●幕間 隠し部屋について
試験が終わった翌日。
その日、すうはケーキを楽しみにいつもより早く起きていた。
「ケーキ、ケーキ」
「すみません、すうちゃん。今日は隠し部屋についての聞き取りに協力してもらわないといけません」
「え」
うきうきと着替えていたすうは、申し訳なさそうな松ノ木から管理施設へと連行された。
——そして十時間後。
ごとん! とすうは頭を叩きつけるような勢いで机に倒れ伏した。
「あぁぁぁぁぁ……」
『神迷』の管理施設、その休憩室にため息のような呻き声のような声が長々と響く。
長時間に及ぶ質問攻めはすうの精神を削り切っていた。
単に長い時間拘束されたのもある。
だが何より人との会話を強制されたのがすうにとっては苦痛だ。
どこから自分が魔物とバレるかわかったものではないのだから。
しかも聞き取る側が三人もいたのに対し、松ノ木は関係がない上に他の仕事があっていない。関係ある小兵は別の日に聞き取るということでいない。
そして当然ながら聞き取りは個室で行われる。
三対一で、個室に、長時間。
あまりに酷な状況だった。
「ひとまず今日の分は終了ですね……お疲れさまでした」
すうを引き取りにきた松ノ木が飲み物を持って隣へ座ってきた。
今朝も顔を合わせたのに、なんだか久しぶりに会った気がする。
あまりに聞き取りの時間が長すぎたからだろうか。
顔はいつも通りの無表情だ。だがその声音とそっと置かれた紙コップから優しさが伝わってくる。
「ありがと——いや、まって」
寝そべったまま紙コップに伸ばした手をすうは途中で止めた。
ねぎらいの中に無視できない単語がなかったか。
「……きょう、の?」
ごろりと頭の向きを変えて見上げれば、松ノ木はそっと目を伏せる。
「聞き取りは隠し部屋の調査と並行して行われるんです。なので調査状況との照らし合わせでまた明日もすうちゃんにお話を聞くことになるかと」
「あしたも、おなじぐらいの、じか、ん?」
「……もっと長くなる可能性もありますね」
「ぬあぁぁぁ……!」
「あと明日だけでなく数日は続くと思います」
「ふぐぁぁぁぁ!!」
「落ち着いて! 落ち着いてくださいすうちゃん! コーラを一気飲みは喉に負担が!」
「ケーキが、とおのくーーー!!!」
数分して、叫んで疲れたすうはいじけたように椅子へもたれかかっていた。
そしてふと呟く。
「……そんなに、かくしべやって、だい、じ?」
「もちろん。特に浅い階層では危険ですから」
適当な愚痴へ思いのほか真剣な声が返ってきた。
すうは思わず顔をあげる。
松ノ木の視線は射貫くようだ。いや鋭いのは元からだが。
「そこま、で?」
「すうちゃんも隠し部屋で命を落としそうになったでしょう」
「……むぅ。でもあれは、いじょう、だし」
いきなり作られたかのような現れ方もそうだが、何よりあの異形トカゲだ。
魔素を読んで戦うすうに、魔素の読めない相手。
あつらえられたような天敵だった。
あれが普通の相手だったなら、それこそボス相手でも死にかけるほど苦戦はしなかったはずだ。
納得がいかないでいると、松ノ木は顎に手を当て考える仕草を見せた。
「よくわからずに質問をされ続けるのは嫌ですよね。では、隠し部屋について少し説明しましょう」
松ノ木が椅子ごとすうへ向いてくる。
すうもつい姿勢を正した。
「まずなぜ隠し部屋が危険か。これは中に強い魔物や魔物の群れがいたり、その状態で閉じ込められたりしてしまうからですね」
「でも、はいらなかったら、いい」
「基本的にはそうですね」
ですが、と松ノ木は続ける。
「隠し部屋の魔物はずっと放置していると中から出てくることがあります」
「!」
「さすがに階段を越えてくることはないそうですが。しかし例えば二階層を探索していたら、突然三階層の強敵、あるいはボス並みの強さの魔物が現れるのです」
もしも異形トカゲが二階層へと進出してきたら。
すう自身が戦ったからこそその恐ろしさはよくわかった。きっと二階層にいるような探索者は轢かれるだけでも命の危機だ。
「未発見の隠し部屋がある階層には常にその危険がつきまとうんです」
「むぅ」
「さらにもう一つ。隠し部屋そのものが人を入らせてくることもあったそうです」
「……どういう、こと?」
すうが想像したのは隠し部屋の中から手が伸びてくる光景だ。
面白いような怖いような。
「幻影の魔術なのか、それとも罠の一つなのか。通常の道を隠して、隠し部屋の方へ移動するよう仕向ける種類があるそうです」
「……かくれて、ない」
自分から姿を現す隠し部屋に疑問を呈するすう。
「他の道を隠しているから隠し部屋だと、ある人は言っていましたが……とにかく、そうして別の道を通らせて行き止まりへ誘導するんですね」
「やっかい」
「それでも行き止まりならまだマシだそうです。こちらにも強力な魔物や、無限に通路が続く罠があったりするのだとか」
思い出すのは異形トカゲを倒した後の出口。
あれはより奥へ誘い込むための罠だった。魔素で感知しても出口であることは変わらないからすうも騙されかけた。
これから深く潜るほど狡猾な罠も多くなってくるのだろう。
「そういった危険な罠も知っていれば対策はできます。すうちゃんが見つけた情報が他の探索者たちの安全につながりますし、それは当然逆もありえます。……だから、どうかもう少し頑張ってください」
これもまた人を助けることになるのなら。
そして誰かの情報にすうが助けられることもあるのなら。
たしかにやる意味はあるのだろう。
「……わかった」
すうは渋々頷いた。
ただ一つ言いたいことはある。
「でも、すうじつは、すこしじゃない」
「……それは、はい」
とはいえ僅かにやる気は取り戻して、すうはそれからの聞き取りを頑張ってこなしたのだった。
ちなみにこの後、探索ライセンスを獲得するための書類と悪戦苦闘することになるのは別の話。
そして疲れ切ったすうが『疲れを吹っ飛ばす』という謳い文句につられてエナジードリンクを飲み、何がどう作用したのかめちゃくちゃに酔っ払って黒歴史を作るのも別の話。




