七十七話 すう、二度目のファミレス(後編)
すうたちはメニューを彩る料理の数々を見回していく。
ハンバーグ、オムライス、カレー、そしてステーキ。おなかを空かせた時に見るにはあまりに魅力的な品々だ。
ただメニューを見るということは、その横にある数字も目に入ってしまうということ。
セットなら千五百円以上、単品でも千円を越える値段。
「……」
すうたちは顔を寄せ合った。
——これほんとに好きなもの頼んでいいの?
——いいと、おもう、けど……たかい。
腐りきった児童養護施設にいた凛たちと、マイゼでの約五千円が最高額だったすうが目で会話する。
小兵から気にしなくていいと言われても普段の食生活が決めるのを躊躇わせていた。
「じゃあ店員さん呼ぶぞー」
「え?」
だが小兵はすぐさま呼び出しボタンを押した。
ポーンという音の後、すぐさま「お伺いします」と店員の声。
全員が突然の小兵の行動に目を丸くする。
「え、え? あの、まだ決めてないんですが」
「待ってたらいつまでも決まらなそうなので強制的に決めさせます」
「ええ!?」
「あと決めなかったら一番高いのから順に注文していくから」
「えええ……!」
慌てふためくすうたちを見て小兵は楽しげに笑った。
「追い詰められた人間は本性を表すっていうし。己の欲望を解放しろ」
すうたちは慌ててメニューを見返そうとするが、その前に店員が来てしまった。
「私はチキングリルで。ほらすうちゃんたちは?」
「むぅぅ……!!」
さらに急かされ、焦りと空腹からすうは一気に思考を加速させる。
値段は無理やり視界から外して、考えるのは『何を食べたいのか』だけだ。
とはいえすうの目にはどれも魅力的なのだ。
もしも決められず高いものを頼まれたとしても普通においしく食べるだけ。
とはいえ小兵にしたり顔をされるのはなんだか嫌だった。
ちらっと様子を伺えば凛たちも悩んでいる。
そんな三人の様子を見てふとすうは思い出す。
スライム時代に聞いた、凛たちの会話に出てきたごはんの名前を。
『ハンバーグ』『パンケーキ』、そして『オムライス』。
——これに、しよう。
メニューにちょうどあったものをすうは指さした。
「オムライス、で」
『ゴージャスオムライス』1215円(税込み)。
海のようにお皿一杯ソースが広がり、真ん中に島のごとくオムライスが横たわる一品。
すうが決めたことで、凛たちもやけになったように注文をしていく。
まずは凛。
「じゃ、じゃああたしはハンバーグで!」
『clow×clowハンバーグ 250g』2068円(税込み)。
鉄板に乗った肉汁たっぷりのハンバーグだ。
さらにバターソースを選ぶと上に目玉焼きも乗ってくる豪華さである。
次に杏子。
「私は……シーフードドリアにします!」
『ベリーなシーフードドリア』1683円(税込み)。
海産物がふんだんに使われたドリア。
こんがりとした焦げ目が食欲を湧き立たせる。
そして最後に潤。
「サーロインステーキ」
『ブロッサムサーロインステーキ』4323円(税込み)。
大きな皿の上にどんと肉が乗った貫禄のステーキ。
「おお……ちゃんと高いのいったわね」
「——を、二つ」
「追加した!?」
『ブロッサムサーロインステーキ』4323円(税込み)×2。
大きな皿の上にどんと肉が乗った貫禄のステーキを、二つ。
値段もなかなかの貫禄だが、開き直った風上潤は表情一つ変えずに頼むという偉業を成し遂げた。
「ソースは別で。ガーリックと、デラックスインポータントゆずポン酢(パワー!)」
全ての注文を聞き取り店員が席を離れていったあと、凛はテーブルに身を乗り出した。
「あんたよく二つも頼んだわね!?」
「うるちゃん! テーブルに入りきらないですよ!?」
「そこじゃない! もうちょっと遠慮しろって話してんのよ!」
「ふたつ、たのめば、よかった……?」
「余計な学びを得るな! ……待ってデラックスインポータントゆずポン酢(パワー!)って何!?」
「こちらサラダです」
「早っ!?」
最初の緊張はどこへやら。
わいわいと騒いでいる間にどんどん料理が運ばれてきた。
「お食事の用意を整えさせていただきます」
スプーンやフォークの入った容器を並べられるなど慣れない対応に慌てつつ。
敷き詰められるように並んでいく料理へすうたちは釘付けになっていった。
「おお……!」
すうの前に置かれたのは、写真から想像していたよりもずっと大きなオムライス。
綺麗にくるまれた卵はしっとりとしていて、その上にはさらに牛肉まで盛りつけられていた。注がれたソースが皿を満たしていて見るだけで食欲が刺激される。
「それじゃ食べようか」
意識を全てオムライスに注ぐすうは、辛うじて小兵の声を聞き取り手を合わせた。
「いただき、ます」
容器からスプーンを取り出し、切っ先をそっと卵の端へ沈ませる。
柔らかな卵がほろりと崩れ、中からトマト色に染まったお米が現れた。
ぶあつい卵とぱらぱらにほぐれたお米をすくい取れば、一緒にハッシュドビーフソースもスプーンへと入ってくる。
ごくりと喉を鳴らし、すうはスプーンを口へ運んだ。
まろやかな卵が舌を包み込み、そのあとを追うように炒められたお米の香ばしさが広がる。
さらにコクのあるソースが二つの味を絡め、まとめて、一つの料理として完成していた。
「……!」
すうは言葉にならない感動を口の中のものと一緒に飲み込んだ。
飲み込んだ後もほのかな甘さを余韻として残る。
味わいながらもすうはスプーンを重ねていく。
今度は牛肉を少し取って、崩した一部の上に乗せ、食べた。
ソースと一緒に煮込まれていたのだろうか、牛肉は旨味が濃く、それ自体はあまり味のない卵とよく合う。お米はいわずもがなだ。
口の中で三者が引き立て合う。
その感触に夢中になって、皿はどんどん空いていった。
最後に残ったのは卵とお米と、ひとかけらの牛肉。そして一匙分のソース。
それを拭うようにスプーンへと乗せて口へと運び、よく味わって——そうして、空になった皿を見下ろし、手を合わせた。
「ごちそうさま、でした」
大きなオムライスとはいえ一つで満腹にはならない。
ただすうは確かな満足感を覚えていた。
そしてそれは凛たちも同じなようだ。
顔を上げれば全員が一言もしゃべらず食事へ集中している。
目を輝かせてハンバーグを頬張っている凛。付け合わせにもソースをたっぷりかけて、口を動かす度に笑顔が溢れている。
熱々のドリアを覚ましながら口に運ぶ杏子。ちょこちょこと忙しそうにスプーンを動かしているのは、早く食べたいという気持ちに急かされているようだ。
潤は普段あまり表情が変わらないが、ステーキを前にすると隠し切れない笑みが浮かんでいる。夢中になって食べ進めて、途中でソースをかけていないことに気づいていた。
「……ふふ」
それを見て笑い声を漏らした自分にすうは気づいていない。
すうは人が多い場所が苦手だ。
自分がいつ魔物とバレるかわからないから。
ただこの三人と席につく時は緊張も警戒も全くしなかった。
それが何故なのか。
やわらかな笑みを浮かべるすうは、変化を自覚せず、だがこの空間を楽しんでいた。




