八十一話 すう、崩壊圏 三宮へ
窓の外を流れていく景色が、少しずつその勢いを失っていく。
やがてがくんと体が揺れる感覚の後、到着を知らせる電子音が流れてドアが開いた。
車内からぞろぞろと人が出ていく中、すうたちも駅のホームへと踏み出していく。
「到着ですね!」
「えきべん!」
「ほら、リン。ついた」
「だあぁぁ……!」
足取り軽く出てきたすうと杏子。
その後ろから潤に引っ張られてよたよたと歩いてきた凛は、邪魔にならない場所へ移動するなり座り込んでしまった。
「あ゛ー……動かない地面……安心する……」
「そんなにですか?」
「ホエール・オブ・ファウナに乗ってた時の方が揺れたと思う」
水を差し出しながら杏子たちが首を傾げる。
凛は水を飲みながらぎゅっと眉を寄せた。
「あいつは倒せるでしょ……! 電車は壊せないのよ……!」
「どういう基準?」
「わかる」
「わかるんですか……」
敵と乗り物は違う。呻くような凛の主張にすうは深く頷いた。
電車内で食べられるごはんこと「駅弁」の話に夢中になっていなかったら、すうも今の凛と同じかそれより酷い状態になっていただろう。
「わかるわかる」
さらに後から降りてきた小兵も同意した。
「小兵さんまで!?」
「要するにダンジョンと日常での切り替えがうまくいってないんだ」
「き、切り替え、ですか?」
「探索者として気を張ることが多いと命の危機に敏感になる。その感覚を引きずって普段の生活でも危険そうなものへ過剰に反応してしまうんだな。酷そうならポーション飲むか?」
「いえ、もう落ち着いてきたんで」
潤に背中をさすられ、杏子から渡された水を飲んだ凛の顔色はだいぶマシだ。
「危機に敏感……そういうこともあるんですね」
「今までなかったのに。初めての電車だから?」
「あと自分の足でスピード出すことが多いと乗り物を使った時に違和感で酔うこともある」
「へぇー」
「私が運転した時に皆の気分が悪くなったのも似たような理由だろう」
「「「「いやそれはちょっと」」」」
聞き逃せない発言に小兵を除く全員が物申そうとする。
ただその前にピリリリリ! と電車の発信する合図が甲高く響き渡った。
「おっと、ずっとホームにいても仕方ないな。凛ちゃんも動けそうだし駅を出るか」
動き出した電車に気を取られている間に小兵が歩き出す。
すうたちはちょっともやっとしたものを抱きながらも慌ててその後をついていった。
「あとごめん、すうちゃん。散々話しといてなんだけどここは駅弁がないんだ」
「だましたなーーーっ!!?」
「いや気分を紛らわせようと思って!」
一人だけ別のダメージを喰らいながらも幅広い階段をくだって、改札口へ。
探索ライセンスを近づければピンポンと読み取り音が鳴り、開いたゲートをくぐる。
そうしてざわめき溢れる大通路へとすうたちは出た。
大通路は広大だった。
すうたち全員が手を繋いで広がったとしても端に届かないほど広く、両側には土産物屋やカフェが開かれている。何より多くの人が通路の中をあちらへこちらへと流れていっていた。
そんな光景をすうたちは唖然と眺めていた。
「ひとが、おおい……」
「乗った時の駅よりずっと広い……」
「ていうかここ……一度崩壊したのを立て直した、のよね?」
「そのはずですけど……すごく綺麗ですね」
電車の窓からはずっと崩壊の跡が見えていた。
だというのに駅の中は全くそれを感じさせない。
照明の輝く天井にも、天井から下がる電子案内板にも、模様を描く床のタイルにもヒビ一つない。
いくら復興しているとはいってもここまで綺麗なものなのか。
「へぇ、懐かしいな」
異質とすら思える光景にすうたちが目を丸くする中、小兵はわずかに笑って呟いた。
全員の注目がそちらへ集まる。
「あ、そうか。小兵さんは崩壊前の三宮も知ってるんだ」
「じゃ、じゃあ元はやっぱりこんな感じだったんですか?」
「いや内装自体は結構変わってるな。ただ雰囲気は似てるよ。なんというか、人が活発に行き来してる感じが」
ただすぐにその顔は苦笑へ変わった。
「とはいえ流石に復興途中だな。全部が直ってるわけではないか」
「え、と。そうなんですか? 綺麗に見えますけど」
「そうだな。ちょっと歩いてみようか」
ぞろぞろと五人で大通路を進んでいく。
すると少し歩いただけで通路の両側に開かれていた店は無くなり、シャッターの降ろされた寂しい道が続くようになった。
さらに、たまに見つけられる地下への道や横道はコンクリートで固められていた。しかも表面には『立ち入り禁止』の文字。
「これは……」
「色々と半ばなんだろう。この辺も『水族館』とは別の意味で特殊だしな。とはいえ崩壊圏がここまで復活するとは……すごいもんだ」
浮かぶ笑みは柔らかく、細められた目はどこか遠くを見ている。
その様子に威圧感とは違う話しかけづらさを凛たちは感じていた。
「……ひとが、おおいのも、おな、じ?」
だが人の多さですでにちょっと疲れたすうは躊躇いもなく質問を飛ばした。
なにせすうが今まで見た人の多さの最大はショッピングモールか、ダンジョン管理局の前だ。
駅内をゆく人々の数はそれより多い。
そんな中を歩いてぐったりしているすうへ、小兵は苦笑して答える。
「いや人の数自体はかなり少ないな。昔はこの十数倍か数十倍はいたから」
「!?」
あっさりと放たれた言葉にすうのみならず凛たちまでも驚愕する。
ただその反応に今度は小兵が首を傾げた。
「あれ? 凛ちゃんたちも知らないのか」
「えぇと、崩壊前のことは、はい」
「あたしたち第一次『迷宮災害』が起こった後に産まれたんで……」
一拍置いて小兵が眉を寄せた。
「……え、マジか」
「は、はい」
「凛ちゃんたちって歳は……十四か。そりゃそうだ特例探索者だったんだもんな。で、『迷宮災害』が十五年前で……ああ、そりゃそうだな。物心づくどころか産まれてないのか。……えー、そうかぁ」
「なんな、の?」
なんだかさっきとはまた違う遠い目をし始めた小兵に少女たちが顔を見合わせる。
「もうそんな子たちが探索者になってる時代かぁ。子供たちと触れ合うことがなかったからなー……そうか、じゃあ電車が初めてなのも当たり前か。『迷宮災害』以降のインフラとかどこもぶっ壊れてたもんなぁ」
「そ、そうですね。一応壁の内側だと普通に電車も通っているらしいんですけど、私たちはそっちへ行くことがなかったので」
「はー、そうかぁ……まあ、とりあえず出ようか」
「あ、はい」
カルチャーショックだ、と呟く小兵をすうたちは追っていく。
いったいどうしたんだろうかという困惑は、出口をくぐった瞬間に吹き飛んだ。
「——」
わぁ、の声一つ上がらなかった。いや、上げられなかった。
目の前に広がるのは天をつくような高さのビルが正常な姿のまま並んでいる光景。
割れた箇所の全くないガラス張りの壁面が、青空を映し出してそびえている。
少し目を下ろせば、街路樹の植えられた綺麗な歩道を人々が笑って歩き、車が連なるように車道を進んでいた。
崩壊圏とは思えない町の姿。
だが全てが綺麗に片付けられているわけではない。
正常なビルの向こうでは崩れたビルの解体が進められている。歩道や車道もまだ工事が進められている場所がいくつもあった。
復興都市、三宮。
傷跡を少しずつ直しながらこの町は前に進んでいた。
ただ一つ。
普通の人間が気にしないことをすうだけがが感じ取っていた。
歩道の、さらに下。地下を射貫くように視線を落とす。
——まそが、こい?
この町のダンジョンは討伐されたと言っていた。
だが近くに『神迷』があるあの町よりも地面を流れる魔素は強い気がする。
そして——ダンジョンの魔素とも違うような。




