「まず一番基本から——ダンジョンが脅威だとされるのはなんでだと思う?」
「……『迷宮災害』が起こるから」
答えたのは潤だ。七巫はその通りと頷く。
「ボスも含めて全ての魔物が無限かと思うぐらい溢れ出す『迷宮災害』……それが一番危険。でも逆に言うとね、魔物が出てこなければダンジョンは脅威にならないんだよ」
「……!」
思いつきもしなかった考えに、凛たちが目を見開いた。
~一方、ケーキを観察しているすう~
ケーキの並びを見ていたすうは目を見開いた。
「ケーキ……もとは、このかたちじゃ、ない?」
すうの目の前にあるのは細い三角形のケーキのみ。
だが、その切っ先を中心へ向けて配置されたケーキたちは……間を埋めると、ぴったり丸型になるのだ。
「ケーキは……まるかった……!」
驚愕の答えにすうは到達した。
驚愕の答えに凛たちは絶句していた。
「溢れさせなければ、って。そんな……」
「ダンジョンで恐ろしいのは『迷宮災害』。じゃあ『迷宮災害』が起こる原因はなにか知ってる?」
二の句を告げない杏子に七巫が問いかけてきた。
「……しばらく魔物を討伐しないでいること、ですよね」
「そうだね。魔物を討伐しないと溢れてくる。別にダンジョン内へ魔物が増えるわけでもないのにね」
「増えるのは魔物じゃなく、魔物を生み出す魔素そのものらしいな」
横から知識を添えてきたのは小兵。
「ダンジョンが魔素を生産し続けた結果、余った魔素を放出するとか。あるいは溜め込み切れなくて溢れるとか」
「魔物を討伐することで人は魔素を吸収する。そうしたら外へ溢れることはなくなる、と。……まあこれも仮定らしいですけどね」
「ただ実際定期的な階層殲滅を行うようになってから『迷宮災害』は起こらなくなったな」
「つまり!」
七巫がびしっと指を立てた。
「ダンジョンが出現しても魔物さえ倒しておけば危険はなくなる! その間に討伐してしまえばオッケー! 完璧な理論!」
「穴だらけでしょうが!」
「ええっ、どこが!?」
「ダンジョンに挑み続ける人手はどうすんのよ!?」
「人手がどうにかなっても出現する場所がわからないのでは」
「いくつ現れたかも完璧に把握しないといけない。一つでも見逃したら成長して脅威になる」
「ははは、反論できないや」
「……」
「待っ……凛ちゃっ、首、絞まっ……!」
「ふざけてんじゃないわよ……?」
七巫が締めあげられる中、護衛さんは微動だにしなかった。
~一方、ショーケースの前で微動だにしなくなったすう~
「……」
いくらおごると言われても全種類を頼むのは気が引ける。
かといって適当に選ぶことは許されない。
ケーキの味を知らないが故に、見た目となんとなくの印象から味を想像しなければならない。
すうは悩み、必死に頭を動かしていた。
七巫は必死に凛の手を叩いていた。
「ちゃっ、ちゃんとあるっ……作戦はあるんでっ……!」
「真面目に話しなさい」
底冷えする声で告げて凛は手を離した。
ぜえぜえ息を切らせつつ七巫は姿勢を整える。
「ま、まず人手に関しては『神桜』で十分に対応できるよ。うちはギルドだから」
ギルド。
探索者のパーティーを、さらにいくつも集めたもの。
「第一次『迷宮災害』から戦い続けてるベテランもいるし戦力的には問題ないよ」
「なるほど……じゃあ出る場所や数の把握も人海戦術ってこと?」
「んーん、その辺は私が全部やるよ」
さらっとした宣言に、凛たちは少しの間考えて。
やがて凛がすっと七巫の胸ぐらに手を伸ばした。
バッと七巫が避けた。
「シームレスに首を絞めようとしないでくれないかなぁ!?」
「ふざけんなって言ったでしょ!? あんた一人で何ができんのよ!」
「これは本当だって! うちは神桜一族っていう結構古い家で……!」
七巫は焦ったように説明をする。
「神桜の一族には、代々土地の力の巡りを見る巫女がいるんだよ」
「……なんの話?」
「魔素が土地にしみ込んだからかな。先代も、私も、その動きが目で見える。魔素を内包するダンジョンが、どこに現れるのかも」
またふざけている、と凛たちは思った。
「実際、先代の神桜はダンジョンがどこに現れるか言い当ててたな」
「小兵さん……?」
だが小兵までもそれを認めた。
「元から備わってたというよりは、魔素を取り込んだ影響じゃないかな。小兵さんがものすごい身体能力を得たみたいに——」
七巫は、ちらりとすうを見た。
「神桜は、魔素を見る」
~一方、まだ悩んでいるすう~
「……マロンクリーム?」




