七十五話 すう、不機嫌になる
凛たちのおなかが鳴ったのをきっかけに、すうは抱きしめていた凛たちを離して提案する。
「ごはん、たべよう」
「んっ……そ、そうね」
目元だけでなく顔を赤らめた凛は、枯れた喉で同意しようとして。
だが途中で動きを止めた。
「……でも、まずあの子たちの様子が知りたい」
「りんちゃん?」
うつむいたようにも見える凛の袖を心配そうに杏子が握り、潤は眉をひそめる。
「また、だきしめる、か」
「もういいわよ!」
無理に進もうとするなら、と再びすうが腕を広げると凛は赤面のまま払うように手を振った。
「そうじゃなくて! ……色んな人が動いてくれてるのは、もうわかった。だったらあの子たちも助けられてるんでしょ、きっと」
凛がちらりとすうの方を見てきたので大きく頷いてみせる。
全く内情は知らないがきっと小兵や地神がなんとかしているはずだ。
「だったらせめてどんな様子だったかだけ聞けないかなって、そういう話。忙しそうだったし無理かもしれないけど」
「なるほど。じゃあ、きこう」
「え?」
すうは凛たちを手招きして部屋のドアを開けた。
「お、すうちゃん。もういいのか?」
「ん」
「こ、小兵さん」
ひょこっとドアの向こうから顔を出したのは小兵だ。
出ていってからずっとこの部屋のそばにいたのを、すうは魔素感知で知っていた。
そしてその間、外からの音が聞こえなかったことも。
意地を張っていた凛が素直になれる環境を作っていたのかもしれない。
「こひょう。こどもたち、どうなっ、た?」
「ああ、施設にいる子供たちは全員保護したよ」
あっさりと小兵が答えて凛たちが目を見開いた。
「それと今回の件に関わってた施設職員は全員摘発済みだ。誰かから先に通報が入ってたみたいで警察もスムーズに動けたってさ」
「そう、なんですね……よかった」
やがてほっと息を吐く凛たち。
「あと違反者たちのパーティーメンバーも拘束してる。私も手伝った」
「こひょう、が?」
「警察も中層探索者たちに依頼してたが人手が足りなそうだったんでな。ただまあ、そのせいで『水族館』が大変な時に私はいなかったんだが」
悔やむように小兵が目を伏せた。
その様子に躊躇いを見せつつも、凛が問う。
「あの、その中に使間っていう人は、いましたか?」
小兵が表情を切りかえる。そして一拍置いて、頷いた。
「いたよ。大人しく捕まってた」
「……そうですか」
凛も、杏子も潤もなんともいえない顔になる。
たださっき全てを吐き出したからか取り乱したりはしなかった。
そんな三人へと小兵は目を細める。
「……助けるのが遅くなってごめんな」
「いえ、そんな——」
凛は反射的に口を開きかけて……少し言い淀んでから、言葉を紡ぐ。
「……いいえ。そんな風に、ちゃんと動いてもらえるんだって、わかったから……大丈夫です。——ありがとう、ございます」
目じりに涙を滲ませた凛は枯れた声でお礼を言った。
もう無理に動いたりはしなさそうだ。
すうはほっと息を吐く。
と同時に自分もおなかが空いてきたことに気づいた。
「こひょう。わたしたち、ごはん、たべにいく」
「ん? ああ、じゃあおごるからなんでも好きに食べな。あなたたちもだ」
「おごり!?」
「おごり!?」
すうは喜びの声を上げ。
凛は驚きに叫んだ。
「えっ、と。いいんですか?」
「いいもなにも、二組とも試験に受かったらおごるって約束だったからな」
「あ、そういえば……あれ、でも試験は中止になったんじゃ」
「それがな。今回の色々を報告したらすぐにダンジョン管理局から指示が来た。かいつまんで言うと……試験中に功績を残した者たちは合格したことにする、だってさ」
凛たちが目を見開いた。
「管理局が、ですか?」
「なんか理由も色々言ってたが、要するに「ダンジョンで不測の事態はよくある。その中でも功績を持ち帰れるなら探索者として優秀」ってことらしい」
「……なんだか、無理やりなような」
「まあな。本音としては、とにかく探索者を増やしたいんだろう。こんな状況でもな」
そんな強引さが今回の惨状を引き起こしたとも言えるというのに。
凛たちがぎゅっと眉を寄せ、空気がわずかに重くなって。
ぐう、とおなかが鳴った。
今度は凛たちではない。
全員の視線が音の発生源——おなかを押さえたすうへと向かった。
「で、わたしは、ごうかくにな、る?」
すうはちょっとむっとしていた。
おごってもらえるとなった時からずっと、どんなごはんを食べようか考えていたのだ。
だというのに話がいつまでも終わらず少し不機嫌になっていた。
「はっはは、すうちゃんは相変わらずか」
「あんたね……」
「あはは……」
小兵が噴き出し、凛は呆れ、杏子や潤が苦笑する。
「まあ功績の有無は色々調査をする必要があるけど、ボスを倒して帰ってきたすうちゃんたちはまず間違いなく昇格できる」
「私たちはそんなに活躍していないような……」
「あたしも……その、違反者の一人から魔道具を貰ったから」
気まずそうな凛たちに小兵は笑みを向けた。
「あなたたちの荷物を見ればボス戦以外でも優秀なのはわかる。魔道具そのものはまあ調査対象になるだろうが、見たところ何か改造されたりしているわけじゃなさそうだ。使いこなした凛ちゃんの実力でいいと思うぞ?」
さん付けではなくちゃん付けで呼び、小兵が凛たちを見上げて視線を合わせた。
「もちろん、本当は探索者になりたくなかったのなら辞退するのもいい。これからは他の道も選べるからな」
小兵は踵を返す。
「さて、込み入った話は後日聞かれると思うし、とりあえず何か食べに行こうか。何にする? 寿司?」
「すしって、なに?」
「魚を生で食べるやつ」
「……それ、おいしい、の?」
「魚はちょっと」
「もうあんまり見たくないといいますか」
「なんかやだ。です」
「総スカン食らうとは思わんかったな」
「ていうか、ケーキ、たべるはず」
「いやお腹空いてる時にケーキはないでしょ。デザートよ」
「え……じゃあ、ファミレス。ファミレスに、するべき」
すうの提案に凛たちは少し考えて頷いた。
「いいんじゃない? 元々ファミレスで打ち上げのつもりだったし」
「この辺ってファミレスあるんでしょうか」
「まあなかったら全員私が運ぶよ」
「ぜったい、やだ!」
かつて運ばれた時のことを思い出したすうが全力で拒否し、凛たちはその様子に怪訝そうになる。
そんな風にすうたちは外へ出て行こうとして。
「ああそうだ、忘れてた」
小兵が足を止めた。
「すうちゃんたちの魔道具は一旦預かっといてもらわないとな。まだ特例探索者だし。それと青い石もか」
「ああ……そうですね」
受付へ行ってすうと凛は魔道具を返す。
そして三人は青い石を取り出し、三者三様に少しだけ石を見つめる。
杏子は手で抱き、潤は軽く転がして、凛は強く握りしめ。
——そして、そっと手放した。
その様子を横目に見ていたすうはいつもより大きな声で叫ぶ。
「いざ、ファミレス、へ!」
前回であんな引きしたのにごはんまで辿り着いてないという
すみません、次回はファミレス回です




