七話 スライム、改め「すう」
スライムは真っ暗な中で、体の一部にだけ光を感じていた。
全身で全てを感じるスライムには珍しいことだ。洞窟の穴にでも籠っていたのだったかとスライムはぼんやりした意識で考え――直前まで、人に囲まれていたことを思い出す。
「っ!!」
スライムは跳ね起きた。
咄嗟に周りを確認する。だが囲んでいた人間が誰もいない。
「?」
スライムがいたのは洞窟ではなく部屋だった。
薄い緑色の壁に囲まれ、ごちゃごちゃした道具がある。そんな部屋の中、白いベッドの上にスライムはいた。
ここがどこなのか、疑問に思いながらもスライムはとにかく逃げ出そうとする。
足を作り出していつものように走ろうとするするスライム。だが体が固く自由に動かせない。というかもう足ができている。
そういえばスライムは人間の体になっていたのだ。
「……むぅ」
スライムは不満の声を漏らす。
念願の人間の体。だが結局あっさりと見破られてしまった。しかも動きづらい。
それでもスライムはくじけない。
この方法は駄目だったが、次を考えてまた挑戦しよう。そう割り切って元の体に戻ろうとする。
だが。
「……?」
戻れない。スライムは首を傾げた。
いつもは力を抜けば液体に戻れていたはずだ。だが今は人の体が自然体で維持されている。
魔道具で変化したからか、完全に固定されてしまっているようだ。
動きづらい体で逃げなければいけない。スライムは眉にぎゅっとしわを寄せ、ひとまず腕につけられた管のようなものを剥がそうとする。
その時だ。
「剥がしてはいけませんよ」
後ろからそんな声をかけられた。
肩を跳ねさせてスライムが振り返れば、開かれたドアの前に人間が立っている。
見つかってしまった。
スライムは座った姿勢で後ろに下がろうとする。人間はかつかつと硬質な音を立てて部屋の中へと入ってきた。
短い黒髪に、スーツと呼ばれる服を着た女だった。目つきが鋭く、両手を後ろに隠して堂々とこちらへ歩いてくる。
探索者かと思ったスライムだが、その割に服や肌が汚れていない。武器も持っていない。
ダンジョンにはいなかった感じの人間だ。
警戒を強くするスライム。彼女は一階層にいた人間と比べても弱そうだが、それが逆に囮のように思えて不気味だった。
それに視線の鋭さは探索者と似ている。
隙だらけに近づいてくる彼女に対し、戦ったほうがいいのか逃げた方がいいのか答えを出せずにいると。
彼女は後ろにやっていた手を唐突に前へ出そうとする。そこには何か大きなものが握られていた。
殺される!?
スライムは両手で体を庇うように身を縮こまらせる。
だが衝撃はなく、かわりに聞こえてきたのは高い声だった。
『やあ、ボクはモーくん! うしさんだよ!』
「……?」
スライムはその言葉が理解できなかった。人語はわかるはずなのに言われている意味がわからない。
スライムはおそるおそる顔をあげる。
すると目の前には武器ではなく、白黒まだら模様の動物を模した人形があった。
『ボクはみんなを助けるようせいさんだよ! みんなにこまったことがないかきいてまわってるんだ! キミもこまっていることがあったらはなしてみてね!』
「???」
人形をぴょこぴょこ跳ねさせながら、後ろにいる女が高い声で話している。
スライムは困惑する。
なぜわざわざ人形を使って話すのか。そして魔物に対してなぜ困っているかを聞くのか。
混乱して黙っていると人形の後ろからじろりと鋭い目が覗いた。
スライムの肩が跳ねる。慌てたように女は人形の後ろに隠れ、人形を揺らし始めた。
『うしろのおねえさんはボクのおてつだいをしてくれてるんだ! こわいひとじゃないよ! あぶなくないよ!』
自分は危険ではない、と必死に主張する彼女。
どうして魔物にそんなことを。
そう考えた時スライムはもしや、と気づく。
『そういえば、ここがどこかはなしていなかったね! ここは「びょういん」だよ! キミはダンジョンのまえでたおれちゃったから、「びょういん」でみてもらってたんだ!』
自分の正体はバレていない。
スライムは確信する。彼女も含めてあの場にいたものたちは自分を人間だと思っているのだ。
だからまだ始末されておらず、目の前の女は子供をあやすような言い方をしている。
安堵と共にスライムの全身から力が抜けていく。固定されているはずの体が液体に戻りそうな気分だった。
しかし正体がバレていないなら気になることもある。
なぜ地上へ出た時にあんなに大騒ぎになったのか。
スライムが首を傾げていると、人形も同じく傾いた。
『そういえば、キミのおなまえをきいていなかったね! おなまえ、いえるかな?』
名前とは、人間同士が呼び合っていたアレか。
それはあって当然のものらしい。だがスライムはそんなに必要とも思わず用意していなかった。
答えないといけない。
「す——うっ」
慌てすぎて、スライムと言いそうになった自分の口を塞ぐ。
だが女はそれを聞き逃さなかった。
『すう? すうちゃんかな?』
「!」
聞き間違いにスライムはこくこくと頷く。
この瞬間、スライムの名前はすうとなった。




