八十話 すう、電車を警戒する
発端はすうと凛の喧嘩だった。
初対面でぶつかり合った二人は売り言葉に買い言葉で罰ゲームありの賭けをしたのだ。
『特例探索者を卒業するための試験に受からなければ、ケーキをおごる。
どちらも受かれば小兵がおごる』
小兵の口出しもあって、具体的な賭けの内容はそんな形に決まった。
そして様々な事件があったとはいえすうたちは全員が試験に受かった。
約束通りケーキをおごってもらうため、かつて滅びて今は蘇ろうとしている三宮へと、すうたちは向かう。
欠け、えぐられ、崩れ落ちたビル群や民家が並ぶ崩壊した町。
そんな光景を割るように高架が通っている。
高架は不自然なほど傷一つない。さらに放棄された建物と違ってその役割を果たしていると喧伝するように、その鉄道の上をゴウゴウと音を立てて電車が走っていた。
がたんがたんと揺れる電車の、その中。
ある一角で少女たちのはしゃぐ声が響く。
「すごい……! 本当に車よりもずっと速いんですね!」
「景色が流れていく」
「なんかバスとはだいぶ違う揺れね……」
「……」
「あんまり大声は出さないようになー」
すう、凛、潤、杏子の少女四人に、大人である小兵を加えた五人組。
彼女たちは三宮行きの電車に乗っていた。
「高架周りはあんまり建物ない」
「この線を通すために魔道具持ちの探索者をたくさん動員して片づけたそうです。地神さんもその一人だとか」
「へぇー」
「……」
「あいつそんなことしてたのか」
彼女たちはクロスシートの座席を向き合う形にして座っている。
窓側の席では杏子と潤が窓に張りついて外を眺め、席が空いているにも関わらず凛はつり革を持って立ち、小兵は四人が揃えるようにと向かい側の座席にいる。
では、最後の一人はどこにいるかというと。
「ところですうちゃん、いつまでそこで隠れてるんだ?」
「……とまる、まで」
座席の後ろのすみっこ、ドアに一番近いところですうは縮こまっていた。
会話にも参加せずあたりを警戒するように目をきょろきょろ動かす様は、まるで怯えた小動物だ。
杏子たちも苦笑して窓から離れる。
「たしかに間近で見ると迫力はありましたけど」
「すう、乗った後はべつに危険なこととかない」
「……わかってる、けど」
すうがこうなってしまったのは、駅のホームで電車が来る瞬間を見てしまったからだった。
ゴォォォォォオオオオオ(巨大かつ高速で動くものが迫ってくる気配)
ゴッ! ガタンガタンガタン!!(に目の前を巨大なものが通り過ぎる振動と風圧)
ギイイィィィィン!!!(耳をつんざくような停止音)
以上の三点を目の前で見てしまった衝撃により、電車は下手に接すると死ぬものとしてすうは認識してしまった。
そんなものの中に入っても腰を落ち着けていられなかったのだ。
「電車が来た時のすうちゃんはめちゃくちゃびっくりしてる猫みたいだったな」
「あんた変なところで臆病になるわね」
縮こまる……というか、姿勢を低くして警戒をあらわにするすうへ凛が呆れたように言う。
「リンが言えたことじゃない」
「りんちゃんも座りましょうよ。立ってたら疲れるでしょう」
ただすうに指摘しながら凛自身もけっして席につこうとはしないのだ。
杏子たちが腕を引っ張って座らせようとしても全力で抵抗してくる。
「なんか……なんか落ち着かないのよ……! 別にビビってるとかじゃなくて、咄嗟に動けないのがなんかちょっと……!」
抵抗しながら言い訳を吐き続ける凛にやがて杏子たちも諦めた。
散歩に行きたくない犬のように必死な姿だが、すうにそれを笑えるような余裕はない。
そんなすうたちに小兵は笑みを漏らす。
「うん、あと少しで到着だから二人はそのままでもいいんじゃないか」
「あと、すこし……!」
「いやあたしは別に普通に座れますけどね? でももう着くなら立ってても座ってても同じですよね」
「まあ乗り換えなんだけど」
「のりかえ」
「ってなんですか?」
「この電車を降りて、別の路線の電車にまた乗るってこと。そうしないと三宮にはつかない」
どこか輝いていたすうたちの顔が一気に曇る。
バス、(小兵が運転する)車、電車。
乗り物類にどんどん苦手意識を持つようになってしまったすうの、前途多難な旅は続く。
なおこの後に駅弁の存在を知って電車への苦手意識は完全に払しょくされたという。




