八十三話 すう、神桜と出会う
地図を持つ杏子が先頭となってすうたちは三宮を歩いていく。
歩道橋を越えて向かいの歩道へ。ビルを見上げつつ角を曲がって横道へ入ると、現れたのは両側に高いフェンスが張り巡らされた住宅街だった。
「この辺りはまだ当時のままなんでしょうか」
フェンスの隙間から見えるのは損傷の激しいマンションや一軒家。
たまに全体が真っ赤に塗られた派手な建物や、石造りの像も目に入った。
「?」
他と比べて違和感のある、だがどこか見覚えもあるような建物にすうは首を傾げる。
「あれ? えっと……」
「むっ?」
建物に気を取られながら歩いていたすうは、前の杏子へぶつかりそうになって咄嗟に避ける。
見れば杏子は壁の前で首を傾げて立ち止まっていた。
「どうした、の?」
「いえ、地図だとこの先をそのまま抜けられるはずなんですが」
「……とおれない、ね?」
目の前にあるのはあちこち欠けた壁——いや。
違った。それは壁ではない。
「せきぞ、う?」
壁と見間違うほどのっぺりとしているが、上の方には動物に似た口や目が。
下の方は前足と後ろ足を揃えたような形が見える。
それは一軒家ほどもあるいびつな石の像だった。
そしてそれはすうが知っている石像と全く形が違うのに、やっぱりどこかで見た気がするのだ。
「杏子? なにしてんの?」
「りんちゃん。それが地図を見間違えたみたいで」
「ちょっと見せて」
後ろから来た凛たちへと地図を手渡すが、やっぱりそのうち首を傾げてしまった。
「なんか合ってるところと合ってないところがあるというか……」
「というか、道も建物の配置も違う気が」
「急速に復興してるみたいだしな。昔の地図とは違うんだろう。携帯も役に立たなそうだし駅に戻って道を聞こうか」
「すみません……」
「これはしょうがないよ」
そうして道を戻ろうとした時。
「ちょぉーーーーっと待ったぁーーーっ!!」
快活な声がすうたちの上から降ってきた。
全員が顔をあげる。音の元は目の前の巨大石像、そのてっぺんだった。
「そこの観光客らしき人たち! 道に迷ってるみたいだね!?」
石像の頭のかろうじて耳とわかる部分へもたれるように人がこしかけていた。
足をぶらりと放り出したその人物を見て、凛たちが唖然としたように呟く。
「……巫女?」
上は白い服、下は赤い袴のようなものを履いた少女だった。
とはいえ巫女服のように見えたのは瞬きするまでの間だけ。
瞬きの後には、少女の服装が赤い桜模様の入った白いパーカーと、白い桜模様の入った赤いスカート……ではなくスカーチョであることがわかった。
桜色の長い髪を後ろで一つにまとめた少女は不敵な笑みを浮かべて叫ぶ。
「よければ私が案内してさしあげよう! この辺の道は詳しいよ!?」
「……じゃ、駅まで戻りましょうか」
「あれぇ!? 聞こえてないのかな!? もっと声大きくしよおわーっ!!?」
少女をスルーして凛は引き返し始める。その態度にさらなら声量で叫ぼうとした少女はずるりと石像の頭から落ちそうになり、必死に耳の部分へしがみつく。
声も行動もやかましい少女に困惑しつつも杏子は慌てる。
「あ、あの! 大丈夫ですか!」
「わーい心配ありがとう! お礼に道案内をプレゼント!」
「いえそれは……」
「あれみんな乗り気でない!? なぜ!」
「怪しいから」
「がーん!」
潤の端的な指摘に少女はショックを受けた顔をする。その表情すら騒々しい。
その騒々しさの中で……すうはじっと少女を警戒していた。
——まそが、へん?
魔素感知が捉えるのは、少女の周りにはらはらと舞う魔素。
人に宿っているものとは違う。何か魔道具でも使っているかのようなおかしな流れだった。
「ん?」
「!」
観察していると少女と目があってしまった。
一瞬、少女は固まり。
次にぱっと花が咲くような笑顔を見せた。
「そこのちっちゃい子も道案内どうかな!? 今ならなんとタダ! 明日も昨日もタダ! 気軽に声をかけてね!」
「ケーキや、しって、る?」
動揺を悟らせないようさらりと質問してみれば少女は目を見開く。
「わぁ乗り気だ! もちろん何件でも教えるよー!」
「すう! 相手しなくていいのよああいうのは! 」
「まあ待てみんな。たしかに怪しいけど道案内はたぶんちゃんとしてくれるぞ」
「え?」
全員の注目を集める中、小兵は少女を見上げた。
「あなた、『神桜』のメンバーだろう?」
「あ、知ってるんだ! でもちょっと違うよ、私は……って、あれ? そちらはもしかして」
「小兵だ。元町・三宮ダンジョン攻略作戦の時に協力した」
「やっぱり小兵さん!? その姿形、背格好、体躯……間違いない!」
「全部見た目だよな? 身長について言及してるよな? はははよーし今からそこ行って叩き降ろしてやるからなー」
「叩くと降ろすは共存しちゃいけない言葉では!? ちょっすみませ、あっ」
石像に足をかけた小兵へビビり散らかした少女が降参のポーズで両手をあげる。
その途端、支えを無くした少女はつるりとした石の上を滑り落ちた。
「あっ!?」
「む」
そしてそれと同時。
石像の後ろから大柄な人影が飛び出した。
恐ろしく素早くかつ滑らかな動きで影は石像の頭を蹴って跳び、宙に浮いた少女の腕を掴んで抱きかかえた。
そのまま落下して、ドッと巨体からは想像もできないほど軽い音を立てて着地する。
「おわーびびった……ありがとー、護衛さん」
背を丸めた巨体の腕から少女は飛び降りて冷や汗を拭う。
だが今、全員の視線は少女の安否よりも突如として現れた巨体へ向いていた。
「な、なに? 人……?」
凛の呟きに反応したのか、すうたちに背を向けていた巨体はぬうと立ち上がって振り向いた。
目を引くのは小兵の倍以上もあるのではと思わせる背丈と——顔を覆う厳めしい鬼のような面。
警戒と恐怖に全員が一歩下がる中、小兵だけがハッとした。
「その面、まさか神桜守か? じゃあそっちの子は——」
「その通り!」
少女は両手でピースをしながら名乗りをあげる。
「探索者ギルド『神桜』の、メンバーではなく頭領! 神の桜の七の巫女! 神桜 七巫とは私のことだ! そしてこっちの大きいのは護衛さん!」
全員を見回しながらそう名乗った後。
ちらりとすうへ目を向けてきて、七巫は微笑んだ。
「よろしくね?」




