七十六話 すう、二度目のファミレス(前編)
「ふぅ、ついたぞ」
ファミレスの駐車場に車をとめた小兵は車内へ声をかけて伸びをした。
結局ファミレスは近くに無かった。
そのため管理施設から車を借りて、崩壊圏の外まで小兵が運転してきたのだ。
さすがにただの移動のためだけに町中で魔道具は使えない。
「いやぁ久しぶりの運転だった……あれ? おーい、ついたぞ?」
車内から返事がないことに疑問を抱いて小兵は窓を覗き込む。
——後部座席では凛たちが青白い顔で倒れていた。
「飛んだ……鉄の塊が飛んだ……」
「魂が取られそう……」
「文明の進歩が人を殺すんですね……」
ぶつぶつと呪詛のように漏れ出すのはタイムスリップした江戸時代人のような言葉。
とても車に乗っていただけとは思えない様子に小兵はあらら、と頬を掻いた。
「ちょっと運転が荒かったか」
「……」
ちょっとじゃない!!
叫びそうになった凛たちだが、まだ残っている尊敬の念と腹の底からこみ上げてくる吐き気が口を閉じさせた。
そう、小兵の運転はものすごく荒かった。
いや必ずしも小兵のせいだけとは言えない。
なにせ『水族館』は崩壊圏に位置している。それはつまり道路が壊れたままろくに整備されていないということだ。
すうが乗ったバスも恐ろしく揺れていた。乗り心地の悪さはある程度仕方がない。
とはいえ普通は探索者の耐久力を貫通するほどでもない。
凛たちの惨状はやっぱり小兵のせいである。
ただそれでも後部座席の凛たちはまだマシで。
「すう……あんたが嫌がってた理由、ちょっとわかったわ……」
「——」
「すう……? すうーーーっ!?」
小兵の運搬手段へのトラウマ。バスで酔った苦い記憶。
そして車が飛んで跳ねて巨大な瓦礫の間スレスレを通っていくスタントアクションばりの運転を間近で見なければいけない状況。
度重なる恐怖と恐ろしいほどの酔いに襲われ、助手席のすうは真っ白に燃え尽きていた。
今ならボクシングクラブの気持ちがわかる気がする。
薄れゆく意識の中でそんなどうでもいいことを考えて、すうはそっと目を閉じた。
なおポーションを飲まされて全員復活した。
「さてここが目的地のファミレスだ」
ポーションを飲んでもなおふらつきながら車から降りた四人は、小兵が手でさす赤い屋根の建物を見上げる。
「マイゼじゃ、ない?」
屋根にはマイゼことウマイゼリヤとは違う看板が掲げられていた。
『Very Important Person』
「べりー、いんぽーたんと、ぱーそん……」
「略してベリパとかVIPとか呼ばれてるぞ」
「おぉ……初めて来ました」
「あれ凛ちゃんたちも?」
「基本的にマイゼだった、です」
「それも自分たちだけで行くことはなかったので……」
「まあファミレスはファミレスだから緊張しなくていいよ」
扉を押し開く小兵に四人でついていく。
中へ入ると雰囲気がしんと鎮まった。
張りつめているわけではない、穏やかな静かさだ。
「なんか、ふんいき、ちがう」
「そうね。マイゼよりなんというか……」
「落ち着いてる」
「マイゼはショッピングモールにありますし、小さい子も多いですからね」
五名様ですね、と店員に案内されながらすうたちは辺りを見回す。
吊り下げられた暖色の照明が店内を包む中、席についているのは大人ばかりだ。
スーツを着た初老の男性が静かに料理を口にして、主婦らしき女性たちが談笑している。カンカンと料理の器具が響く音もどこか遠い。
「こちらでもよろしいでしょうか」
「はい。ほら全員座って」
「あ、はい」
そして席へ案内された後も、すうたち全員が座るまで店員はそこに待機していた。
マイゼだと携帯で注文するだけだし、店員もすぐに去っていくのに。
戸惑いつつも最後に凛が席へつくとメニューを置いて店員は去っていった。
「なんか、大人な感じ」
「そうね……」
「普通にファミレスなんだけどな。ほら、凛ちゃんたちもお祝いなんだから選んでいけ。なに頼んでもいいよ」
小兵は押しつけるようにメニューを差し出してくる。
だがさっきまで命がけのダンジョン攻略とドライブに晒されていた身には、少し落ち着かないぐらいに柔らかな雰囲気だ。緊張するなと言われても難しい。
「いいにおいが、する……!」
しかし三人がぎくしゃくする中、ごはんとなれば気が変わるすうは平常運転だ。
「ごはん、ごはん」
にこにこいそいそメニューを広げて、目いっぱいに写る料理たちへ「ほあぁ」と小さく歓声を上げる。
そんな様子に凛たちは意外な一面を見た気分でいた。
「……あんた、そんな感じなのね」
凛たちが知るすうは、ほとんどがダンジョンの中でのものだ。
同じ年齢でありながら才能に溢れ、あの小兵を同行者とし、自身で手に入れた魔道具を所持し、ボス相手でも一歩も怯まず渡り合う。
そして……追い詰められた凛たちを、その言葉と行動で救ってくれた。
だからか届かないものとして見ていたのだろう。
まばゆいものへ目を細めてしまうように、どこかで憧憬を抱いていた。
だが今のすうは。
「すぺしゃる、らんち……!? でらっくす、いんぽーたんと……!?」
子供だ。ものすごく子供だ。
しかもメニューに大はしゃぎして水をこぼしそうになっている。
見覚えのある光景だった。
「……うちの子たちみたい」
潤の呟きについ笑ってしまう凛と杏子。
「ですね」
「なんか緊張してるのがバカらしくなってきたわ」
施設で一緒に過ごした下の子たち。
今は保護されたという彼らもいずれこういうところに連れてきたい。
いや、連れてくる。必ず。
凛たちは決意して、だけど今は自分たちへの御褒美だというこの状況を楽しむことにした。
「むぅぅ……!」
凛たちから微笑ましげな目で見られ始めているとも気づかず、すうは眉を寄せてメニューを眺めていた。
だがそのメニューが上からぱっと取られてしまう。
「あんたいつまで悩んでんのよ。あたしたちにもメニュー見せなさい」
対面に座る凛が全員に見えるようテーブルへとメニューを広げた。
「むぐ……でも、どれにするか、まよう」
「たくさん食べたいものがあるんですか? 色々注文して分けるのもいいですよ」
凛の隣にいる杏子がどこか今までより柔らかい表情で微笑む。
「いい、の?」
「自分も色々食べたい。ちょうどいい」
首を傾げれば、隣に座る潤がひょいと頭を撫でてきた。
なんとなく雰囲気の違う三人を疑問に思いつつも、すうはメニューに目を落として再び悩む。
「むぅ。でも、なやむ。おごりでも、ちょっと、たかいし」
「気にしなくていいぞ?」
潤の向こうから小兵がひらひら手を振った。
「小兵さんもこう言ってるしいいんじゃない? それに高いって言ってもファミレスなんだし——」
凛がメニューを見て固まった。
そのメニューへ記載されている値段は、どれも安くても千五百円以上——マイゼのランチの三倍以上だった。
しかも二千円台、三千円台も普通にある。
一瞬六千円という文字が見えたのは気のせいか。
「こ、小兵さん。これ、ちょっと高くないですか?」
「そうか? まあお金はいくらでもあるんで、なに頼んでもいいよ」
「そ、そうなんですね」
本当にいいのか。
いや、でも流石に。
慣れない金銭感覚に葛藤を抱えて、凛たちもまた眉を寄せて悩みだした。




