八十二話 すうたち、はしゃぐ/小兵、一人ごちる
「……いやぁ、ここまでとは思ってなかったな」
驚きを多分に含んだ小兵の言葉に全員が我に返った。
同時に、わっと声を上げる。
「すっ……すごい!? すごいですね!?」
「車があんなに走ってるの初めて見たんだけど! 道がピカピカ!」
「ヤバい。ビルがデカい」
「む? あ、たしかに、おおきい……」
まだ半ばであっても大きな復興を成し遂げている都市を目にしてはしゃぐ凛たち。
すうもまた地面から顔をあげて、あげて、あげて、と仰け反るような姿勢になってビルを見上げていく。
「……!?」
だが頂点を見た瞬間に再びその場で姿勢を低くした。警戒の姿勢だ。
「すう? なにしてんのあんた」
「あ、あのうで、なに?」
「腕……ああ、クレーンのことですか?」
凛たちも同じく見上げれば、ビルの屋上に巨大な赤白のクレーンが立っていた。
ジブやブームと呼ばれる部分を上下させる様子はたしかに腕を動かしているようにも見える。
ダンジョンでは縦横無尽に活躍するすうが、小さな子供のような表現をしている。つい凛たちは微笑んでしまった。
「大丈夫ですよ。あれは機械ですから」
「あんだけ高いところにあると落ちて来そうで怖いっていうのはわかるけどね」
「大丈夫。別に襲い掛かってきたりはしない。ほら」
すうの頭を撫でつつ凛たちが再びビルを見上げる。
その目に映ったのは——クレーンの向こう側からずおおと生え始めた、太く巨大な腕だった。
「……」
クレーンよりも巨大なごつごつした砂色の腕は、手のひらを下へ向けてビルの上からゆっくりと落下する。
その光景を見た凛たちは一拍置いて、息を吸い。
「だああああ!!?」
「ほんとに腕ぇ!?」
「だから、いった!」
「まっ、まっ、魔物……!?」
「おちつけおちつけ。魔道具だよアレは」
落下の衝撃にすうたちが身構えていると、首根っこを後ろから掴まれ小兵にたしなめられた。
「ま、魔道具……?」
「よく観察してみろ」
言われて見てみれば、たしかに腕は落ちているのではない。ふわふわと浮きながら下へ向かっているらしい。
下にある工事現場から何かをつかみ取り、ゆっくりと上へ戻っていく。
「多分クレーンと同じような仕事をしてるんじゃないか?」
さらに他の工事現場でも魔道具らしきものを使っている光景が見て取れた。
「なる、ほど」
「魔道具を使った工事なんですね……」
ようやく全員が落ち着いて体の力を抜いた。
ついでに駅の前で大騒ぎしたことで周りから注目されていると気づき、顔をわずかに赤らめる。
「こ、ここまで綺麗に直せてるのも魔道具のおかげってこと? ですか?」
「魔道具は確実に関わってるだろうな。ただこんだけ復興してるならもっと話題になってそうなもんだが」
「ずっと工事をしていて、最近になって建物が完成し始めたらしいです。ダンジョン課の職員さんに教えていただきました」
「へーえ。|ヨウハイム(ケーキ屋)が開店したのもそういう理由かな」
「あ! そうです、ケーキ屋さん! ケーキ屋さんにいかないと!」
「ケーキ!」
杏子がぽんと手を叩き、すうが反応して目を輝かせる。
「そういやケーキ買いに来たんだったわ」
「ビルが衝撃的すぎて忘れてた」
「さっそく行きましょう! たしか駅から少し歩いたところにあるそうです!」
目的を思い出してうきうきと地図を広げる杏子と、それを覗き込むすう。
すうは地図がいまいち読めないので本当に覗いただけだが。
「えぇと、駅がここで、北がこっちだから……あっちですね!」
「ケーキ、ケーキ!」
杏子とすうは二人並んで道を歩き始めた。
「杏子ちゃんがすうちゃん並みにテンション高くなってるな」
「甘いもののことになるとあんな感じですよ」
「特にケーキ」
冷静に言いつつも凛や潤の足取りも軽くなっていると、小兵は気づいていた。
早足で二人を追いかける凛たちを少し後ろから追いかける。
——ちょっとは気持ちが軽くなるかな。
前を行く四人に小兵は内心で呟く。
児童養護施設職員が逮捕された後、凛たちも含め子供たちは一時保護所で預かられている状態だ。
特例探索者になった子だけでも十数人以上、他の子を合わせればさらに膨れ上がる。
さすがに敷地も職員も足りないのではと小兵でも思った。
しかしその辺りは地神が手を回していたようで、どうにか対応はできているらしい。そう目を赤く腫らした松ノ木から聞いた。
心のケアは長く付き合っていくしかないようだか、少しずつ立ち直っている子もいるらしい。
——最悪、精神に作用する魔道具を使うとか、そういう噂もあったようだが。
とはいえそれは噂でしかない。
なにせ精神系の魔道具が本当に存在するのかなど松ノ木どころか誰も知らない。ああ、もちろん小兵だって知らないのだ。
それはともかく。
凛たちもまた被害者だ。いつもは元気なようだが、ふとした時に沈んだ表情をしていることもあるらしい。
それもまた松ノ木から聞いたことで、出かけるなら少し気にしておいてほしいとも言われていた。
——正直、私に心のケアとかはできないだろうが。
自分がよく大雑把と言われるのは小兵も理解している。
しがらみとか精神的なアレソレとかは殴り倒して解決とはいかないのだ。
ゆえに、せめてケーキでも他のものでも思う存分おごろうと考えていた。
「あとは、すうちゃんもな」
その呟きはつい口から漏れてしまった。
すうもまた試験の日から少し様子がおかしい。
具体的に言うならダンジョンに怯えている——いや、警戒している。
入ろうとしないわけではない。
そもそもここ数日はほとんど隠し部屋の聞き取りと、ライセンス取得のための書類を処理に時間を費やしていた。入る時間などなかったのだ。
しかしすうは一定期間ダンジョンに入らないと体が崩れるという特殊体質。
さらにライセンスを取得するまでは特例探索者のままだ。
そのため小兵は試験後に一度、すうの同行者として一緒にダンジョンへ潜った。
聞き取りや書類でへろへろかつストレスをためていたすう。
ストレス発散に二階層を激走するのかと小兵は思っていたのだが……。
なんと、すうは一階層でじっと空や床を見つめていただけだった。
「書類との格闘で頭がヤバいことになってたのかと思ったけど」
違った。小兵の見る限り、あれは観察だ。
まるで奥深くまで見通そうとするかのようにすうはダンジョンを観察していた。
『神迷』二階層の隠し部屋。
『水族館』ではボス部屋の暴走。
イレギュラーが短期間に二度も起こったからか、警戒心が強くなっているのだろう。
だからまた何か起こらないかと一階層をチェックしていた。
……そうだろうか? それだけだろうか。
「どうも、風景以外の何かを見てる気もするんだがな。まあいいか」
小兵は頭を掻く。
すうが何を考えているのであれ、今日はケーキを楽しみに来ている。
それに小兵の勘からすると。
「きっと悪いことにはならない」
一人ごちた小兵は、変な像の前で首を傾げているすうたちへと追いついた。




