八十五話 すう、いろいろあったけどとりあえずケーキ屋に着いた
「『元街三宮』ができたのは十年前——第二次『迷宮災害』と同時、でしたよね?」
「ああ。その時に侵食型が初めて確認された。そのせいで判明が遅れて一気に拡大されてしまったんだ」
七巫はくるくると指を回して語り出す。
「なにせ地上を丸ごと取り込むからね。そこにいた人間も強制的にダンジョンへ入らされるの」
「避難もままならなかった。ダンジョンと普通の町の境目が判別しづらい上にどんどん侵食が広がるんだ。安全な場所へ運んだと思ったら、離れてる間にそこがダンジョンになって避難者が襲われたりな」
目を伏せる小兵。
その重い言葉に七巫も含めて全員が怯む。
「その時は駆けつけて魔物を皆殺しにしてダンジョンの壁ぶっ壊して全員また避難させたが……」
「あ、無事だったんですね!? よかったけども!」
「侵食型は普通のダンジョンより楽に壁が壊せるんだ。なんなら上空から爆撃して討伐できた例もある。中に広がらない場合は強度が低くなるらしい」
「いや構造の話ではなく……うん、まあとにかく大変だったらしいよ」
とりあえずつっこむのはやめて七巫は話を進める。
「しかも討伐後にもいくつか問題が出てきてさ。例えばダンジョン自体は元に戻ったんだけど、作り変えられた建物は変に残っちゃうとか」
七巫が横へ目をやる。
駅前の奥まったところにすうと同じぐらいの大きさの、人型の模型があった。
頭と足が逆についたり、腹に口があったりと不気味な形だ。
「こういう模型やら建物やらがあちこちにあるんだよ。私が乗ってた石像もダンジョンの名残だね」
「ああ、だから……」
みおぼえがあった、とすうは呟いた。
形だけ真似をした姿は『水族館』の罠もどきに近い。
「道そのものも作り変えられたりしちゃったから昔の地図は役に立たないんだよ」
「一応これ一年ぐらい前に作られたものらしいんですが」
「復興が進んでるから直近の地図も役に立たなかったりするよ!」
「住んでる人たちは迷わないんでしょうか……でも、復興が進んでるのはいいことですね」
「まあね。少しずつ整えて行けばいいからそれ自体はまだいいんだけど。もう一つ厄介な問題があってさ」
七巫は声を潜める。
「ここからが本題なんだけど……『中華街』こと『元街三宮』はね、討伐された時に膨大な魔素を吐き出したんだって」
「まそ、を?」
すうはちらりと下を見た。
ここへ来た時に感じた魔素の濃さは移動している最中もずっと感じられる。
「元町・三宮を覆って余りある量の魔素が土地へしみ込んだの。それからしばらくして——この辺りでは、ダンジョンの『大量発生』が起こるようになった」
「ダっ……!?」
引きつったような声を上げたのは凛。
「ダンジョンが、大量って」
「そりゃもうあちこちに出来たらしくてね。最初期は一か月で三十以上も出てきたとか。三階層より先がない浅いものばかりではあるんだけど、それでもヤバいんだよ」
「ヤバいなんてもんじゃないでしょう!?」
「それ、今も出てくるの?」
凛たちの剣幕に七巫はわずかに目を見開きつつ説明を続ける。
「うん、今でも『大量発生』は続いてるよ」
「それで、なんでこんなに平和なんですか……!?」
杏子が辺りを見回した。
駅前から離れても人通りは多く、誰もダンジョンが大量に出てくることへ不安を抱えているようには見えない。
「色々と理由はあるけど……まあ初期に比べたらマシなんだよ。今は三か月に一回、季節の変わり目ぐらいにしか『大量発生』は起きない。発生する数も少しずつ減っていってたから」
「だからって!」
「まあ落ち着け凛ちゃんたち」
小兵が肩を軽く叩けば興奮していた凛たちの勢いが少し落ちた。
「でも、小兵さん」
「とりあえずこの辺の現状はわかっただろう? で、私たちに声をかけたってことはその平和が崩されそうってことか?」
「崩れるとまではいきませんけど、警戒はしてます」
七巫は腕を組んで眉を寄せた。
「今回の『大量発生』はもう始まってるんですけど、どうも侵食型がそのうち出てくるみたいで」
「おいおい」
小兵の気配に威圧感が混ざり始めたのを誰もが感じ取った。
だが当然だろう。侵食型とはつまり、先ほどまで散々厄介だったと語っていた『元街三宮』と同じということだ。
しかしすうたちが緊張する中で七巫は全く顔色を変えない。
「だけどどこに出るかはわからないんですよね。なので他のダンジョンの討伐と、侵食型の捜索を手伝っていただきたいんです。——あ、あと」
さらに追加される情報にすうたちは身構えて。
「つきましたよ、ヨウハイム!」
「ケーキ!」
指し示された洋菓子店を見た瞬間、すうの頭から色々なことが吹き飛んだ。




