七十八話 すう、探索者になる
ベリパでの食事から数日後。
ダンジョン管理局にて。
透明なパネルで隔てられた窓口の前にすうは座っていた。
「お待たせいたしました」
席を外していた職員がパネルの向こうに戻ってくる。
そうしてパネルの下部から真っ黒な革のボードがそっと差し出された。
その上に乗っているのは一枚のカード。
「こちらが浅層探索ライセンスとなります」
この日、すうは正式に探索者となった。
今回の試験は様々な問題が起こったことで中止になった。
しかし管理局からの『試験中に功績を残した者たちは合格とする』という指示の通り、何人かの合格者は出ている。
すうもまたその一人だ。
実は合否の発表がされた時にほっと胸をなでおろしたりしている。小兵のお墨付きがあったとはいえ、やはり結果が出るまでは不安だったのだ。
カードを差し出した職員が丁寧に頭を下げた。
「試験合格おめでとうございます」
「あ、ありがとう、ございます」
慣れない丁重な対応にぎくしゃくと答えつつすうは探索ライセンスを受け取った。
サイズは変わらないのにどこか重みを感じつつ、すうはそれを眺める。
顔写真や氏名の記載は同じだがいくつか変化があった。
「いろが、ちがう」
灰色がかった金属質だったのがつやのある紺色になっている。
なによりも変わったのは、『特例』の文字が『浅層』となっていることだろう。
すうはこの数日で学んだ知識を思い出す。
ダンジョンには浅層、中層、深層、そして最深層の区分があるそうだ。
浅層は一から九階層。
中層は十から十八階層。
深層は十八から三十階層。
それ以降が最深層だ。
それぞれの区分を踏み越えると劇的に魔物の強さや環境が変わるという。
特例探索者が潜れるのは二階層まで。
だがこの探索ライセンスがあれば九階層までの探索を認められる。
「……どんな、ところなんだ、ろ?」
スライム時代でもすうが潜っていたのは五階層までだ。
人になるための魔道具を見つけてすぐに地上へ上がってきたので、それ以降はよく知らない。
未知の階層に想いを馳せ——。
「申し訳ありません。次の方がいらっしゃいますので……」
「あ、はい」
ただ受付でいつまでも浸ってはいられず、すうはそっと受付を離れた。
人が行き来する待合室の中をささっと早足で通り抜け、柱に背を預ける小兵のもとへと戻る。
「こひょう」
「おー、ちゃんとライセンス更新されてるな。おめでとう」
ライセンスを掲げながら走り寄れば小兵は拍手をしながら祝ってくれた。
つい頬が緩み、それがなんとなくむずがゆくなってすうは他のことへ気を逸らす。
「りんたち、は?」
「もうちょっと時間がかかりそうだな」
今回すうは凛たちと一緒に管理局へ来ていた。
それは数日前、ベリパでした約束を果たすためである。
すなわち、ケーキを食べるのだ。
「ケーキ、けっきょく、きょうまで、まった」
「いやーまさかベリパを出た時点でもうケーキ屋が閉まってるとはな」
そう、すうたちはあの日ごはんこそ食べたがケーキにはありつけなかった。
とはいえ急ぐものでもない。
じゃあ明日にしようという提案に誰も文句はなく(せっかくパフェも何もかも我慢したのに、と不満たらたらなすう以外)その日は解散したのだが。
翌日からすうは隠し部屋に関する聞き取りが始まり。
凛たちは事件の被害者として聞き取りが始まった。
それらで長く時間を取られる上に、さらに聞き取りの間にも探索ライセンス取得に関する書類を処理しなければならず——ずっと忙しかったため、今日まで誰も暇を作れなかった。
今日になってようやく色々と終わったため、探索ライセンスを受け取るついでにお祝いもしようということになったのである。
「はやく、おわってほしい」
すうは小さく息をはいて小兵の隣へ座り込んだ。
「どうしたすうちゃん、疲れたのか?」
「ひとが、おおい」
膝を抱えつつすうは目をちらりと上げた。
広い待合室には整然と椅子が並び、そこに多くの探索者がきっちり座っている。
ダンジョン管理施設のものとはまた違う堅苦しい雰囲気だ。
全員が場に沿った決まりを守っている。
「……こういうの、にがて」
こういう状況だと少し違った動きをするだけで注目を集める気がするのだ。
それに手続きの間、後ろから視線を感じる気がするのも嫌だった。
「まあわかるよ。私も役所とかあんまり行きたくないしな。がんばったがんばった」
笑いながらぽんと頭に手を乗せてくる小兵。
それにむずがゆさと少しのうっとうしさを覚えて振り払おうとすると。
「本当に、頑張ったな」
小兵の手が驚くほどやさしくすうの頭を撫でてきた。
さらりと髪を整えるような手つきにすうは目を瞠る。あの小兵が、弱弱しいとすら思える触れ方をしてくるのが衝撃的だった。
「一人で違反者たちを全員倒して、生かして。凛ちゃんたちと一緒にボスまで倒して、異常事態から逃げ切って、ちゃんと生きて帰ってきた」
嬉しそうな声音で小兵はずっと手を止めない。
振り払えば止まっただろう。ただそれはなんだかもったいない気がして、すうは抱えた膝の間に少しだけ顔をうずめて避ける素振りだけ見せた。
「いやあ最初は何者なんだろうと思ってたな。いきなり裸同然でダンジョンから出てきて、アラートが鳴って、魔物の侵攻かと疑ったけど」
不意打ちで出てきた言葉にすうの体がぴくりと揺れてしまった。
だが小兵は何も反応せず、優しく言葉を紡ぐ。
「すうちゃんは探索者だ。一人前のな」
その声は、なんだか色々な感情を含んでいた気がした。
「たんさくしゃ……」
すうも同じ言葉を繰り返す。
ただその意味を考える前に。
「いやほんとに頑張ったなー!」
「うぶぁ゛ぁぁぁ!!?」
握りつぶされそうなほどの力でがしがし頭を撫でられて、すうの思考が吹っ飛んだ。
「あ、小兵さん、すう。見てよこれ、あたしたちちゃんと探索者になれて……なにしてんの?」
全力で振り払おうとするすうと、撫でようとしてくる小兵。
二人がにらみ合っているのを見た凛たちは眉を寄せた。
「さて、それじゃ用事も済んだし行こうか」
ダンジョン管理局を出てすうたちはさっそくケーキ屋へと向かう。
「場所は三宮だっけ?」
「はい!」
元気に返事をした杏子が鞄からパンフレットを取り出した。
「このあたりだと唯一電車が走ってる崩壊圏です! 復興も進んでて、いろいろ観光名所もあって……!」
珍しく興奮している杏子に視線が集まる。
それに気づいたのか、顔を赤くして杏子が縮こまった。
「す、すみません」
「いや別に責めてないわよ」
「調べてくれてたの知ってる」
「かんこう、めいしょ、ってなに?」
「楽しんでいこう。ケーキだけ買って帰るのもつまらないし観光するのもいいな」
「い、いいんですか?」
小兵がもちろんと親指を立てる。
「それじゃあ、一つ行きたいところがあって」
杏子はパンフレットを広げておずおずとその一角を指さした。
「討伐された元町・三宮ダンジョン——『中華街』です」
試験は終わり、すうたちは探索者としての一歩を踏み出した。
残ったやるべきことはケーキを食べるだけ。
向かうは崩壊圏、三宮。
二章 完
そしてなんかPVとかポイントとか凄いことになってますねぇ!!? 日間2位!?
たくさんの評価・感想・応援ありがとうございます!




