八話 すう、追い詰められる
『すうちゃん! かわいいおなまえだね!』
人形が左右に激しく揺れる。
さっきから目がちらちらする動きだ。これのせいで話しに集中できず、慌ててしまうのではとすうは思わず声を上げる。
「それ、やめて」
たどたどしいながら人形を指さして言う。
するとぴたりと人形の動きが止まり、後ろから再び鋭い視線がぬっと現れた。
「……ごめんなさい。お気に召しませんでしたか」
声色は申し訳なさそうなのに表情は眉一つ動いていない。
一気にあたりの雰囲気が厳めしくなった。やっぱり人形越しに話す方がよかったかもしれない。
だが、すうがそれを口に出すより先に、女は人形を近くにおいて口を開く。
「まだ自己紹介をしていませんでしたね。私は松ノ木。兵庫県迷宮災害被災区域南区画役所、ダンジョン課のものです」
「??」
「わからなくても大丈夫ですよ。つまりダンジョンに関係するお仕事をしているんです」
松ノ木は怖くないよというように両手をひらひらと顔の横で振った。
表情が微塵も変わっていないせいですうとしては不気味に感じるだけだ。
「いま、すうちゃんとお話ししているのも私のお仕事に関係しています。すうちゃんは倒れる前のこと、覚えていますか?」
「……ん」
頭に響く音の中、人に囲まれたのを思い出して僅かに警戒しながらすうは頷く。
すると松ノ木の目がさらに鋭く細められた。
睨むような眼光とは裏腹に、精いっぱい柔らかくしたような声で松ノ木は言う。
「あの時は怖い思いをさせてしまってごめんなさい。ダンジョンに出入りする人は厳しく管理されていて、登録した人以外が出入りするとブザーが鳴るようになっているんです」
「とうろく……」
「はい。探索ライセンスというものを作って、受付で提示しないといけないんです。今の時代、探索者が役所に知られず出入りすることなんてほとんど不可能です。ブザーが鳴るのは魔物が出てきた時だけ。だから今回もあぶない魔物が出てきたんだと思ってしまって」
すうは自分が囲まれていた理由を理解する。
機械は正しく作動して、すうという魔物を警戒したのだ。
「でも、今回出てきたのはすうちゃんでした。魔物じゃないなら問題はないので、病院へ運んできたんです」
だが最後に判断するのは人だった。
すうの見た目は完全に人を欺いたのだ。魔道具はしっかり役立ってくれた。
それはつまりファミレスに手が届くということだ。
すうは喜びにぐっと両手を握りしめた。
「ただ」
だが、その喜びは突然厳しくなった松ノ木の声に打ち消される。
「ブザーが鳴ったのは誤作動ではありませんでした。すうちゃんは確かに『登録されていない人』だったんです」
鋭い眼光が全てを見透かすようにすうの目を見つめてくる。
「すうちゃん、あなたはどうやってダンジョン内に入りましたか?」
松ノ木は厳しい顔でそう質問してきた。
「繰り返しますが、ライセンスを提示しなければ入迷してはいけません。もし誰かの協力で入ったとしたら、入れた側も罪に問われます……すうちゃん」
松ノ木が目を合わせて硬い声で。
「怒っているわけではありません。ただ聞きたいんです。ダンジョンへどうやって入ったのか。例えば、誰かから入るように言われたり……嫌だったけど連れていかれた、ということはありませんか?」
すうは目を逸らすこともできず焦っていた。
ダンジョンへどうやって入ったか。その質問が、入れるはずがないのに出てきたということは、お前は魔物じゃないのかと疑っているように聞こえるのだ。
もしもすうが、もう少し人とのコミュニケーションに慣れていたらそれは違うと理解できただろう。
松ノ木が疑っているのは、すうという子供を誰かが無理やりダンジョンへ入れたのではないか、ということだ。
だが常識も経験も少ないすうは焦りのままに口を開いてしまう。
「ま、まちがえて、おりて」
「……すうちゃん」
優しい声音で名前を呼ばれた。それが嘘をつくなと追い詰めてくるように、すうには聞こえていた。
「大丈夫、私たちはあなたを責めたりしませんから」
嘘は通じない。
追い詰められたすうは、自分の境遇をそのまま口走ってしまう。
「は、はいって、ない」
「え?」
「だ、ダンジョンで、生きてきた……から、はいったこと、ない、ずっと、なかにいた」
松ノ木が僅かに目を見開いた。
言い終わってからすう自身まずいと気づき、慌てて言葉を続ける。
「ちゃんと、ごはんたべてた。ま、まものとか、落ちてるたべもの、とか」
それは、すうとしてはスライムと気づかれないための言い訳だった。
スライムなら飲食は必要ないけど、自分は食べているから違う。そんなあまりにも拙い偽装である。
「ちじょうに、きたのも……お、おいしいごはんがあるって、きいたから。ファミレスとか……」
もうこれが誤魔化せているのかすう自身もわかっていない。ただ欲望を垂れ流しているだけだ。
「……」
ダダ漏れな欲望を松ノ木は無表情に聞いている。
言い訳が通じているのかいないのか。すうも黙り込んでしまい、緊張した沈黙が流れる。
「そう、ですか」
やがて松ノ木は立ち上がった。
ぎゅっと眉にしわを寄せてすうを見下ろし、そのまま足早に部屋を出ていく。
ドアが自動的に閉まり、一人ぽつんと部屋に残されたすうはぽつりと呟く。
「……どうしよ」
上手く誤魔化せたのか、それとも魔物と見抜かれたのか。
見抜かれたなら逃げるべきだ。ただ最後に自分を見下ろしてきた松ノ木の目の端に滲んでいたものが気になった。
「なんで、なみだ……?」
あれは確か人が痛いときや悲しい時に流すものだ。
別に傷を負ったわけでもない松ノ木が涙を流している理由がわからず、すうは自分の行動を決められないでいた。




